2025年4月30日水曜日

アーカイヴ:サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題・第10編

 これまで9回にわたり、この問題を取り上げて参りました。別府市は、あくまでもサテライト日田建設を進めるという立場を崩さず、一方、日田市は断固反対の姿勢を堅持してきました。

 しかし、ここに来て、別府市側に新たな展開がありました。以下、主に毎日新聞平成12年12月13日付朝刊大分版21面によりつつ、同日付の大分合同新聞朝刊なども参考にしながら、記していきます(なお、以下の引用は毎日新聞の記事によりますが、適宜修正しております)。

 別府市議会観光経済委員会は、12日、サテライト日田建設関連の予算について継続審議とする動議を、賛成多数(賛成8、反対1)で可決しました。その理由として、「日田市民の理解を得るよう努力すると約束しながら、9月以降一度も(日田市へ)出向いていない。議会でも十分な質疑がなされておらず、(採決は)時期尚早」であること(これは、動議を提出した自民党議員によるもの)、「法的に問題なくとも日田市の理解は得られていない」こと、「別府市民に対しても説明不足」であることなどがあげられています。

 この動きに対し、日田市長の大石昭忠氏は、「別府市議会の良識ある判断を高く評価したい。18日の最終本会議の結果を見極めた上で、円満解決に向けて、改めて市議会を含めて両市の話し合いを持ちたい。 溝江建設にも問題が決着するまでの工事の中断を申し入れる」と語りました。また、通商産業省へも抗議するとのことです。折りしも、12日の日田市議会で、日田市長は「日田のまちづくりの基本理念に合わない上、別府市の財源確保のために犠牲になる計画は認められない」として、別府市議会の最終本会議の動向次第では法的手段をも辞さないと表明、市議会も、発券計画の中止まで反対運動の手を緩めないとして「徹底抗戦の構え」をとることを確認しておりました。

 一方、溝江建設は、別府市議会の動向を見据えながら最終的な判断を下すが、現在のところ、あくまでも建設を進めるという旨を示しています。

 別府市議会で最終的な建設中止が議決された訳ではありませんので、問題が長期化するということも考えられるのですが、少なくとも、サテライト日田の営業開始が遅れることには間違いなく、別府市側は再検討を求められることになります。何故なら、別府市と日本自転車普及協会は、発券機器などのリース契約を結んでいるのですが、これにより支出される最高限度額3億2100万円(特別予算)は、地方自治法第214条および第215条による債務負担行為として、予算に定められなければならないからです。従って、議会の議決を経なければ支出が認められないこととなります。

 今回の事態は、やはり、12月9日の反対デモに象徴される日田市側の長期間にわたる抵抗(別府市側にとっては、予想以上のものであったものと思われます)が大きいものと思われます。しかし、それのみならず、別府市民にも、やはり市側にとっては予想以上に反対意見が少なくなかったことも、原因の一つであろうと考えられます。さらに、別府市議会で議論される前に、設置業者の 溝江建設が起工式をして着工したことも、議会軽視として別府市議会議員の態度を硬化させる結果を招きました。

 実際、両市の態度は、ホームページにも現われています。別府市のホームページではこの問題が一切取り上げられていません。これに対し、日田市のホームページでは、最近になって、日田市議会での反対決議が同議会のページに掲載されており、さらに、おそらく市町村のホームページに設置されている例としては数が少ない掲示板(大分県内では、他に中津市しかありません)に、日田市民はもとより日田市出身者などから多くの反対意見が載せられているところです。

 実を言うと、私は、この事態を全く予想していなかった訳ではありません。お断りしておきますが、「日田市公営競技の場外券売場設置等による生活環境等の保全に関する条例」について、条例制定権との関連において問題が残るという私の行政法学的見解は、現在も変わりません。しかし、このことは、例えば住民投票条例などについても妥当しうるのです(少なくとも、そういう部分があることを否定できません)。地方行政あるいは地方政治としての現実をみるならば、今回の場合のように、他の市町村に場外券売場を設ける場合、地元住民の同意を十分に考慮に入れていない現行法に問題がある、ということも言えるのではないでしょうか。日田市はISO14001を取得しているのですが、それとの関連もあり、まちづくりについて明確な方針を打ち立てています。市町村によってまちづくりの方向が異なることは当然です。以前、私は、朝日新聞1999年6月12日付朝刊大分版13版27面(住民参加の行政推進を)において、「国の権限が地方に下りてくると、住民と都道府県や市町村のかかわりが強まる。今後は、住民がもっと関心を持って行政を監視し、自治体も住民参加を進めることが必要だ。地方分権は、それがあって初めて完成すると言える」と述べました。市町村間の関係においては、このことが一層妥当するのではないでしょうか。

 古川氏から御教示をいただいた「長沼答申」、「吉国答申」、「場外車券売場の施設の規模、構造及び設備並びにこれらの配置の基準を定めた件に関する告示」および「場外車券売場の設置に関する指導要領について」に関する検討は、第11編において行います。


(初出:2000年12月14日)

アーカイヴ:サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題・第9編

 このところ、日田市のホームページに設けられている掲示板を訪れ、意見を書いたりしています(本来ならば別府市のホームページにも意見を書いたりすべきなのでしょうが、大分県内の市町村が運営するホームページでは、日田市と中津市にしか掲示板がありません)。12月9日に抗議運動が行われ、翌日の掲示板はサテライト日田問題であふれました。しかも、東京都新宿区の古川昭夫氏から、非常に貴重な情報・資料を得ることができました。そこで、今回は、その資料をここに示したいと思います。以下に示すものも、氏のホームページからのものです。御厚意に感謝申し上げます。


 一.「長沼答申」

 内閣総理大臣に対する答申(公営競技調査会)

 昭和35年12月、第37国会において総理府設置法の一部を改正して、内閣総理大臣の諮問機関として公営競技調査会を設置し、競馬、競輪、小型自動車競走及びモーターボート競走に関する現行制度を根本的に再検討することとした。

 この公営競技調査会は昭和36年3月、20名の委員が任命され、以後、公営競技の存廃等をめぐって10回にわたって審議を行なうと共に、3回の現地調査を行ない、昭和36年 7月、その結論を内閣総理大臣に対して答申した。その内容は次の通りである。

 公営競技に関する現行制度と今後の基本的方策についての答申の件

 昭和36年7月25日

 公営競技調査会会長  長沼 弘毅

 本調査会は、昭和36年3月15日第1回会合を開き、内閣総理大臣より左記の諮問を受け、その後10回におよぶ会合と 3回にわたる現地調査を実施し、かつ、公営競技の施行者、実施者及び警察、消防関係者等の参考人の意見をも聴取して、調査審議を行なった結果、記諮問に対して次の通り答申する。

 記

 競馬、競輪、小型自動車競走及びモーターボート競走に関する現行制度とこれら公営技全般に対する今後の基本的方策について貴会の意見を求める。

 答申

 公営競技はその運営の実情において、社会的に好ましくない現象を惹起することが少くないため、多くの批判を受けているが、反面関連産業の助成、社会福祉事業、スポーツの振興、地方団体の財政維持等に役立ち、また大衆娯楽として果している役割も無視することはできない。

 また、これらの競技が公開の場で行なわれていることはより多くの弊害を防止する上において、なにがしかの効果をあげていることは否みがたい。

 従って公営競技に関する今後の措置に関しては、代りの財源、関係者の失業対策、その他の方策等を供与せずに公営競技を全廃することは、その影饗するところ甚大であるのみならず非公開の賭博への道を開くことになる懸念も大きいので、本調査会としては、現行公営競技の存続を認め、少なくとも現状以上にこれを奨励しないことを基本的態度とし、その弊害を出来うる限り除去する方策を考慮した。これがため、おおむね下記の線にその必要な改正を加えることが望ましい。

 記

 1. 施行者については、都道府県単位または競技場単位に作られた一部事務組合を結成することが望ましい。 なお、この際施行者としての責任体制を確立すべきである。

 また、競技場を所有していない施行者については、その資格は限時的なものとし、主務大臣が関係各省と協議して交替させる制度を採用する。

 2.実施者については、中央における指導が直に地方における実施に具現されるよう、その組織及び運営について可及的速かに抜本的改革を加える。

 3.入場料については、競技場の改善と秩序の維持に役立つよう若干の値上げを行なう。ただし、地方の実情に応じ地域格差を設けることは差支えない。

 4.投票方法については、各種公営競技間の統一をはかりつつ的中率を多くすることにより、射倖心の過熱をさけるとともに、競技場における紛争を防止する見地から、次のことを検討する。

 (イ)重勝式は廃止する。

 (ロ)単勝、複勝式を中心として連勝式はこれを制限すること。

 (ハ)連勝複式を採用すること。

 (ニ)以上に関連して、枠のくくり方についても所要の改正を加える。また、特に紛争の起こる危険性のある枠のくくり方は、これを改善もしくは廃止する。

 5.馬券、車券等の場外売場については現在のものを増加しないことを原則とし、設備及び販売方法の改善(例えば売場数を増加し、これをすべて屋内にすること等)に努力する。

 6. 公営競技による収益の使途については、公営競技発足当時との状況の変化に鑑み、次の点を考慮する。

 (イ)売上金の一部を、関連産業等の振興に充当することとするが、その他に福祉事業、医療事業、スポーツ、文教関係等にもなるべく多く充当することとし、この趣旨を法律に明記すること。

 (ロ)一部の地方団体において、その財政が公営競技に強く依頼しているのは好ましくないことであるので、国及び地方団体は協力して出来るだけ早く、かかる事態をなくすよう努力すること。

 7.公営競技場数、開催回数、開催時間及びレース数等については、現規定よりも増加しない。なお、開催日は原則として土曜、日曜及び国の定める休日とする。

 8.競技場の環境を整備し、騒乱等の発生を防止するため、競技場内の設備を改善し、場内管理権を強化する。例えば常傭警備員を増加し、ノミ屋、予想屋等に対する取締を厳重ならしめること。

 9.不正レースの発生を防止し、競技内容の向上をはかるため迸手等関係者の養成、訓練、管理、欠格者の排除等その他必要な制度の改正を行なう。

 10.公営競技関係者の雇傭・労働その他の関係を近代化する。

 11.公営競技について過度の宣伝行為を行なわないよう自粛する。

 12.法律の規定が細部にわたり過ぎると認められる点が少なくないので、出来るかぎり政令に委任する等法律の簡素化をはかる。

 13.現行公営競技の根拠法が異なっているため、各種公営競技間に均衡を失している点が少なくないので、所管各省においてこれを是正するよう努力する。

 附記 中央競馬会については、その経理を円滑にするため、徹底的に検討する。


 公営競技調査会委員

  氏 名        役 職 名 

 浅野 均一    日本陸上競技連盟副会長

 井上 登     日本プロ野球コミッショナ一 

 岩佐 凱実    富士銀行副頭取

 植村 甲午郎   経団連副会長

 小汀 利得    政治経済評論家・日本経済新聞社顧問

 葛西 嘉資    日本赤十字社副社長

 唐島 基智三   政治経済評論家・唐島事務所

 柴沼 直     東京家政学院理事長

 曾野 綾子    作 家

 高見 順     作家・日本文芸家協会理事

 団藤 重光    東大教授

 長沼 弘毅    国際ラジオセンター会長

 野田 豊     野田経済研究所長

 林  髞     慶大教授

 久富 達夫    国立競技場会長

 福田 千里    大和証券社長

 藤林 敬三    慶大教授

 宮城 音弥    東京工大教授

 三好 重夫    公営企業金融公庫総裁

 村岡 花子    評論家


 公営競技調査会幹事

 内閣総理大臣官房審議室長  飯田 良一

 警察庁保安局長       木村 行蔵

 大蔵省主計局長       石原 周夫

 文部省体育局長       杉江 清

 農林省畜産局長       安田 善一郎

 通商産業省重工業局長    佐橋 滋

 運輸省船舶局長       水品 政雄

 自治省財政局長       奥野 誠亮

 内閣審議官         西 謙 一 


 二.「吉国答申」

 総理府総務長官

 三原朝雄殿

 公営競技の適正な運営について

 昭和54年6月21日

 公営競技問題懇談会

 座長 吉国一郎

 本懇談会は、総理府総務長官の依頼を受け、昭和52年11月11日に第1回会合を開いて以来16回の会合を持ち、公営競技をめぐる諸問題について検討した。この間、 3回にわたって現地調査を行うとともに、公営競技の関係官庁、施行者、実施者、振興団体からの参考意見の聴取を行った。

 懇談会では、収益の配分に関する問題、施行権及び収益の均てん化の問題、ノミ行為等の弊害の除去の問題及び業務の管理運営体制の問題に主眼を置いて検討を重ね、ここに主要な意見を下記のとおりまとめた。

 ここで述べた意見については、その実施を図るため、さらに関連する問題を含めて検討する必要のあるものがあり、それらについては、政府において積極的に検討を深めることを期待する。

 記

 公営競技については、昭和36年に、公営競技調査会が「公営競技に関する現行制度と今後の基本的方策」の答申を行い、以後それに沿って運営が行われてきた。

 現在、公営競技は、同調査会が調査審議した当時に比べ、ファンの数が大幅に増加し、売上規模、収益金額も飛躍的な巨額となり、その経済的、社会的影響力は遥かに大きくなっている。

 しかしながら、公営競技は、賭け事としての面を有するため、特に法律で認められたものであることにかんがみ、上記のような実態を考慮しつつ、一層、公正な運営を確保し、かつ、収益の適正・効率的な使用を図るとともに、弊害の除去と大衆娯楽の場としての明るい環境の整備に努力することが肝要である。

 Ⅰ 交付金の適正・効率的な使用について

 公営競技については、おおむね売上金額の75%が的中者に払い戻され、残りの25%が施行者の収入となる。このうち開催経費等を除いたものが広い意味での公営競技による収益と考えられ、その額は、昭和52年度において約5,700億円に達している。このうち各競技の振興団体への交付金は、約1,000億円であるが、その一層、適正・効率的な使用を図るため、次のような措置を考慮すべきである。

 1.関連産業の振興に充てられるいわゆる1号交付金については、新しい目で見直し、従来の関連産業のほか、新しい時代の要請に即した事業に配分することについても検討すること。

 2.スポ一ツの振興、社会福祉の増進、医療、公衆衛生の向上、文教事業の振興など公益の増進に充てられるいわゆる2号交付金については、現在は極めて広汎多岐な事業に配分されているが、より重点的な配分をすることとし、必要に応じルールあるいは基準の確率を検針すること。

 また、その配分に当たっては、対象事業の所管官庁の意見が十分に反映されるように適切な措置を講ずること。

 3.交付金の比率を定めた各競技実施法の別表については、その制定以来改訂されたことがないので、各競技の売上金額の増加状況等を考慮して改訂を図ること。なお、その際、施行者収益の改善に資する方向で交付金の比率を調整することについても検討すること。

 一部の施行者については、開催経費が年々上昇する中で収益状況が悪化しているところもみられるが、交付金が売上金額に対する比率により算出されることとなっていることもその一因であるとの指摘があり、施行者収益の悪化を防ぐ見地からは交付金の比率を収益に対する割合として定めることも一法であるとの意見もあった。

 Ⅱ 交付金の配分の公正確保について 交付金の配分は、各競技の振興団体によって行われているが、その配分については、常に公正の確保に努める必要があり、このため、次のような措置を考慮すべきである。

 1.交付金の配分に当たっては、主務大臣が任命した書を構成員とする第三者機関の意見を徴すること。

 2.交付金の配分が決定したときは、遅滞なく、対象団体、交付金の額等を公表すること。

 3.交付金の対象事業についての監査は、所管官庁が自ら行う等客観的かつ公正に実施されるべきであり、そのための体制の整備を行うこと。

 4.交付金の収納、配分を行う振興団体については、十分な監督体制を確立するため、会長、副会長および監事を主務大臣の任命制とすることなどを検討すること。

 5.振興団体の役員が交付金の配分を受ける団体の役員となることは避けること。

 Ⅲ 施行権または収益の均てん化について 公営競技が大衆娯楽としての発展をしてきた過程において、施行者が行ってきた努力は評価すべきであるが、競技場の設置には地理的、社会的な制約もあり、公営競技の施行権及びその収益については、均てん化を進める方向でできるだけ配慮する必要がある。このため、次のような措置を考慮すべきである。

 1.競技場所在地の近隣市町村については、競技の円滑な実施と運営の責任体制の確保に留意しつつ、財政事情等を考慮して、一部事務組合への参加の拡大等により、公営競技による収益が地域社会の実情に適合して配分されるよう努めること。 

 2.公営競技による収益の全国的均てん化についても、収益状況等を考慮しつつ、さらに進めるよう検討すること。特に、地方財政収入と交付金との分配比率の調整を図る場合には、一層、均てん化に留意すること。 

 全国的な均てん化の方法については、公営企業金融公庫への納付金を拡大することが現実的であるとの意見もあったが、同公庫の性質上、均てん化の方法としては問題があるとの意見もあった。また、収益の一部を地方交付税特別会計に繰り入れるとか、施行地方公共団体の基準財政収入に算入すべきであるとかの意見もあったが、これに対しては、公営競技による収益を地方公共団体の基準的な収入とみなすことに疑問を呈する意見もあった。

 公営競技の収益についてどのような方法でさらに全国的な均てん化を進めるかは、地方財政制度のあり方にもかかわる問題であり、関係官庁においてさらに検討すべきである。

 3.公営競技により、その基準財政需要に比し多額の収益を得ているような場合には、近隣市町村間での均てん化のほか、交付金、納付金の高率徴収等の措置についても検討すること。

 Ⅳ 場外売り場、競技場、開催回数等について 場外売り場、競技場、開催回数等については、公営競技調査会の答申に基づき、原則として増加しないこととなっている。しかしながら、現状では、各競技間の均衡を欠いたり地域的分布に偏りのある点もみられ、また、公営競技が大衆娯楽としての色彩を濃くしていることを考えると、今後は、抑制基調は維持しつつも、多少弾力的に検討することとしてよいものと考えられる。したがって、これらの問題については、次のような方向で検討すべきである。

 1.場外売り場の設置については、ノミ行為の防止にも効果があると思われるので、弾力的に検討してよいが、地域社会との調整を十分に行うこと。

 2.競技場について新設の要望のある場合には、地域社会との調整、各競技間の均衡、地域的分布状況、収益状況、施行権の均てん化等の葵因を総合的に考慮して検討すること。

 3.開催回数、開催日数については、各競技間の均衡、収益状況その他の要因を総合的に考慮して慎重に検討すべきであり、みだりに拡大しないようにすること。 

 4.協賛レースの開催については、濫に流れないように留意し、各競技を通じ、その対象を国民的行事に限る等基準を明確にした運用を行うこと。

 Ⅴ 弊害の除去について

 公営競技にまつわる弊害や悪影響を少なくするため、次のような措置を考慮すべきである。

 1.競技場等については、競技の実態に応じた改善がなされていないところも身受けられるので、公営競技が一層明るいふんい気の中で娯楽として楽しめるよう、施設の改善、整備に努めること。

 2.地域社会との融和を図るとともに周辺の交通公害の解消を図るため、競技場又は場外売り場周辺の環境整備に努めること。

 3.ノミ行為等の犯罪防止のため、施行者はその現状を十分認識し、協力してその根絶に一層の努力を傾けること。このため、

 (1)警察との緊密な連絡を保つとともに施行者自信もさらに警備体制を強化すること。

 (2)場外売り場を含めた販売窓口の整備改善、機械化の推進、電話投票方式の拡充等によりファンへのサービスの向上に努めること。

 (3)ノミ行為が違法であることの広報に努めること。

 Ⅵ その他

 1.各競技固有の問題については、それぞれの所管官庁において、さらに検討すること。

 2.最近における売上げの伸びの鈍化と開催経費の増加の傾向にかんがみ、施行者は経営の改善、合理化の問題に一層努力すること。

 3.公営競技の運営について、できるだけ統一性を確保するため、関係省庁間の連絡体制を強化すること。 


 三.場外車券売場の施設の規模、構造及び設備並びにこれらの配置の基準を定めた件に関する告示(平成6年3月7日通商産業省告示第109号)

 自転車競技法施行規則(昭和23年商工省令第28号)第4条の3第1項第4号の規定に基づき、場外車券売場の施設の規模、構造及び設備並びにこれらの配置の基準を次のように定めたので告示する。ただし、平成6年3月7日以前の許可に係る専用場外車券売場に係る第1の1(3)及び2(1)については、全面的に改築する場合を除き、平成9年3月7日から適用する。

 第1 専用場外車券売場の基準

 1 車券の発売等の用に供する施設等

 (1)車券の発売等の用に供する施設は、購入しやすい構造であって、現金及び重要書類を適切に管理できるものであること。

 (2)車券の発売等の用に供する窓口は、それぞれ収容人員数に応じた適当な数であり、かつ、各窓口の間隔は0.9メートル以上であること。この場合において、車券を販売する窓口の数は、常時在場人員数が100人を超える場合には、14以下であってはならない。

 (3)車券の発売等の用に供する窓口の前面には、原則として6メートル以上の空間を確保すること。

 (4)車券の発売等の用に供する各施設に現金及び重要書類を保管するための設備を設けてあること。

 2 入場者の用に供する施設等

 (1)入場者の用に供する建物は、冷暖房設備を備えたものとすること。

 (2)定員の10%以上の椅子席を設けること。

 (3)入場者の見やすい場所に確定出場選手、車券の発売金額、勝者及び払戻金額を明示するための掲示設備が設けてあること。

 (4)入場者の用に供するため、適当な数及び広さを有する次の施設を利用しやすい場所に設けてあること。

 イ インフォメーションコーナー

 ロ お客様相談所

 ハ 荷物預かり所

 ニ 喫茶・休憩コーナー

 ホ 飲食店(飲食店は、快適かつ衛生的な設備を有し、かつ、食品取扱設備、洗浄設備、給水及び残物等処理設備を備えていること。)

 ヘ 売店

 ト トイレ(それぞれ男子用及び女子用の区別があり、水洗式のものであること。)

 チ 駐車場(駐車場は立地条件に応じ場外車券売場周辺の道路交通等に支障を及ぼすことのないよう入場者の自動車等を収容するのに十分な広さであること。自ら設置することが困難である場合には、車券発売中については他の駐車場所有者等との契約により十分な広さの駐車場を確保すること。)

 第2 前売専用場外車券売場の基準

 1 車券の発売等の用に供する施設等は、第1の1の(1)、(2)の前段及び(4)を準用する。

 2 入場者の用に供する施設等については、第1の2の(4)のトを準用するほか、入場者の見やすい場所に確定出場選手、勝者及び払戻金額を明示する点の掲示設備を設けてあること。

 3 その他管理運営に必要な施設等については、第1の3の(1)を準用する。 

  四.場外車券売場の設置に関する指導要領について(平成7年4月3日7機局第164号。通商産業省機械情報産業局長名。各通商産業局長宛)

 上記の件については、平成7年3月10日付けで別紙のとおり自転車競技法施行規則の一部を改正する省令(平成7年通商産業省令第14号)が公布され、平成7年4月1日から施行されたところであるが、自転車競技法施行規則(以下「規則」という。)第4条の2第1項及び第4条の3第1項の運用等については、下記によることとしたので、適切な指導監督及び周知徹底をお願いします。

 なお、昭和59年9月6日付け59機局第662号「場外車券場の整備改善に関する指導要領について」及び昭和59年9月6日付け59機局第663号「前売専用場外車券売場の設置に関する指導要領について」の通達はこれを廃止します。

 記

 1.自転車競技法第4条第2項に基づく場外車券売場の設置の認可に関する施設の位置、構造及び設備の基準については、同法施行規則第4条の3第1項並びに場外車券売場の施設の規模、構造及び設備並びにこれらの配置の基準を定めた件に関する告示(平成6年3月7日通商産業省告示第109号)に規定されているが、当該基準は最低基準を示したものであるから必ず当該基準に適合するよう指導すること。従って、許可基準に規定されていない事項についても改善を要すべき箇所があれば、併せて指導して整備改善させること。

 2.設置するに当たっては、当該場外車券売場の設置場所の属する地域社会との調和を図るため、当該施設が可能な限り地域住民の利便に役立つものとなるよう指導すること。

 3.施設の整備改善に関する事項について、必要ある場合は日本自転車振興会に意見を求めること。

 4.設置するに当たっては、当該場外車券売場の設置場所を管轄する警察署、消防署等とあらかじめ密接な連絡を行うとともに、地域社会との調整を十分行うよう指導すること。


 古川氏は、今回のサテライト日田が上記に示された基準に違反すると主張されております。これに対しては、私も意見を述べているのですが、それについては、機会を改めることといたします。


(初出:2000年12月)

2025年4月29日火曜日

アーカイヴ:サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題・第8編

 サテライト日田の問題に関心を持ち始めてから、既に5か月ほどが経過しました。そして、今、この問題に関して別府市議会が一つの決断を下す時です。或る意味において、2000年12月、一つの、そしておそらく最大の山場を迎えております。別府市議会においても、全議員が設置に賛成している訳ではないからです。

 12月5日(火曜日)の午前中、私は大分市明野にある新日鐵研修施設攻玉寮で仕事をしました。大分県市町村職員研修で行政法の講義を行い、昼食をとり、大学へ向かいました。朝日新聞社の別府通信局から、11月26日付朝刊(私のコメントが載っています。第4編を御覧下さい)および11月30日付朝刊が送られてきました。その中に同封されていた手紙に、12月9日、日田市側が別府の中心街である北浜周辺で抗議運動をするという情報が記されていました。このことは、既に大分合同新聞2000年12月2日付朝刊朝F版27面を読んで知っていました。私は、この抗議活動を見に行くことを決め、9日の午前中に自宅から大分駅まで自転車を走らせ、大分駅からは電車に乗って別府駅へ向かいました。

 サテライト日田問題についての別府市民の考え方が、これまであまりよく見えず、反対運動にどのような目を向けるのか、注意していました。閑散とした、と表現してよい中心街を歩き、時間を待ちました。13時ころ、別府市民の中から何人かの反対運動をする人々が、別府駅周辺に集まってきました。そのうちの一人の老紳士と話をしたのですが、昔ならいざ知らず、別府競輪も赤字転落は間違いない、サテライト宇佐だって成功しているのかどうかわからない、別府市はギャンブルで街を活性化することばかり考えている、これで風紀が(ますます)悪くなる、湯布院町などと違って文化的な活動については全く遅れている、と話してくれました。元々、別府市の中心街、とくに裏通りには、成人映画館やヌードシアターなど、大分市の繁華街にもないものを含めて性風俗関係の店が多いのです。しかし、観光の面では長期低落傾向を示しているだけあって、昼の中心街は寂れています。別府駅前には、何年か前まで近鉄百貨店がありましたが、その建物が壊されていました。別府大学駅の付近、六勝園から上人ヶ浜のほうに別府市美術館があるのですが、海辺にあるため、美術品の展示や保管に問題があるとか。

 別府市民の反対活動は「サテライト日田を強行する市長に腹が立つ会」という名称がつけられており、そのビラには、「『どうして、いやがっているのに強行するのか』、『市長は人の意見を聞かないごうまんな姿勢が目立つ』、『別府市民としてはずかしい』、『日田の人に申し訳ない』等々別府市内でも市長に対する批判が広がっています。ギャンブルに頼るのではなく、温泉・豊かな自然・歴史や文化を大切にした街づくりを、という声は日田も別府も共通の願いのはずです」と書かれていました。実際、そのようなことが書かれたプラカードも多数見られました。その数は、最終的に50名ほどだったでしょうか。もう少し多かったでしょうか。

 このころから、朝日新聞、西日本新聞などの新聞社、NHK大分、大分放送(OBS)、テレビ大分(TOS)および大分朝日放送(OAB)などの記者、カメラマンも集まり始め、皮肉なことに、こうした運動によって、かつては大分交通別大線も足を伸ばしていた別府駅前通りはにわかに活気づいたのでした。

 14時ころ、集団は国道10号線北浜交差点そばにあるトキハ別府店・別府コスモピアの前に移動しました。日田市からは約250名が反対運動に参加するとのことでした。バス5台に分乗して別府に到着するのが14時だという情報も入っていたのですが、実際の到着は14時半ころでした。日田市長の大石氏、日田商工会議所会頭の武内氏、そして日田市議会議長および議員全員、さらに市民も集まっており、頭にハチマキを占め、日田市長など数名はタスキをまわし、北浜の歩道に集結しました。

 日田市側から配られたビラによると、「サテライト日田」設置反対連絡会には、日田商工会議所の他、日田市自治会連合会、日田市連合育友会、日田市女性団体連絡協議会、サテライト日田設置反対女性ネットワーク、日田市連合青年団、日田市ライオンズクラブ、日田すいめいライオンズクラブ、日田ロータリークラブ、日田中央ロータリークラブ、国際ソロプチミスト日田、日田まちづくり研究所、大分ひた農業協同組合、日田市森林組合、(社)日田青年会議所、日田商工会議所婦人会および日田商工会議所青年部が名を連ねています。そして、「別府競輪場外車券売り場『サテライト日田』絶対いらない!!」というタイトルの下、次のように書かれていました。

 「別府市民の皆さん、『サテライト日田』問題をご存知ですか?/『サテライト日田』とは、別府市が日田市にムリヤリ設置しようとしている別府競輪の場外車券売り場のことです。/私たち日田市民は、平成8年から別府市に対し、『サテライト日田』の設置断念を訴えてきました。今年8月には、50,570人の反対署名を別府市に提出しましたが、井上別府市長は、私たち日田市民の意向を全く無視し、強引に設置しようとしています。/このような行為は、私たち日田市民を軽視したものであり、日田市の進めようとしている『まちづくり』の大きな障害となるものです。/良識ある別府市民の皆さん、是非私たちの気持ちをご理解していただき、設置反対にご協力とご支援をよろしくお願いいたします。」(ほぼ原文のまま。なお、/は原文における改行箇所)

 14時40分、いよいよデモ行進が始まりました。別府駅経由で大分駅へ向かう大分交通バスがはさまれ、妙な光景でした。日田市側のデモ行進の後ろに、別府市民も加わっています。14時49分、別府駅東口の交差点で折り返し、北浜へ戻り、14時57分、コスモピア付近から歩道に入り、15時、コスモピアでデモ行進を終え、日田市長、市議会議長、商工会議所の会頭があいさつをして、15時3分に終わりました。勿論、この間、シュプレッヒコールは鳴り止みません。

 日田市の人口を考えると、50,570人の反対署名は、ほぼ日田市民全員に近い数の署名を集めたということになります。

 ただ、何度か記しているのですが、既に設置許可が通商産業省から下されていること、日田市の条例には自転車競技法との整合性という問題があること、起工式も済まされていること、別府市が設置を取り止めるとすると賠償問題につながること、などからすれば、法律的には設置の方向が示されており、これを変えるのは難しいでしょう。勿論、全てが法律によって解決される訳ではないのですから、土壇場のどんでん返しもありうる話です。

 別府市議会は、2000年12月18日に閉会します。サテライト日田設置のための特別補正予算案が可決されるか否決されるか、大きな分岐点になります。そして第1幕は終わります。しかし、第2幕は、さらに波乱に満ちたものになるかもしれません。そのように考えながら、私は日豊本線の各駅停車に乗り、大分駅に向かったのでした。


(初出:2000年12月10日)

アーカイヴ:サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題・第7編

 このところ、日田市のホームページを見ることが多くなりました。少なくとも大分県内にある市町村の公式ホームページで「掲示板」を持つところは、日田市および中津市以外になく、日田市の「掲示板」に、サテライト日田問題に関する投稿が多くなってきたからです。

 その「掲示板」を見て、日田市民および日田市出身者の方々が抱く、サテライト日田建設に対する強烈な反対の意思を、改めて思い知らされました。また、そこから教わることも多く、一種の傍観者としての立場にある私は、限界を強く感じています。

 例えば、前回、南友田の町内に「サテライト日田建設反対!」といった類の看板が一枚も見かけられないことに違和感を覚えたという趣旨を記したのですが、後に或る方が、このホームページに記せないような事情があるということを教えて下さいました。また、平成8年にも市民による大規模な反対運動があり、それで沈静化したと思ったのに今ごろになって、と書かれた方もおられ、その怒りが切々と伝わってきました。

 私がサテライト日田の建設予定地を訪れた日の翌日、すなわち12月4日、施設設置申請者のM建設会長氏ら10名が出席して起工式が行われました。大分 asahi.com/ニュースによれば、M建設会長氏は「通産省など関係官庁には10月末から11月初めにかけて着工する旨を説明した。完成の目途は、別府市議会の議決後、別府市と協議をした後でないと分からない」と語ったそうです。さらに、今後、建物部分について整備を行った上で、来年の1月末から2月初めの間に一部が完成すること、さらにサテライト日田の設置による街の活性化を願って努力したい、遊びをコンセプトにして大人の健全な遊び場を提供するのがまちづくりの一環ではないかという旨などを語ったそうです。

 同日、別府市は、第5編でも記したサテライト日田関連の特別補正予算案を市議会に提出しました。約3億2000万円の支出になります。

 12月6日、別府市議会(議案質疑)でサテライト日田問題が取り上げられました。新聞報道によると、市議会の関心は思った以上に強く、11人の発言者のうち10人がこの問題に関する質問をしたとのことでした。別府市の態度は、これまでの経緯からしても明らかなもので、サテライト日田設置計画は法律に従って進んでいる、「日田市公営競技の場外券売場設置等による生活環境等の保全に関する条例」にはとらわれない、というものでした。そして、9月以降、どのようにして日田市および同市民の理解を得ようとしたのかについて、市当局は、連絡をとったが会うことを拒否されたという旨を述べています。県の仲裁について質問した議員の質問に対しては今後の検討に委ねたいと答えるに留まり、赤字になる可能性についてはそうならないと、さらに訴訟になった場合には必要に応じて対応したい、と答えました。

 翌7日、別府市議会(一般質疑)が行われました。以下、朝日新聞2000年12月8日付朝刊10版31面および大分合同新聞同日付朝刊朝F版23面の報道によりつつ、市長の井上信幸氏による発言の内容などを紹介しておきます。

 「これまで担当助役や部長が(日田市などと)誠意ある交渉をしてきたと信じている。今後も(日田市や日田市民の)理解を得るよう努力していく」(大分合同新聞より)

 「日田の皆さんの了解を得るべく、今後も誠意ある行動させていただきたい」(朝日新聞より)

 「別府競輪50年という歴史への使命感もある」(朝日新聞より)

 「当初は周囲が賛成してたので設置業者は通産大臣に申請した。経過をくみ取ってもらいたい」(朝日新聞より。なお、これに対して、日田市のホームページにある掲示板には、猛烈な反発が寄せられています)

 「まさか許可は出ないだろうと判断していたら6月に出た。日田の皆さんは、設置業者、あるいは通産省に問題提起してもらえればよかったが、なぜか別府に向いている」(朝日新聞より)

 「無駄な争いは嫌いなので、日田市のおっしゃることを黙って聞かせていただいた」(朝日新聞より)

 「競輪事業を赤字に転落させず、安定化させるという使命がある。当初、溝江建設が予定地周辺の賛成を得て設置申請をした。議員の皆さんに協力をお願いします」(大分合同新聞より。日田市のホームページにある掲示板には、猛烈な反発が寄せられています 。)

 別府市議会議員からは、「これだけ反対がある中、車券販売ができるのか」、「溝江建設が議決を前に着工したのは議会軽視」などの質問・意見が出されました(大分合同新聞による)。一方、これは両新聞の記事に出ておらず、結局わからなかったのですが、日田市民の方によれば、日田市民が金を出してM建設に工事を止めてもらえばよいという意見も出たとのことです。本当にこんな発言が出たとしたら、不見識にも程があると言いたくなるほどのものです(実際、これは日田市民の怒りを買っています)。

 また、主題から外れますが、この日の市議会では、別府市長自身が社長を務められる第3セクターの扇山ゴルフ場での使途不明金問題も扱われており、或る意味において、別府市側にとっては苦しい市議会であったと言いうるでしょう。

 なお、12月9日、日田市側は、別府市中心部でデモ行進をすることを決定しています。日田市のホームページにある掲示板には、東北某県の方が手弁当で参加するという旨の書き込みをされておりました(注:後にわかったのですが、この方は、掲示板の操作を誤ったとのことで、実際は日田市民でした)。


(初出:2000年12月9日)

2025年4月28日月曜日

おしらせです(2025年4月28日)

 別ブログ「ひろば 川崎高津公法研究室別室」にも記しましたが、管理人の権限を利用して、おしらせです。

 公益社団法人神奈川県地方自治研究センターが発行している自治研かながわ月報の2025年4月号(No. 213。通算277号)に、私の「横浜市教育委員会裁判傍聴事件に関する住民監査請求について」が掲載されています。

 御一読をいただければ幸いです。

 なお、上記論文は、「ひろば 川崎高津公法研究室別室」に2024年8月6日15時0分0秒付で掲載した「横浜市の傍聴動員問題に関連した住民監査請求が棄却される」に関連するものです。

アーカイヴ:サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題・第6編

 これまで、サテライト日田問題を取り上げていながら、実際に現地を訪れる機会を見つけられず、忸怩たる思いをしていました。12月3日(日)、ようやく行くことができましたので、今回は、紀行文風に書いていきたいと思います。

 その前に、大分合同新聞2000年12月2日付朝刊朝F版27面に掲載された記事の内容を紹介しておきます。サテライト日田設置反対連絡会の武内好高氏は、12月1日の正午から、日田市役所での記者会見の席上、別府市が車券を発売しないように望む旨を示しました。同記事によれば、12月4日に、建設予定地で起工式が行われます(やはり12月1日に、建設会社の相談役が発表しました)。そして、12月9日、別府市でサテライト日田反対デモが行われる予定だとのことです。

 さて、12月3日の件に入りましょう。私は大分市に住んでいますが、大分市から日田市までは90km以上あり、久大本線では日田まで直通する特急列車が4往復、普通列車では3往復しかありません。そのため、愛車の黒いウイングロードXに乗り、大分自動車道大分光吉インターチェンジから日田インターチェンジまで1時間20分ほどをかけて運転しました。日田市は大分県の西部、久留米市や福岡市のほうが近いこともあるせいか、大分県という色彩が薄いように感じられます。

 日田インターチェンジを降りて国道212号線を日田市街方向に走り、国道386号線に入って、朝倉・甘木・福岡方向に走ると、すぐに南友田となります。インターチェンジからちょうど3㎞、道路の右側、パチンコ屋やゲームセンターなどが集まる一角があります。その一角の奥のほうに、問題の建設地があります。実測したところ、日田駅からでもちょうど3㎞でした。

 しかし、このあたりを走っていて最初に不思議に思われたのは、これだけ新聞などでも騒がれている割に、南友田の町内に「サテライト日田建設反対!」といった類の看板が一枚も見かけられないということです。何かの規制でもあるのか、別のところにあるのか、理由はわかりません。それにしても、あまりに目立たないため、私は、そのまま夜明温泉付近まで車を走らせてしまい、行き過ぎたことに気づいて、昼食をとってから引き返し、南友田のパチンコ屋やゲームセンターなどが集まる一角に戻ったのでした。

 この一角はアーバン・ピラミッドと総称されており、入口には駐車場とローソン、その隣にピエトロ大分日田店があります。パチンコ屋は駐車場のすぐ奥、国道から見ると正面にあります。何故か、駐車場の国道側に噴水があり、パチンコ屋の西側にもスフィンクスなどをかたどった何体かの像の口から水が出る仕掛けがある池がありました。パチンコ屋の東側にはゲームセンター、北側には健康温泉ランドがあります。

 パチンコ屋西側で道路の反対側にうどん屋があります。その隣に、鉄の柵で囲まれた敷地がありました。しかし、何の建設予定地かが書かれていません。実はこれが、サテライト日田の建設予定地なのです。看板も何も立っていないのは、近隣住民への配慮なのでしょうか。

 アーバン・ピラミッドのすぐ隣(東側)には大型の自動車用品販売店、反対側(南側)には、UNIQLO、新鮮市場グループ日田店、100満ボルト(家電販売店)などの大型店舗が並んでいます。少し奥には住宅が並んでいます。この国道を通る自動車も多く、買い物客らしき人たちの車が駐車場などにあふれています。典型的な郊外というところで、私の自宅付近とよく似ています(国道10号線沿いにあり、すぐそばに大型のスーパーマーケットや家電販売店、ファミリーレストラン、自動車用品販売店が並んでいます。また、自動車販売店が多く、本田自動車以外の主な日本車ならば、自宅近くで買うことができます)。

 もしかしたら、と思い、私は、アーバン・ピラミッドから日田駅前まで車を走らせました。中心街の一つ、三本松商店街を走ります。福岡のデパート、岩田屋の支店もあるのですが、人通りが少なく、閉まっている店も少なからず見受けられます。案の定、という思いでした。日田市の中心街は駅の南側、反対の北側は淡窓や豆田という、日田の古い街並みをよく保存するところで、多少は観光客などが歩いているようですが、商店街としてみるならば閑散としたところです。

 淡窓、豆田を抜け、日田市役所のあたりを走りました。市役所にも「サテライト日田建設反対!」といった看板や垂れ幕はないようでしたが、これは私の見落としかもしれません。車を降りた訳ではないのです。

 もう一度、駅の南側に出て、元町、日田温泉街などを走ってみましたが、やはり、閑散としているという印象をぬぐうことはできません。日田駅のそばに車を停め、商店街を歩き、何軒かの店にも入りましたが、客があまりいないようです。そして、この中心街にも「サテライト日田建設反対!」の看板などはありません。

 今回は、それほど長く日田市街を探索した訳ではありませんが、中心街空洞化問題は、日田市でも例外ではないようです。

 そして、車を運転している最中に、また、もしかしたら、と思ったのでした。サテライト日田建設反対運動は、単に風紀その他の問題ではない。日田市のまちづくり、武内氏の言葉を借りるのであれば「緑豊かなアメニティ都市づくり」に障害となるというのは、理由としてはわからなくもないが、南友田を歩いてみると少し食い違いがあるような気がする。これは、中心街空洞化の問題とも関連しているし、おそらく、そのことが反対運動の大きな要因になっているはずである、と。

 何故なら、サテライト日田を南友田という郊外に作れば、車券を買おうとする人々が運転する自家用車の交通量が増える。ただ車券を買うばかりでなく、パチンコ屋なども潤うし(競馬や競輪をやる人は、パチンコをやりながらレースの状況を見聞きする、ということが多い)、コンビニやレストランも潤う(昼食時など)。一家で行くなどとなれば、近所のスーパーマーケットなどの収入も増える。駐車場があるのも大きな魅力である。場合によっては、これに目をつけてさらに大型店舗が進出する可能性もある。これに対し、日田市の中心部はますます寂れる。道は狭いし、駐車スペースもあまりない。あっても有料である。駅があるといっても、列車の本数が少ないから使いにくい。こうなると、ただでさえ中心街再活性化に苦労しているのに、サテライト日田が南友田にできれば、中心街再活性化は一層困難になる。

 現地を車で走り、歩いてみて、このように思ったのですが、どこまで当たっているかは、全くわかりません。


(初出:2000年12月4日)

アーカイヴ:サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題・第5編

 この問題も、ますます混迷の度を深めていくようです。今のままでは収拾がつかないような状態です。11月26日、第3編および第4編を掲載しましたが、また新たな動きがありました。今回は、朝日新聞社が運営しているasahi.comの大分版に掲載された2000年11月28日付および11月30日付の記事、そして大分合同新聞2000年11月30日付朝刊朝F版23面の記事を参照しつつ、たどってみます。

 11月27日、日田市の中央公民館で、サテライト日田設置反対の連絡会(17の団体が加入しているようです)が、設置反対市民総決起集会を開催しました。参加した日田市民は約400人でした。同代表の武内好高氏(日田商工会議所会頭)らは、「絶対反対!サテライト日田」と書かれたタスキやハチマキを身につけて臨んだとのことです。

 席上、武内氏は、「日田市は緑豊かなアメニティ都市づくりを目指して取り組んでいる。車券売り場が設置されると、根底から覆される。日田市民一丸となって、設置反対に猛進しよう」とあいさつし、市民の代表二氏もサテライト日田設置撤回まで戦う旨の決意を述べました。

 そして、「車券売り場施設は、日田のまちづくりの大きな障害で、容認できない」という要旨の反対決議文が、17団体の代表によって読みあげられ、採択された後、気勢をあげた、とのことです。

 29日には、サテライト日田設置反対の連絡会のメンバーが、やはりタスキとハチマキを身につけて別府市役所を訪れ、別府市議会に設置反対を申し入れました。同日、別府市は、サテライト日田設置の関連予算案(競輪事業特別会計補正予算案で、関係する機器のリース契約を内容とするようです)を市議会に提案することを表明し、市議会に議案を提示しており、その直後に設置反対が申し入れられたのです。応対には、別府市議会議長の三ケ尻正友氏らがあたりました。

 別府市議会は、12月4日から始まります。別府市は、日田市が今年6月に制定・公布・施行した「日田市公営競技の場外券売場設置等による生活環境等の保全に関する条例」の「法的性格を専門家と話し合い、同意をとる必要はないと考える」として、あくまでも予定通り補正予算案を提出し、サテライト日田を設置して車券を販売する構えです。

 また、第2編でもとりあげた市報べっぷ11月号の記事について、別府市助役の大塚茂樹氏は、記事を訂正するつもりがないことを表明し、経緯を説明するための回答もしないと述べています。また、業者による説明会、約400軒にのぼる戸別訪問でも6割から7割の賛成・同意を得ているとしております。

 これに対し、11月29日、日田市長の大石昭忠氏は、市報べっぷ12月号に訂正記事が掲載されなければ、日田市が別府市を名誉毀損などの理由により提訴すると表明しました(あくまでも記事の訂正を求めるようで、損害賠償請求はしないとのことです)。

 日田市側によれば、11月7日、日田市長名で、別府市長宛てに内容証明郵便を送り、10日以内の回答を求めましたが、何の反応もなかったとのことです。

さらに、日田市は、仮にサテライト日田の設置を阻止できなければ、サテライト日田の車券売上に対して課税することも検討しております。大分合同新聞の記事からは必ずしも明らかでないのですが、横浜市が場外馬券売場への課税に際して採用する法定外普通税を導入するものと思われます。

 しかし、別府市議会の中には、サテライト日田の設置の話は日田から「出たはずだ」といった声もあります。そうなると、市報べっぷの記事が正しいのか、日田市の主張が正しいのか、という問題は、まだ解決されていないことになります。

 別府市民がサテライト日田問題をどのように捉えているのかは不明ですが、武内氏は「別府市民の声とは同一価値ではないが、日田市民の声をご理解の上、ご決定をお願いしたい」と前置きをしてから反対決議文を読みあげたといいます。

 別府市議会では、特別予算案の審議に慎重を期すという姿勢が示され、武内氏らによる申し入れに応じる方針が示されたと言います。しかし、反対連絡会の決議文には「別府市の市政を疑うものであり」という文言が含まれており、これを問題視する声もあるようです。

 なお、これも上記asahi.comの大分版(11月30日)によるものですが、別府市は、補正予算について、日本自転車普及協会とリース契約を結ぶため、限度額を3億2100万円と利子負担分とする債務負担行為の設定を求め、返済を今年度から8年間とする、同額の助成が見込まれるため、市の持ち出しはない、と説明しております。

 12月4日からの別府市議会において、サテライト日田問題がどのように扱われるか、注目されます。しかし、予定通り設置されるとしても、あるいは設置が撤回されるとしても、今回の問題は日田市と別府市の双方に、大きな禍根を残すことになりそうです。


(初出:2000年12月1日)

2025年4月27日日曜日

アーカイヴ:サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題・第4編

 最初に:以下の内容は、2000年11月26日掲載時・同年12月11日修正時のままです。


 これまで、3回にわたり、本ホームページでは、サテライト日田建設問題を取り上げ、考察を加えて参りました。年末を控え、新たな動きがあるようなので、朝日新聞2000年11月26日付朝刊13版34面の記事を参照しつつ、たどってみたいと思います。

 同記事によれば、サテライト日田が営業を開始すると、車券売上分の4%は、設置を申し出た建設会社に家賃として支払われます。また、1%は「環境整備費」として日田市に交付されます。

 しかし、日田市では、まず市民団体がサテライト日田建設に反対し、1996年には日田市議会も反対決議をしたのですが、1997年7月に建設会社が設置許可申請をしており、今年の6月に許可が出されました。

 これに対し、別府市は、既に2000年2月、通商産業大臣に確約書を提出しており、あくまでも設置を実行する構えです。

 同記事にも別府市幹部の言葉として掲載されているのですが、もし、別府市が設置計画を白紙に戻した場合、設置許可を申請した建設会社から、信義誠実の原則(民法第1条第2項を参照)に違反するとして、国家賠償法または民法に基づく損害賠償請求を請求される可能性もあります。

 このような損害賠償請求は、熊本地裁玉名支部昭和44年4月30日判決(判例時報574号60頁)、最高裁第三小法廷昭和56年1月27日判決(最高裁判所民事判例集35巻1号35頁)などにおいて認容されております。その理由として、市町村の行政計画を変更すること自体は適法であるが、この変更行為はその計画に従っていた業者などの信頼を破壊することにもなる、ということがあげられます。

 そうなると、別府市としては、サテライト日田建設計画を着実に進めざるをえなくなります。事実、別府市は、12月の市議会にサテライト日田設置に関連する補正予算案を提出する構えを見せております。一方、日田市は、11月25日、市議会議員の一部が別府市議会に反対を申し入れ、27日には、設置反対に向けた市民参加の総決起集会を開催することを計画していると伝えられております。

 ここで、同記事に載った私のコメントを、紹介しておきます。

 「自転車競技法では地元市長の同意は要件としていない。また、地方自治法は『条例制定は法令に反しない限り』としており、条例は制定権の範囲を超えていると思う。ただ、住民意思をくみ取る日田市の姿勢は評価でき、この問題は地方公共団体の権能をうたう憲法にもかかわる。今後も成り行きを注目したい」

 さらに、日田市は、同記事ではあまり明らかにされておりませんが「法廷闘争も辞さない構え」をとっております。日田市側が提訴するとすれば、別府市報11月号の記事に虚偽があるなどの理由により、記事の訂正を求め、別府市を被告とする裁判を提起することなどが考えられます。

 また、地方自治法第251条の2に基づき、日田市、別府市のいずれかが、大分県知事に自治紛争処理委員による調停を申し出ることが考えられます。しかし、自治紛争処理委員の調停による解決の見込みがない場合には、同第5項に基づいて、調停を打ち切ることになります。

 訴訟などについては、機会を改めて検討することとしまして、今は、経緯を見守るしかないと思われます。

 なお、第3編においても述べましたが、サテライト日田問題について、皆様からの御意見や御質問などを承りたいと思います。電子メールか郵便でお願いします。電話およびファックスでの申し出はお断りいたしますので、御了承下さい。

 電子メールの場合:(省略)

 郵便の場合:(省略)

 なお、皆様からの御意見、御質問などにつきましては、このホームページで公表させていただくことも考えておりますので、非公表を希望される方は、その旨をお知らせ下さい。本名、メールアドレスなどの公表を望まれない方についても同様です(住所、年齢、職業などについては非公表とします)。

 また、本ホームページにおきましては、現在のところ、掲示板などを設置する予定はございません(平成12年12月10日深夜より、掲示板を設けました)。


(初出:2000年11月26日。12月11日に修正)

鎌倉市役所の移転問題で同市監査委員が意見を出したが(再掲載)

  前書き:以下は、2024年9月6日4時30分(午前)付で「ひろば 川崎高津公法研究室別室」に掲載したものです。goo blogのサービス終了を前に、こちらに記事を転載しておきます。


 正直なところ、「これはどうなのだ?」と首を傾げたくなる話が、神奈川新聞社のサイトにありました。2024年9月5日の20時37分付で同社のサイトに掲載された「鎌倉の市役所移転、市監査委員が『政治介入』 松尾市長も困惑、波紋広がる」(https://www.kanaloco.jp/news/government/article-1107959.html)という記事です。これは有料記事であり、私は登録していないので全文を読める訳ではないのですが、この記事を基にしつつ、鎌倉市のサイトに掲載されている監査結果も参照してみました。

 鎌倉市役所の移転に向けた動きは、同市のサイトによると2015年度から進められてきたようで、現在の所在地である御成町18-10(鎌倉駅の西側と記しておけばよいでしょう)から深沢地区への移転を目指すというものです。2022年9月にまとめられた「鎌倉市新庁舎等整備基本計画」には、湘南モノレールの湘南深沢駅から西側の約31.1ヘクタールの土地を深沢地域整備事業用地として次のような方針が示されています。

 「深沢地域では、東海道本線大船・藤沢駅間新駅設置を伴う、藤沢市村岡地区との両市一体のまちづくりを目指しています。『第3次鎌倉市総合計画第4期基本計画』では、土地利用の基本方針として、鎌倉地域のほか、大船、深沢地域などの都市機能を強化し、3つの拠点がそれぞれの特性を生かした役割分担をこなし、互いに影響し合うことで、 本市全体で活力や鎌倉の魅力の向上につながる土地利用を図ることとしています。さらに「鎌倉市都市マスタープラン」では、深沢地域整備事業用地の土地利用の方針に、新都市機能導入地を位置付けています。」

 しかし、この動きは鎌倉市議会によってストップをかけられました。すなわち、2022年12月の鎌倉市議会定例会に「鎌倉市役所の位置を定める条例の一部を改正する条例」の案が提案されたのですが、同年12月26日の本会議において否決されました(賛成16、反対10。地方自治法第4条第3項により、出席議員の3分の2以上の「同意」が必要となるためです)。

 一方、2023年2月6日付で、鎌倉市監査委員に対して「市役所位置条例の改正案否決に伴う支出済額について」住民監査請求がなされました。監査委員(2名)は同年3月29日付の「鎌倉市監査委員公表第6号」において請求を棄却しています。

 そして、2024年9月2日、鎌倉市監査委員(2名。但し、1名が2023年3月と異なります)が2件の監査結果を公表しました。今回、神奈川新聞社が取り上げたのは、この2件の監査結果のどちらにも付されている付帯意見です。どういうものかを御覧いただきたいところですが、すぐに付帯意見を示すのもどうかと思われますので、まずは監査結果を概観しておきましょう。

 「鎌倉市監査委員公表第1号」は、2024年7月3日付でなされた「新庁舎等基本設計等予算執行差止」を求める住民監査請求に対するものであり、監査結果は住民の請求を棄却するものとなっています。

 住民監査請求の内容が「鎌倉市監査委員公表第1号」においてまとめられているので参照すると、次の通りです。

 ・鎌倉市長は「令和6年度一般会計予算案に、市役所移転に関わる新庁舎等基本設計者等選定審査会委員報酬及び同委員費用弁償並びに令和6年度から令和7年度までの債務負担行為である新庁舎等基本設計等の事業費(以下これらを「本件基本設計等予算」という。)を計上し、令和6年(2024年)市議会2月定例会に提案し、市議会の議決を得た」。

 ・しかし、上述のように2022年12月26日の鎌倉市議会本会議において、「鎌倉市役所の位置を定める条例の一部を改正する条例」の案は否決された。

 ・「全国の地方公共団体の例を見ると、位置条例の改正案を議会に提案しないまま新庁舎の工事に着手した事例はあるが、議会が位置条例の改正案を否決した中で、新築の庁舎の基本設計予算を執行した例は聞いたことがない。請求人が総務省行政課に照会したところ、『位置条例が否決された状態で基本設計の予算案を上程することは可能。ただし、予算を執行することに関しては司法の判断となる』との回答を得た。」

 ・鎌倉市長は「位置条例改正案が否決された直後の市議会定例会に提案する令和5年度予算案には、新庁舎の基本設計予算を計上することを見送った。これは『議会の合意が得られない以上、事業を進めるのは相当ではない』との判断であったと考えられる」が、鎌倉市長は「『市民や議会の新庁舎建設に対する理解を深める ためには具体的な形を示すことの方が効果がある』として、上記判断を変更してまで、令和6年度一般会計予算案に本件基本設計等予算を計上し、提案した」。

 ・2024年4月8日に「新庁舎等基本設計等委託事業者の公募型プロポーザル方式による応募の受付が始まり、同年7月9日の締切後、同月30日には一次審査が実施される予定である」。この「プロポーザル方式による応募の受付段階での参加資格審査は鎌倉市の職員が 行うため、今のところ予算の支出はない。しかし、今後新庁舎等基本設計者等選定審査会が開催され、基本設計者等が選出されると、本件基本設計等予算が支出されることとなる」。完全に鎌倉市議会による条例改正案の否決を無視した形になっているとしか思えませんが、既成事実を作るということなのでしょうか(かつての大分県のようです。今はどうかわかりませんが)。

 ・「鎌倉市民としては、市議会が位置条例の改正案を否決している状態で、基本設計の事業に着手した事実は看過することができない。建設関係の事業者に聞くと、設計業務は本体工事と一体のものであり、設計を実施して本体工事を実施しないことはあり得ず、後戻りできない予算との解釈であった」が、これは地方財政法第4条第1項に違反するものである。

 ・「本件基本設計等予算は、市議会の議決を経ているが、市議会が位置条例改正案を否決しているにもかかわらず、本件基本設計等予算を議決したものであり、 この議決自体が違法というべきであるから、議決があることによって、本件基本設計等予算の執行が適法となると解すべきではない」。

 これに対して、監査委員は次のように述べています。

 「地方公共団体の長は当該地方公共団体の事務を管理し及び執行するうえで広範な裁量権を有しているが、地方公共団体の事務所の位置を定めるに当たってもそれは例外ではないと考える。名古屋高等裁判所平成16年3月26日判決(平成 15 年(行コ)第14号)において、『地方自治法4条1項は、「地方公共団体は、その事務所の位置を定め又はこれを変更しようとするときは、条例でこれを定めなければならない。」と規定しているものの、条例を定める時期について何ら定めていないから、建設着工後において条例を定めても、同法違反とはならず、庁舎位置指定条例案の上程の時期は市町村長の裁量に委ねられているものと解される。』と判示されていることがその裏付けである。なお、請求人は、この裁判例は町村合併という事情のもとに判断されたもので鎌倉市には当てはまらない旨主張しているが、少なくとも地方自治法第4条第1項の規定に関係する判断の中に町村合併という事情が考慮された形跡は見当たらない。」

 「令和4年(2022年)市議会12月定例会において位置条例改正案を否決した市議会の判断は重いものであるが、他の会期に位置条例改正案を再び提案することを妨げる規定はない以上、将来にわたって可決される可能性がないと断定することはできず、上記判決引用箇所は現在の鎌倉市の状況にも当てはまるものと考える。」

 (少し脇道に逸れます。いつも思うのですが「判決を示すのであれば、掲載判例集の巻号頁くらい示せ!」と言いたくなります。ここに引用されている判決は判例タイムズ1159号176頁に掲載されています。書店で購入することが可能ですし、法学部が置かれている大学の図書館などに行けば所蔵されている雑誌です。真面目に勉強している法学部の学生には御馴染みのLEX/DBで検索するという手もあります。)

 この名古屋高裁判決の論理はおかしなもので、「こんな理屈がまかり通れば、市町村は何時、何をやってもかまわないし、市町村議会は不要である」ということにもなりかねません。条例を定める時期について何ら規定がないのは当たり前で、常識的に考えても、地方自治法第4条に従って条例の改正案を議会に提出して出席議員の3分の2以上の同意を得てから移転のための準備を具体的に進めるでしょう。また、その条例の改正案と同じタイミングで議会に予算案を提出し、議決を得るでしょう。そうでなければ、何のために特別多数決を定めているのかわかりません。裁判官の頭の中には地方公共団体の議会など存在しないのでしょうか。悪い意味で逐条的に解釈するから、換言すれば「木を見て森を見ず」という態度の解釈であるから、こういう変な理屈が出てくるのでしょう。

 そして「付帯意見」です。「鎌倉市監査委員公表第1号」のメインはむしろ「付帯意見」なのか、また、「これは監査結果の範囲を超えているのではないか」と疑いたくなるものです。全文を引用させていただきましょう。

 「新庁舎の整備に関する取組は、平成26年度策定の公共施設再編計画により昭和44年に竣工した市庁舎の老朽化に伴う機能更新が検討され、平成27年度実施の本庁舎機能更新に係る基礎調査を経て、平成28年度策定の本庁舎整備方針において移転して整備する方針とされ、平成29年度策定の公的不動産利活用推進方針において、全市的な視点から深沢地域整備事業用地を移転先とする方針とされた。その後も平成30年度策定の本庁舎等整備基本構想、令和4年度策定の新庁舎等整備基本計画と今日まで取組が進められ、この度住民監査請求の対象とされた新庁舎等基本設計及びD X支援業務委託事業費は、令和6年度から7年度までの2カ年をかけて基本設計を行う過程の中で、市民や議員に対し、防災拠点となる新庁舎のイメージを膨らませることが出来るよう発信するための予算との位置付けである。

 このように時間と労力をかけて目指してきたまちづくりは、本庁舎移転を含む深沢地区のまちづくりと鎌倉地区の市役所現在地の利活用の構想が、真に市民の安全と市の将来像を見据えた政策の柱であるとの信念から、松尾市長自らが選挙公約とし、取り組んできた政策にほかならないはずである。であるならば、松尾市長は、この政策を途中で投げ出すことなく不退転の覚悟で政治責任を全うするという姿勢を具体的に示し、課題に取り組むべきだと考える。

 そして、市民から違法又は不当などと疑念を抱かれるような事業の進め方や、市民や議会を二分する政策論争に発展してしまうような進め方はこれを改め、市民の共通課題の解決を図るためのマイルストーン(行程)を明示し、松尾市長自らが先頭に立ってその手法や政策について市民との対話や議論を重ねることにより、事態の打開に向けた一層の努力を望むものである。

 住民監査請求の審査に当たり、違法又は不当な支出の判断にとどまらず、このことを付帯意見として申し添える。」

 どのように読んでも監査結果ではなく選挙演説か市議会における質疑応答であり、監査委員の役割を超えています。地方自治法第198条の3第1項は「監査委員は、その職務を遂行するに当たつては、法令に特別の定めがある場合を除くほか、監査基準(法令の規定により監査委員が行うこととされている監査、検査、審査その他の行為(以下この項において「監査等」という。)の適切かつ有効な実施を図るための基準をいう。次条において同じ。)に従い、常に公正不偏の態度を保持して、監査等をしなければならない」と定めていますが、たとえ逆立ちして「付帯意見」を読んだとしても、地方自治法第198条の3第1項にいう「常に公正不偏の態度を保持して」いるようには見えません。

 鎌倉市の場合、2名の監査委員のうち1名は市議会議員であり、おそらくはこの1名が主導となって「付帯意見」を付したのでしょう(上記神奈川新聞社記事によれば、市議会議員である監査委員は、2022年12月26日の鎌倉市議会本会議において条例案に賛成の立場を示していました)。そもそも、このような監査委員の選任の方法こそが問題であるとしか思えませんが、地方自治法第196条第1項が「監査委員は、普通地方公共団体の長が、議会の同意を得て、人格が高潔で、普通地方公共団体の財務管理、事業の経営管理その他行政運営に関し優れた識見を有する者(議員である者を除く。以下この款において「識見を有する者」という。)及び議員のうちから、これを選任する。ただし、条例で議員のうちから監査委員を選任しないことができる」と定めており、鎌倉市は条例で市議会議員を監査委員の選任から排除していませんので、やむをえないところとではあります。それにしても、監査委員の適格性には大きな疑問符を重ねて付すしかありません。監査結果にこのような「付帯意見」を付すること自体が違法であるとまでは言えないでしょうが、不当であることは間違いのないところです。

 しかも、やはり2024年9月2日に公表された「鎌倉市監査委員公表第2号」の「付帯意見」が、「鎌倉市監査委員公表第1号」の「付帯意見」と全く同じ文言なのです。

 「鎌倉市監査委員公表第2号」は、2024年7月5日付の「新庁舎等基本設計及びDX支援業務委託事業費予算執行停止」を求める住民監査請求に対する監査結果です。念のために請求内容を示しておきます。

 ・「令和6年(2024年)2月鎌倉市議会定例会に鎌倉市長から提案され、同年3月15日に可決された令和6年度一般会計予算のうち、第3表債務負担行為『新庁舎等基本設計及びDX支援業務委託事業費 令和6年度から令和7年度まで294,965,000円」(以下「本件新庁舎等基本設計等事業費」という。)は、地盤調査を含めた、深沢行政用地(鎌倉市寺分字陣出8番8)での市役所新庁舎の基本設計を行うものである」が、「令和4年(2022年)12 月、鎌倉市役所を御成町18番10号から寺分字陣出8番8(深沢行政用地)に移転することを内容とした鎌倉市役所の位置を定める条例(以下「位置条例」という。)の一部を改正する条例は、鎌倉市議会で特別多数議決が成立せず、否決されている」から、「否決された場所へ市役所を移転するための行動、予算支出は法的根拠を欠き、無駄な支出である。したがって、地方財政法第4条第1項違反である」。

 ・それにもかかわらず、鎌倉「市は新庁舎等基本設計及びDX支援業務委託事業の契約相手方選定のためのプロポーザルへの参加者の募集を開始しており、令和6年(2024年)10月には仮契約をすることになっている」から「このままでは違法な公金の支出が行われる可能性が高い」。

 2件の住民監査請求は、詳細は異なるものの鎌倉市役所の移転問題に関するものである点において共通しているため、同じ文言の「付帯意見」を示したのでしょう。或る意味では監査委員の意見を強調したかったのかもしれません。しかし、これでは、上記神奈川新聞社記事にあるように「政治的中立が求められる監査委による庁舎移転の“支持表明”とも読み取れる記述に市側も困惑し、反対派市議も『監査委の政治介入』と反発し波紋が広がっている」のも当然です。監査委員としての「分をわきまえていない」と批判されても仕方のないところですし、私もそのように考えます。

 地方自治法第196条の改正が必要とされるところです。少なくとも、A市の監査委員に同じ市の市議会議員が入ることができるという部分は改める必要があります。

2025年4月26日土曜日

横浜市の傍聴動員問題に関連した住民監査請求が棄却される(再掲載)

 前書き:以下は、2024年8月6日15時0分に「ひろば 川崎高津公法研究室別室」に掲載したものです。goo blogのサービス終了を前に、こちらにも記事を掲載しておきます。なお、オリジナルには9つのコメント(私によるものも含みます)が付されており、またリンクも貼っていましたが、コメントは転載しておりません。また、リンクは解除しました(既に切れているためです)。


 横浜市教育委員会が、同市の学校教員による猥褻事件の公判に多数の同市職員を動員した問題は、少なくとも神奈川県内では大きな問題として取り上げられ続けています。

 この問題については、昨日(2024年8月5日)付の朝日新聞朝刊6面13版Sに掲載された社説をお読みいただくとともに、横浜市のサイトに掲載されている「検証結果報告書(公判傍聴への職員動員にかかる検証について)」(2024年7月26日付。以下、「検証結果報告書」と記します)を是非お読みいただきたいと考えています。「検証結果報告書」5頁によれば「横浜市教育委員会が公判傍聴への動員を行ったことが明らかな事案」は4つであるとのことです。

 さて、この問題について、横浜市民が住民監査請求(地方自治法第242条)を行っていました。これに対し、横浜市監査委員は2024年8月1日付で請求を棄却しました。今日(2024年8月6日)付の朝日新聞朝刊27面14版川崎版に「傍聴動員で公金返還退ける 監査請求に横浜市監査委員」という記事が掲載されていますので、横浜市のサイトを検索してみたところ、「横浜市記者発表資料」(令和6年8月5日、監査事務局監査管理課)として「住民監査請求(6月3日受付)の監査結果について」(以下、「監査結果」と記します)が掲載されていました。

 結論として、住民監査請求は棄却されました。

 監査委員による判断を示す前に、事実関係に触れておきましょう。「監査結果」の2頁にも「事実関係の確認」があり、それによると、「監査対象局」である横浜市教育委員会事務局は「横浜地方裁判所で行われた本件裁判の公判について、平成31年4月に被害者側を支援する団体(NPO法人)からの要請を受け、児童生徒に関するプライバシー情報への配慮を目的として、法廷の傍聴席を埋めるために事務局職員に傍聴を呼びかけ、本件職員動員を行いました。/傍聴の呼びかけは、平成31年4月9日に教育委員会事務局人権健康教育部人権教育・児童生徒課から教育長に説明の上、公判期日ごとに学校教育事務所から依頼文書(以下「傍聴依頼文書」といいます。)を発出する方法で行われ、学校教育事務所長から関係部長宛てとなっていました。/傍聴依頼文書では、『教育委員会(事務局)としては、以下のとおり応援体制を設けます。』として、各方面別の学校教育事務所、人権健康教育部及び教職員人事部等に対して、応援人数が割り当てられていました」とのことです(/は原文改行箇所。以下同じ)。ここに示されているのは「検証結果報告書」5頁において「平成31年〜令和元年における公判傍聴動員(1事案、動員回数3回)」とされているものです。住民監査請求で対象とされなかったからかどうかは不明ですが、「検証結果報告書」9頁において「令和5年〜同6年における公判傍聴動員(3事案、動員回数8回)」とされているものについて、監査結果は詳しく言及していません(私は、この点が監査結果の内容を左右する点になりえたと考えています)。

 後に傍聴への動員が問題として大きく取り上げられたためでしょうか、「令和6年5月20日付『不祥事事案にかかる公判への傍聴について(通知)』により、今後は、裁判の公益性に鑑み、教育委員会として関係部署への傍聴の協力依頼を行わないことが教育委員会事務局教職員人事部教職員人事課長から各方面別の学校教育事務所長宛てに通知されました」とのことです。

 それにしても、私が疑問に思うのは、「被害者側を支援する団体(NPO法人)からの要請」の本来の趣旨が何であるのかということです。

 この「NPO法人」などについて「監査結果」に詳しいことは書かれていないのですが、「検証結果報告書」の6頁には「当該教員が起訴された後である平成31年4月■日に行われた第3回の意見交換において、NPO法人及び保護者から『NPO法人や教育委員会で多くの傍聴で席を埋め尽くしたい。特に再発防止マニュアルをつくる人には参加してほしい。』との要望が出された」とあり(■は報告書において黒塗りされている箇所)、同じ「検証結果報告書」の5頁には「被害児童生徒の保護者」が平成30年にこの「NPO法人」に相談している旨の記述があります。ただ、「NPO法人」から傍聴の要請が文書で出されたのは第1回公判のみであるとのことですが、第3回公判の後、令和元年8月某日に「被害児童生徒の保護者及びNPO法人関係者3名と、人・生課の指導主事2名及びA部事務所の指導主事3名とで第5回の意見交換が行われ」ており、「この意見交換において、被害児童生徒の保護者からは、教育委員会がたくさんの人数で対応してくれたことに対する礼が述べられ、被害児童生徒の保護者からは、さらなる被害者が出ないように今回のことを生かしてほしいとの意見が述べられた旨の記録がある」と「検証結果報告書」8頁に書かれており、これが「監査結果」に何らかの影響を及ぼしたと考えるのが自然でしょう。

 「監査結果」をもう少し読み進めてみます。6頁には「監査対象局からの報告によれば、本件職員動員による出張について、333件の市内出張命令(以下「本件各出張命令」といいます。)がありました。また、本件各出張命令は、出張した職員の所属に対応した専決権者において行われていました。/なお、本件裁判の傍聴には、本件各出張命令による出張のほか、人事担当部門の職員 が事案の経過の記録等のため出張していました」と書かれています。懲戒処分の対象となる職員について何らかの判断を下すために裁判の傍聴をすることに問題があるとは思えませんが、「監査結果」6頁および7頁の表に書かれている「出張人数(延べ人数)」や「出張命令の件数」を見ると、ここまで傍聴人を増やす必要があるのかと疑問に思われます。抜粋して紹介しておきます。

 令和元年度(3回)、66人、49 件

 令和5年12月(1回)、38人、25 件

 令和6年1月(2回)、87 人、61 件

 令和6年2月(1回)、43人、33 件

 令和6年3月(3回)、131 人、118 件

 令和6年4月(1回)、49 人、47件

 監査対象機関における「本件職員動員により出張した事務局職員に支給され、又は支出命令があった出張旅費の総額は、88,636円でした」。横浜市教育委員会事務局が「検証結果報告書」をまとめた後、2024年7月26日付で横浜市教育委員会事務局から「『旅費相当額については、前教育長をはじめ関係部長以上の職員が自主的に返納する』ことが『公判傍聴への職員動員にかかる検証結果報告書を受けた対応について』において、監査委員に対して報告され、令和6年7月29日に127,622円が横浜市に対して返納されたことが、令和6年7月26日付寄附申出書及び同月29日付の領収日付印のある『納入通知書兼領収書』により確認され」たために、「監査結果」8頁は次のように判断しています。番号は、私が便宜的に付けたものです。

 ①「検証結果報告書」において「本件職員動員は、公開裁判の原則の趣旨に反する行為であり、また、教育委員会として行うべき職務の範囲を逸脱しており、その意味において地方教育行政の組織及び運営に関する法律第21 条に反し、違法であると評価され」ており、「監査対象局の説明によれば、本件職員動員は、児童生徒に関するプライバシー情報への配慮を目的として、法廷の傍聴席を埋めるために行われたものであるから、地方教育行政の組織及び運営に関する法律第21条に掲げる教育委員会の職務権限に直接該当するものではない違法なものであると評価せざるを得ません」。

 ②「教育委員会は、その職務を遂行するために合理的な必要性がある場合には、その裁量により、補助職員に対して出張命令を発することができますが、裁量権の行使に逸脱又は濫用があるときは、当該出張命令は違法となるというべきです。このことは、出張命令が委任を受けるなどして出張命令の権限を有するに至った職員により発せられる場合にも同様に当てはまるものと解されます(最高裁判所平成17年3月10日第一小法廷判決参照)」。このような前提が置かれたうえで、次のように述べられています。

 ③「本件職員動員は、教育委員会の職務権限に直接該当するということはできず、刑事訴訟における被害者情報の保護については、刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)第290条の2第1項又は第3項の規定により当該事件の被害者側からの申出に基づき被害者特定事項(同条第1項に規定する被害者特定事項をいいます。)を公開の法廷で明らかにしない旨の裁判所の決定を受ける等、本件職員動員以外の方法もあった考えられること及び各公判期日において被害生徒児童の氏名や学校名は明らかにされていなかったことが確認されていることから、本件各出張命令に合理的な必要性があったということもできません。」

 ④「監査対象局においては、外部からの問合せにより事実関係を確認し、見直されるまで、本件職員動員による出張命令が組織的に継続して行われており、それについては、令和6年5月22日市会常任委員会で監査対象局も行き過ぎた行為であったと認めて」おり、「本件各出張命令には、裁量権を逸脱し、又は濫用した違法があるというべきです」。

 明確に違法であると認められているのですが、住民監査請求は棄却されました。それについては、次のように述べられています。

 ⑤「本件各出張命令については、(中略)出張した職員の所属に対 応した専決権者において行われているため、権限のある者により行われ、監査対象局からの報告によれば、出張した職員の全員から復命が行われて」おり、「本件各出張命令の法的な課題や公務の位置づけの可否などについて、監査対象局において『検証チーム』で検証を行う必要があったことも踏まえると、本件各出張命令の瑕疵は、何人の判断によっても外形上客観的に明白であるとまでは言い切れません」ので「本件各出張命令は、違法ではあるものの、重大かつ明白な瑕疵があるとまで言うことはできません」。

 行政法学に多少とも取り組んだことのある方ならおわかりでしょう。行政行為の瑕疵です。行政行為が違法であるから言って直ちに無効になる訳ではなく、重大かつ明白な瑕疵があることによって初めて無効と判断されるというものです。しかも、この重大かつ明白な瑕疵については外観上一見明白説が判例の採るところです。

 しかし、監査委員は出張命令などを取り消す権限を有していません。地方自治法第242条第5項は「第1項の規定による請求があつた場合には、監査委員は、監査を行い、当該請求に理由がないと認めるときは、理由を付してその旨を書面により請求人に通知するとともに、これを公表し、当該請求に理由があると認めるときは、当該普通地方公共団体の議会、長その他の執行機関又は職員に対し期間を示して必要な措置を講ずべきことを勧告するとともに、当該勧告の内容を請求人に通知し、かつ、これを公表しなければならない」と定めていますから、何らかの勧告をすれば良いだけのことです。今回は既に自主的な返納が行われているということなので、勧告をする必要性がないということなのでしょう。

 さらに「監査結果」は、次のように述べています。

 ⑥「地方教育行政の組織及び運営に関する法律は、教育委員会の設置、学校その他の教育機関の職員の身分取扱その他地方公共団体における教育行政の組織及び運営の基本を定めるものであるところ、同法では、地方公共団体の長の権限で行うこととなっている財務会計上の事務を除き、教育に関する事務の広範な事項が教育委員会の権限に属する事務となってい」るので、「地方公共団体の長は、独立した機関としての教育委員会の有する固有の権限内容に属する 事項については、著しく合理性を欠き、これに予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵の存する場合でない限り、その内容に応じた財務会計上の措置を執る義務があると解するのが相当であって、地方公共団体の長の有する予算の執行機関としての職務権限には、おのずから制約が存するというべきです(最高裁判所平成4年12月15日第三小法廷判決参照)」。

 ⑥「本件各出張命令は、教育委員会又は教育長の権限により発せられたものであり、教育委員会がその独自の権限に基づいて発した出張命令については、市長は指揮監督等の権限を有しないことから、重大かつ明白な瑕疵がない限り、市長は、その内容に応じた財務会計上の措置を執ることになります(最高裁判所平成4年12月15日第三小法廷判決及び最高裁判所平成15年1月17日第二小法廷判決参照)。」

 ⑦「本件各出張命令による出張旅費の支出命令については、出張した職員の所属に応じた 事務局課長又は総務局人事部労務課担当課長により決裁され、関係法規に基づき支給されています。/また、本件各出張命令に従い出張した職員は、地方公務員法(昭和25年法律第261号)第32条の規定に基づき職務上の命令に従い出張したものであり、本件各出張命令 が違法であることを認識していたなどの事情も存在しません。/(中略)本件各出張命令に重大かつ明白な瑕疵はないことから、本件各出張命令に従い出張した職員が出張旅費を受領したことについて、不当に利得しているということはできないし、本件職員動員による出張旅費の支出命令は財務会計法規上の義務に違反するものではありません。 なお、令和6年7月29日に、前教育長をはじめ関係部長以上の職員から本件職員動員に基づく出張旅費に相当する額127,622円が横浜市に対して自主的に返納されたことが確認されました」。

 こうして、「本件職員動員により出張した職員に対する監査対象期間における出張旅費の支給については違法又は不当な財務会計上の行為に該当するとは言えず、請求人の主張には理由がないと判断しました」と結論づけられました。

 この結論が妥当であるかどうかについては議論があるところでしょう。行政行為の瑕疵について重大明白説を採用することの妥当性が問われることでしょうし(私は重大性さえあればよいものと考えています)、職員の動員が違法であると断じられており、その動員のための出張旅費の支給についても違法性を導けるのではないかとも考えられるからです。

 住民からの監査請求は棄却されたとは言え、「監査結果」は次のように述べています。

 ⑧「検証結果において、本件職員動員が、憲法違反ではないが公開裁判の原則の趣旨に反する行為であるとされたこと及び教育委員会として行うべき職務の範囲を逸脱しており、その意味において地方教育行政の組織及び運営に関する法律第21条に反し、違法であるとされたことは、教育委員会において重く受け止めるべきです」。

 ⑨「本件請求に関し、教育委員会は、法第199条第8項の規定に基づく監査委員からの質問及び書類の提出依頼に対して、『検証チーム』の検証中であることを理由にして、法第242条第6項に定める期間間際まで書類を提出せず、また、対応方針も示しませんでした。/このことは、時間的な制約のある住民監査請求の監査において、監査委員が余裕のない中で判断せざるを得ない状況につながり、監査過程に重大な影響を与えたと言わざるを得ず、大いに反省を求めます」。

 ⑩「本件職員動員による出張命令は、外部からの問合せにより調査し、見直されるまで、組織的に継続して行われていました。検証結果において、『教育長及び各学校教育事務所長の本件動員の意思決定』の法的問題については結論を得るに至っていないことから、教育委員会においては、検証結果も踏まえて、本件職員動員の問題点を明らかにし、再発防止に向けた抜本的な改善につながる取組をされるよう求めます」。

 ここに示した⑨および⑩は、監査委員による横浜市教育委員会事務局に対する批判となっています。或る意味において、「監査結果」で最も重要な部分がこの⑨および⑩となっています。重く受け止められるべきでしょう。それとともに、もう少し突っ込んだ結論を出してほしかったと考えるのは、私だけでしょうか。

アーカイヴ:サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題・第3編

 最初に:以下の内容は、2000年11月26日掲載時のままです。そのため、サイトのアドレスは古いものです。御注意ください。


 これまで、本ホームページでは、サテライト日田建設問題を取り上げ、考察を加えて参りました。条例制定権の問題、まちづくりの問題は勿論、市町村間関係の問題なども含まれることになり、さらには政治問題も入り込みます。そのため、難しさを増しているのですが、私は、基本的に、あくまでも地方自治法制度の問題として扱う姿勢を保ちたいと思います。従って、このホームページにおける私の意見は、あくまでも行政法学的見地からのものであって、サテライト日田建設の是非自体に関わるものではないということを、ここで明確に記しておきます。

 (なお、これまでの経緯については、「サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題・第1編」、および「サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題・第2編」を参照して下さい)。

 また、日田市のホームページに、11月2日より「市議会だより」第42号の概要(6月14日・15日の両日に行われた平成12年第2回定例会のダイジェスト版)が掲載されています(http://www.coara.or.jp/~hitacity/gikai/tayori_42.htm)。それによれば、議員の桜木博氏は、サテライト日田に関し、設置許可が出されたが今後の対応をどうするかという趣旨の質問をしており、日田市長は、6月12日に別府市へ反対要望書を提出したこと、反対連絡会5万人署名をはじめ、市議会、行政、市民が一体となって反対していくと答えております。

 私は、これまで、サテライト日田問題について意見を述べて参りましたが、皆様からの御意見や御質問などを承りたいと思います。電子メールか郵便でお願いします(仕事の都合などもございますので、電話およびファックスでの申し出はお断りいたします)。

 電子メールの場合:(省略)

 郵便の場合:(省略)

 なお、皆様からの御意見、御質問などにつきましては、このホームページで公表させていただくことも考えておりますので、非公表を希望される方は、その旨をお知らせ下さい。本名、メールアドレスなどの公表を望まれない方についても同様です(住所、年齢、職業などについては非公表とします)。


(初出:2000年11月26日)

2025年4月25日金曜日

アーカイヴ:サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題・第2編

 本ホームページに「サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題・第1編」という記事を掲載しております。この記事につきまして、その後の経過を知りたいという御意見をいただきました。

 大分合同新聞2000年7月2日付朝刊朝F版の記事を参考にしつつ記してから、3ヶ月ほどが経過していますが、問題は解決しておりません。むしろ、激化の様相を見せております。 そこで、続編として、この問題を再び取り上げます。

 別府市が発行している「市報べっぷ」11月号は、特集として別府競輪に関する記事を掲載しています。このうちの一部の記事に対し、10月31日、日田市長が「事実と異なる」として異議を申し立てました(大分合同新聞2000年11月1日付朝刊朝F版25面)。

 同記事の何が問題だったのでしょうか。同記事6頁には、「サテライトのメリットの一つとして、地域経済の振興に役立つことがあげられます。そこでは、車券売場の窓口係員をはじめ多くの雇用が生じます」、「サテライトの設置で、競輪のギャンブル的イメージからか、周辺に与える影響を心配する向きもありますが、現在では宇佐のサテライトをはじめ他のどこのサテライトでも、心配されているような現象は起こっていません」という文言があります。新聞記事によれば、日田市長が異議を唱えたのは、(少なくとも直接的に)この部分に対してではなかったようです。

 続いて、「法的にも問題はないサテライト日田」(ここには、設置までの経緯が記されております)、「別府市の考え方」および「市民にとって欠かせない別府競輪」という小見出しの下、「サテライト日田」の建設を進めるという大前提を維持する考え方を述べた上で、「競輪収入は別府市の財政運営にとって欠かせない財源になっています」と結んでいます。

 日田市長が異議を唱えたのは、「別府市の考え方」に掲げられた第二の項目に対してでした。別府市は、この問題について三項目を掲げております。それは、次の通りです。

 「①競輪は国の許可を得て行う公営競技である。戦後の復旧から現在まで地方財政の健全化に寄与している事業であり、法律に基づいて実施できる競輪事業を、地方公共団体の条例で何らかの規制をすることについては、慎重に検討する必要がある。

 ②場外車券売場の通産大臣の設置許可まで、『サテライト日田』の場合3年を要した。反対するのであれば、日田市としては、本来、設置許可が出る前に、許可権者である通産大臣に対して明確な反対の意思表示をすべきだったのではないか。

 ③自転車競技法では、当然のことではあるが、場外車券売場は『だれにでも、どこにでも』許可されるものではなく、地域性、商圏性、将来性などの設置基準を厳格に審査したうえで、通産大臣が設置者に許可したものであり、したがって別府市が車券の発売を撤回することはできない。」

 また、市報7頁には「設置者から申し出があった直後の平成8年9月から今年の7月まで実務担当者が日田市を7回、日田商工会議所を1回訪れ」たこと、「設置者も日田市とひんぱんに接触を重ね、地域住民に説明会を開」いたことなども記されております。

 これに対する日田市の反論は「一九九七(平成九)年一月-通産大臣に市長名で反対要望書を提出、同八月-九州通産局に市長が設置反対を陳情、同九月-通産省車両課に市長が設置反対を陳情、同十月-九州通産局に教育委員会が反対要望書を提出するなど、明確に反対の意思表示をしてきた」というものです。日田市長は「記事に明らかに事実と異なった部分がある。近日中に、別府市長にあてた内容証明郵便で異議を申し立て、訂正を求める」と発言しています(以上、大分合同新聞前掲記事)。

 結果的に、大分合同新聞の記事見出しにある通り、別府市報の記事は「サテライト日田」問題の「火に油を注ぐ」ことになりました。

 しかし、別府市の主張と日田市の主張とは、あまりに食い違いが大きく、どちらが真実を語っているのか、図りかねるところがあります。

 仮に別府市の主張が正しいとするならば、日田市の主張は虚偽となります。法的にはともあれ、市長の政治的責任が問われかねないこととなるでしょう。

 問題は、日田市の主張が正しい場合です。別府市のほうに問題が帰せられることにもなるのでしょうが、実は、そう単純な話でもありません。

 再び、自転車競技法を参照してみましょう。前にも記しましたように、場外車券売場に直接関わる第4条に登場する者は、場外車券売り場の設置者と通商産業大臣であり、場外車券売り場の設置を予定された市町村の長や住民は登場しません。競走場の設置又は移転に関する第3条を参照しても、通商産業大臣が設置許可をする前に「関係都道府県知事の意見を聞かなければならない」(第2項)、都道府県知事が意見を述べる前に「公聴会を開いて、利害関係人の意見を聴かなければならない」(第3項)と規定されておりますが、「関係都道府県知事」であれ「利害関係人」であれ、同意を必要としておりません。

 それでは、日田市長名による反対要望書の提出などは、法的にいかなる意味を持つことになるのでしょうか。第4条の各項を参照しても、設置場所となる市町村の長の同意は規定されておりません。また、市長、市議会、地域住民の反対意見が「利害関係人の意見」として扱われることも予定されておりません。従って、自転車競技法によれば、日田市が主張している一連の反対の意思表示は、法的な効果を伴うものではなく、事実行為にすぎないことになります。

 あるいは、通産省の行政指導により、場外車券売場設置者が設置場所となる市町村の長の同意を得ることを求められるということも考えられます。しかし、行政指導は、たとえ法的な根拠があったとしても事実行為であり、法的な効果を伴いません。そればかりでなく、行政手続法第32条以下の規定によれば、行政指導に従うか否かは設置者に委ねられることになり、設置者が行政指導に反して設置場所となる市町村の長の同意を得なかったからといって、設置許可をしないという訳にもいきません。

 また、行政手続法第10条に基づく公聴会などの手続が必要だったとも考えられるのですが、この規定は公聴会などの開催を法的に義務づける規定ではありません。公聴会を開催し、設置場所となる市町村の長、議員、住民の意見を聴いたとしても、それらが必ず反映されなければならないというものでもありません。

 このように考えると、是非は別として、「サテライト日田」問題は、このままの展開で進むならば別府市側に軍配が上がりそうな気配です。

 ●残念ながら、別府市のホームページも、日田市のホームページも、「サテライト日田」問題を取り上げておりません。

 ○市報「べっぷ」11月号(通算1462号)については、大分大学経済研究所所蔵のものを利用しました。


(初出:2000年11月)

第1回 行政とは、一体どのようなものか

 何かがきっかけとなって「これから法律の勉強をしよう」と思う方も少なくないであろう。

 そのきっかけは何でもよい。別に自分が深刻なトラブルに巻き込まれている、というようなことがなくてもよい。ふと、日常生活において疑問が生じた、ということで十分である。そこに行政法のスタートラインがある。日常生活そのものが行政法の学習を始める際の格好の素材である。その点において、行政法は憲法や刑法よりもはるかに身近である。

 もしかしたら、これは誰かが残した言葉なのかもしれないが、「どの分野であれ、学問に手を染めるのであれば、まずは自らの足下を見つめていただきたい」。自らの生活を、改めて見つめていただきたい。

 よく、「つまらない日常生活」とか「退屈な日常生活」などと言われるが、本当にそうであろうか。「つまらない」、「退屈」、「平凡」などと多くの人に思われていることこそ「実は社会が機能していることを意味する」と考えるべきであるし、何故そのように考えられないのかが不思議である。安定した社会を創り出すことがいかに大変な努力を必要とするかについては、目を国際情勢に向ければすぐにわかるし、ましてや維持することには、強大な国家権力、高度な行政技術を必要とする。日常生活が成り立っているのは、実は驚異的なことなのである。

 日常生活において、上水道、下水道、電気、ガスを使う。生きている限りはごみが出るし、勤務先から給料を受け取る際には所得税などが天引きされている(源泉徴収)。私は、現在、通勤のためなどに東急田園都市線を利用しているから、運賃を払っている。一方で車を持っているから、自動車運転免許証を持っているし、自動車重量税なども払っている。少しばかり例を出したが、これらは全て、行政と関係のある事柄である。いや、日常生活において、我々は、直接的であれ間接的であれ、行政および行政法と無関係ではいられない。水道法(上水道)、下水道法、電気事業法、ガス事業法、廃棄物の処理及び清掃に関する法律、所得税法、国税通則法、鉄道営業法、道路交通法、などである。この他、出生届、婚姻届、離婚届、死亡届、義務教育、マイホーム新築、都市計画、災害対策、競馬、パチンコ、など、例を挙げたらきりがない。勿論、警察や消防などの活動も忘れてはならない。直接的か間接的かを問わないならば、現代社会において、行政と無縁の生活を過ごす日は皆無と言ってよいだろう。

 このことを、阿部泰隆教授は「犬、いや、君も歩けば行政法に当たる」と表現されている。これは、『事例解説行政法』(日本評論社、1987年)に掲載され、『行政の法システム(上)』〔新版〕(有斐閣、1997年)ⅵ頁(初版はしがきの再録)にも掲載されている言葉である。

 ここに、電気、ガス、鉄道料金などが並べられることを奇異に感じる方もおられよう。民間企業が運営してはいるが、電力会社は「公企業」の一種とされ、本来ならば国家自身が経営主体となるべきもの、と考えられていたので、特許として経営権を私人に与え、公法上の特権を与える一方、事業遂行の義務を課し、事業に対して特別の監督を加える、という方法(あるいは考え方。認可制)を採用している。ガス事業や鉄道料金についても同様に考えてよい。

 また、金沢地判昭和50年12月12日判時823号90頁などは、競馬、競輪などの「公営競技」も「社会福祉的目的をもつ行政作用」であると述べている。もっとも、公営競技による収益が学校の新設などに役立っていたことは否定できないが、公営競技そのものが「社会福祉的目的をもつ行政作用」と言いうるかどうかは問題である。

 ドイツの著名な行政法学者Ernst Forsthoff (1902-1974)は、行政について次のように述べている。「国家は、警察を通じて公共の安全および秩序に配慮し、租税を徴収して(その徴収した)資金を然るべき利用に供し、道路および運河を設置して道路および運河における交通を規律し、職業安定所を通じて労働力を分配して労働力に社会保障において保護および配慮を与え、学校、大学、博物館および劇場を経営し、エネルギー経済をコントロールし、社会的に重要な組織および企業に国家の財政上の援助およびその他の援助を与え、自身の銀行を通じて貨幣制度の担い手となる。――こうした機能全てにおいて、国家は行政(権)を行使する」〈Ernst Forsthoff, Lehrbuch des Verwaltungsrechts, Band 1, Allgemeiner Teil, 10. Auflage, 1973, S. 1f.〉。基本的な事情は、日本においても同じである。

 また、新聞、テレビやラジオのニュース、さらにインターネットなどを見てみるならば、毎日、どこかで行政の責任あるいは公務員自身の責任が問われていることがわかる。いかなることであろうが、行政の活動について報道がなされない日はないであろう。

 さて、こうしてみると行政というものが我々に身近なものであるということが、多少なりともわかっていただけたと思う。中学校や高校で、社会科の授業で立法、司法、行政という言葉が登場し、それぞれどのようなものであるのかを、多少とも勉強したのではなかろうか。しかし、ここで立ち止まると、行政というものについて「そもそも一体何なのか」という疑問が出てくるかもしれない。

 上の例を御覧いただければおわかりのように、行政は、社会生活の広い範囲に関係する。すなわち、多様性を有する。一度、市町村の役場か都道府県庁に行かれるとよい。何なら東京都千代田区の霞が関や永田町を歩いてみればよい。よくわかるはずである。我々の生活と密接な関係を有するだけに、行政法とされる法律の数も範囲も膨大である。そればかりではなく、行政法は、実に多様な分野を、直接的であれ間接的であれ、規律している。

 これを裏返して言うならば、行政は、警察、教育、社会保障・社会福祉など様々な外観をとるにもかかわらず、一つの概念にまとめられている。また、人事も行政に含まれる。すなわち、国家公務員法、地方公務員法など、公務員の身分に関する法律も行政法に含まれる。そのため、行政とは一体何かが問題となる。

 行政法の教科書を開くと、最初に行政の定義に関する記述がなされていることが多い〈もっとも、最近の行政法学の教科書には、行政の定義に触れていないものも少なくない〉。日本語の「行政」という言葉は、英語・フランス語のadministration、ドイツ語のVerwaltungからの訳であるが、これらの言葉は、元々、管理、経営という意味を持っている。最近よく用いられるgovernanceが統治などを意味するのに対し、administrationやVerwaltungは、国家や地方公共団体の日常的な業務の運営や管理、さらにはこれらを行う事業体の経営をも意味することになる。

 しかし、日本国憲法など世界各国の憲法典を概観すると、国家や地方公共団体の業務の運営や管理、そして経営の全てを行政が行っている訳ではない、ということがわかる。例えば、いかなる業務を国家が行うべきであるか、いかなる経営方針を採るべきかについての基本原則などは、法律として示されることになるが、これは行政ではなく、立法機能を担う議会(国会)が制定するものとされている。また、社会においては、法律の適用などをめぐって、人々が有する権利や利益に関する紛争が生じ、これを解決しなければならないという場面が多くなる。そのような紛争の解決も国家や地方公共団体の業務であると考えるべきであるが、その業務、少なくとも最終的な解決については司法機能を担う裁判所が行うものとされている。

 このように考えると、行政は、国家や地方公共団体の業務の運営や管理、そして経営の全てを指すものではない、ということになる。近代立憲国家は、John Locke (1632~1704)を嚆矢とし、Charles Louis de Secontat de la Brède et de Montesquieu (1689~1755)を大成者とする権力分立主義を採用するため、運営や管理、経営の基本的な方針の策定などを立法権に、社会において生じる紛争の最終的な解決を司法権に担当させるのである。日本も、明治時代の大日本帝国憲法において、決して十分と言えないが権力分立主義を採用しており但し、当時としては急進的な憲法であったとも評価されている昭和時代の日本国憲法は、権力分立主義をより徹底したものとしている。

 ここで日本国憲法を参照してみる。憲法は、国家の国家作用(国家の活動)を、立法・司法・行政に分け(三権分立)、立法を国会に(第41条)、司法を最高裁判所以下の裁判所に(第76条)、行政を(第一次的に、かつ最終的に)内閣に担当させる(第65条)。また、都道府県および市町村(地方自治法第1条の3第2項にいう普通地方公共団体)は司法を担当しない、従って、都道府県および市町村は裁判所を持たない。そのため、都道府県および市町村の作用は立法および行政となる。立法は議会に(地方自治法第96条第1項第1号を参照)、行政は都道府県知事または市町村長(同第147条以下を参照)を筆頭に、地方自治法第161条以下に規定される副知事(都道府県)・副市町村長(市町村)、地方自治法第168条以下に規定される会計責任者、その他の執行機関によって担われることになる。但し、行政法学においては、伝統的に、地方公共団体の作用を、性質の如何に関わらず行政として扱うことが多い。

 このことから、日本において、立法とは国会(立法府)が行う活動、司法とは裁判所(司法府)が行う活動、行政とは内閣(行政府)が行う活動である〈但し、憲法第90条に注意!〉、と記すことができる。

 しかし、これは、憲法がそのように定めているから、組織上このようになるというだけのことであり、形式的な説明で終わっている。具体的な中身については何も説明していないに等しい。適切な表現であるか否かはわからないが、器の問題と言いうる。このような説明で述べられる概念を、行政法学などにおいては、それぞれ、形式的な意味における立法、形式的な意味における司法、形式的な意味における行政という。

 形式的な意味における立法・司法・行政の概念では、それぞれの具体的な中身、すなわち、実質的な意味における立法、実質的な意味における司法、実質的な意味における行政を説明することができない場合がある。

 例えば、憲法第55条は「両議院は、各々その議員の資格に関する争訟を裁判する」と、また、第64条第1項は「国会は、罷免の訴追を受けた裁判官を裁判するため、両議院の議員で組織する弾劾裁判所を設ける」と規定する。このことは、例外的ながら、立法機関であるはずの国会が司法機関である裁判所の機能を有する場合があることを示している。しかも、弾劾裁判所は日本国憲法が唯一、例外として認めた特別裁判所であることにも注意されたい。

 また、第73条第6号は内閣の政令制定権を規定し、第77条第1項は最高裁判所の規則制定権を規定する。これらは、行政機関であるはずの内閣および司法機関であるはずの最高裁判所が立法機関としての機能をも有することを意味する。さらに、第80条は、最高裁判所が高等裁判所以下の下級裁判所の裁判官に関して実質的な人事権を有することを規定する。これは、最高裁判所に人事行政権が与えられていることを意味する。器が立法であるから中身が全て立法であるとは限らないのである。

 このようにみると、形式的な意味における立法・行政・司法と、実質的な意味における立法・行政・司法は、重なり合う部分が多いものの、完全に一致する訳ではないことがわかる。憲法が、国家機関の権力均衡を重視して役割の分担を定めているため、形式的な意味と実質的な意味とが一致しないのは、むしろ当然のことである。

 そこで、中身の問題、すなわち、実質的な立法・司法・行政とはそれぞれ何かを考える。行政とは一体何かという問題に答えるためには、まず、立法および司法とは何かという問題に対して答えておく必要がある。日本の公法学(憲法学、行政法学)は、明治時代以来、現在に至るまで、ドイツ公法学の影響を強く受けている。そのためもあって、立法、行政および司法のそれぞれについて、形式的な意味のものと実質的な意味のものとに分け、様々な国家作用を考察する際の前提としている。

 まず、立法について考えてみる。形式的な意味における立法とは、上に記したとおりであるが、さらに記すならば、国法の一形式である法律を定立する機能のことである。ここでは、法律に含まれる規範の中身を一切問わない。しかし、これでは憲法第41条の解釈に際して不都合が生じる。国会は唯一の立法機関であるとされるが、形式的な意味における立法の概念を採用すると、国会は法律という法を定める機関であるということになり、法律で最低限として何を定めるべきかという問いには答えられない。また、法律は、国法の一形式である法律を定める機能を有する国会が定立する法であるということになり、同義反復の説明で終わることになる。そこで、憲法学においては、第41条にいう立法を実質的な意味の立法と解するのである。

 実質的な意味における立法は、法律、政令などというような法の形式ではなく、「法規」(Rechtssatz)という特定の内容を有する法規範を定立する機能をいい、現在では、およそ一般的・抽象的な法規範全てを定立する機能であるとされている。

 次に、実質的な意味における司法とは「具体的な争訟について、法を適用し、宣言することによって、これを裁定する国家の作用」であるとされている〈芦部信喜(高橋和之補訂)『憲法』〔第8版〕(岩波書店、2023年)361頁による〉。言い換えると、法律上の争訟、すなわち法律上の関係(権利義務)に関する争いごとを裁断する行為のことである。

 例えば、AがBに1000万円を貸したがBが返さない場合、BはAに金を返す義務を果たしていない場合を考えてみる。これは、見方を変えればAがBから(相当の利息も付いた上で)金を返してもらう権利を有するが、まだその権利が実現されていないことでもある。この場合に、Aは裁判所に、BがAに金を返すようにという訴えを提起することになる(民事訴訟の典型的な例)。

 また、CがDを殺し、警察・検察に逮捕され、検察官が訴えを提起すると(刑事訴訟法第247条)、裁判所が、Cが有罪であるか否かを判断し、有罪であるとすればCがどの程度の刑罰を受けるべきかを判断する(刑事訴訟の典型的な例)。従って、この場合には権利義務の関係ではないが、Cの法律上の関係についての問題を扱う、と言いうる。もっとも、CがDを殺したということは、CがDの権利を完全に否定したということであるから、その意味においてはCとDとの権利関係が存在しない訳ではない。また、犯罪は、個人に対するものばかりではなく、社会全体に対するもの、国家に対するものも存在するが、その場合であっても、社会全体の利益や国家の利益を損なうのであるから、社会全体に対する法律上の関係、国家に対する法律上の関係が問題となる。

 これに対し、実質的な意味における行政については、見解が分かれている。これは行政の多様性に由来する。行政権がなすべき作用には、警察、教育、社会保障・社会福祉などがあって多様であるし、人事も行政の重要な一分野である。それにもかかわらず、行政という一つの概念にまとめられているため、定義が困難であると考えられるのである。

 現在の日本においては、こうした困難性を承知の上で積極的な定義づけを試みる説(積極説)もいくつか存在するが、むしろ、困難性の故に、実質的な意味の行政について正面から定義づけることを断念する消極説が支配的である。この説は、立法および司法を上記のように定義した上で、国家の全ての作用(活動、機能)の全体から立法と司法を差し引けば、実質的な意味における行政が残ると考えるため、控除説ともいう。

 消極説に対して、これでは定義にならないという批判もある。たしかに、このような定義には、行政の具体的な内容や特性が明らかにされないという難点がある。しかし、立法・司法・行政のいずれも、封建制から絶対王政を経て立憲君主制、さらに共和制への発展という歴史に応ずる形で成立した概念であり、このような定義のほうが、幅広い行政を一つのものとして捉えやすいという大きな利点がある。行政は、規制をすることもあるし、逆に給付をすることもある。権力的な手段を使うこともあるし、非権力的な手段を使うこともある。

 また、もっと積極的に行政を定義しようとする試み(積極説)もあるが、成功してはいない。たとえば、積極説と解されている定義の中には、消極説と大差がないものも見受けられる。

 ドイツ行政法学においては、積極説のほうが有力であるようであるが、定義に関する記述には、消極説と大差がないものも見受けられる。事情は日本においても同じである。Forsthoffは、先程引用した文の前に、「行政は、記述はされうるが定義はされえない、ということが行政の特徴において存在する。行政の個々の仕事は多様性において広がっているが、その多様性は、統一的な形態を無視する」と述べる〈Forsthoff, a. a. O., S. 1f.〉

 さらに、積極説は実益に乏しい。例えば、実質的な意味における行政を積極的にて意義づけようとしなければ、行政行為、行政指導、行政契約などというような個別的な概念が成立しない訳ではない※。逆に言えば、積極説を採る論者の説を概観してみても、積極的な定義づけが個別的概念に直結していない、あるいは、個別的概念の説明などに際して、実質的な行政に関する積極的な定義づけが生かされていないという問題点がある。積極説を採る論者は、これをどのように考えているのであろうか。

 ※塩野宏『行政法Ⅰ』〔第六版補訂版〕(有斐閣、2024年)5頁を参照。なお、ドイツ行政法学において実質的な意味における行政の定義づけが盛んに試みられるのは、おそらく、行政裁判所制度の存在によるものと思われる。しかし、仮に行政裁判所制度が日本に存在したとしても、そのことと実質的な意味における行政の定義づけの必要性の有無とは別の問題であろう。

 以上のことから、私は、この講義ノートにおいて消極説(控除説)を採用することとしたい。

 なお、勿論、行政の活動を分類することは可能である。これにも様々なものがあるが、行政手続法や行政事件訴訟法などとの関連、さらに国民の権利義務との関連という点において、規制行政(侵害行政という表現もある)と給付行政との大別が重要である。この大別は、正確ではないものの、人権論にいう自由権と社会権との区別に、ほぼ対応している。また、規制行政と給付行政との大別は、行政手続法に定められる「申請に対する処分」と「不利益処分」との区分に関連する部分が多い。


 ▲第8版における履歴:2025年4月23日掲載。

  ▲第7版における履歴:2020年2月25日掲載。

  ▲第6版における履歴:2015年11月11日掲載。2017年12月20日修正。

2025年4月24日木曜日

アーカイヴ:サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題・第1編

 前口上

 私が2000年6月3日にホームページ「大分発法制・行財政研究」を始めてから程なく、大分合同新聞社からの電話によってサテライト日田問題を知りました。当初は「大分県にこういう問題がある」という程度でしたが、私自身がこの問題に深く入れ込むようになり、「サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題」として、不定期ながら2004年12月まで、61編に及ぶ長期連載となりました。

 2004年4月1日に大東文化大学法学部助教授になったので、その翌日にホームページの名称を「高島平発法制・行財政研究」に改め、2010年3月5日には「川崎高津公法研究室」に改めましたが、サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題」の掲載を続けました。

 ホームページは2024年12月上旬に終了しましたが、私自身にとって思い入れのあるシリーズですので、2025年4月24日より、アーカイヴとして全編を再掲載することとしました。


 大分県の西部、福岡県筑後地方に接する日田市は、江戸時代に幕府の天領として栄え、小京都として有名な都市です。一方、別府市は、鉄輪、亀川、観海寺、浜脇などの温泉や城島高原を抱える観光都市です。今、この両市の間で激しい争いが繰り広げられています。大分合同新聞2000年7月2日付朝刊朝F版23面の記事を参考にしつつ、検討してみましょう。なお、以下の引用文は、注記がない限り、その記事に拠ります。

 福岡市に本社を置く溝江建設は、別府競輪場の場外車券売場「サテライト日田」を、日田市南友田に建設することを計画しました。既に、予定地には大型浴場やパチンコ店などの複合型レジャー施設が開発されており、溝江建設は、場外車券売場設置の監督官庁である通商産業大臣の許可も得ております。別府市にとっても、別府競輪場の売上減少に歯止めをかけるために、宇佐市に続く日田市での場外車券売場の設置に期待をかけているようです。

 しかし、この計画に、まずは日田市民が反対しました。前掲記事に載った市民団体「サテライト日田設置計画反対連絡会」が「日田の町づくりの目標は文化、教育の薫り高いアメニティ都市」であると主張しております。日田市議会も、自転車競技法に定められた許可手続では「民意が反映されず、地方分権の流れに逆行する」という旨の意見書を採択しております。

  「サテライト日田」については、通商産業大臣から設置許可が出されておりますが、6月12日、日田市長は別府市役所を訪れ、設置断念の要望書を提出しましたが、別府市長が面会しなかったため、両市の対立が激しくなりました。

 6月27日、日田市議会は「日田市公営競技の場外券売場設置等による生活環境等の保全に関する条例」案を可決し、即日公布・施行しました。これにより、日田市は「サテライト日田」の設置を阻止する構えです。これに対し、別府市は、条例に疑義を示した上で、あくまでも設置手続を進めるとしております。 この条例に関するコメントを、前掲記事から紹介しましょう(掲載順)。

 「条例は自転車競技法で定められていない『市長の同意』などを求めている。市が条例を制定できる範囲を超えている疑いがある」〔大分大学教育福祉科学部の森稔樹講師(行政法)、すなわち、私です〕

 「町づくりに対し、住民が意思表示をする権利を持つ、というのが地方分権の基本原理。法制度はまだ不十分だが、地元の民意を反映するならば、地方自治体が国や県と違う独自の条例を制定することがあってもいいのでは」〔大分大学経済学部の高島拓哉助教授(地域社会学)〕

 実を申しますと、私も、日田市の条例制定に理解を示すことができますし、街づくりという観点からは一定の評価をしております。しかし、今回の地方分権の趣旨からしても、日田市の条例制定には、法的にみて問題があると考えております。

 まず、憲法第94条において、地方公共団体が条例を制定できるのは「法律の範囲内」であることを明言しております。これを受ける形で、地方自治法第14条第1項は、地方公共団体が条例を制定できるのは「法令に違反しない限りにおいて」であると定めております。この条文は、地方分権推進一括法においても改められておりません。

 のみならず、私が「日本における地方分権に向けての小論」(大分大学教育学部研究紀要第20巻第2号、1998年)においても述べたように「地方分権推進委員会は、憲法第94条の存在を理由としてあげつつ、あるいは強調しつつ、条例制定権については基本的に変更することを考えていないようである(中略)地方分権推進委員会は、国の立法を原則とする趣旨を一貫して主張しており、条例制定はあくまでも国から委任された範囲に限られる旨を述べている」のです。今回の地方分権においては、地方公共団体に権限の移譲をすることに主眼が置かれているのであり、どちらかと言えば住民自治が軽視されていることも、忘れてはなりません。

 この点については、自治体問題研究所編・地方分権の「歪み」(1998年、自治体研究社)に掲載されている白藤博行「歪み続ける『地方分権』論」および重森暁「地方分権と税財源問題」が参考になります。

 次に、前記の事柄を前提として、自転車競技法を参照してみましょう。「サテライト日田」に直接関わる条文は第4条ですが、ここに登場する者は、場外車券売場の設置者と通商産業大臣であり、場外車券売場の設置を予定された市町村の長や住民は登場しません。競走場の設置又は移転に関する第3条を参照しても、通商産業大臣が設置許可をする前に「関係都道府県知事の意見を聞かなければならない」(第2項)、都道府県知事が意見を述べる前に「公聴会を開いて、利害関係人の意見を聴かなければならない」(第3項)と規定されておりますが、「関係都道府県知事」であれ「利害関係人」であれ、同意を必要としておりません。

 なお、平成7年4月3日、通商産業省機械情報産業局長名で発せられた通達「場外車券売場の設置に関する指導要領について」の4は「設置するに当たっては、当該場外車券売場の設置場所を管轄する警察署、消防署等とあらかじめ密接な連絡を行うとともに、地域社会との調整を十分行うよう指導すること」となっております。これは、設置者に対しての指導の基準であって、設置場所となる市町村の長を当事者とするものではありません。

 これらの規定を検討すれば、次のような結論が得られます。別府競輪場が日田市に移転するというような場合であれば、日田市(長)の意見は、第3条第3項にいう「利害関係人の意見」であり、当然、設置許可にあたって尊重されなければなりません。しかし、第3条においても、市町村長の同意は必要とされておりません。今回の問題は場外車券売場の設置であり、第4条の各項を参照しても、設置場所となる市町村の長の同意は規定されておりませんし、「利害関係人の意見」として扱われることも予定されておりません。従って、日田市の条例は、自転車競技法の趣旨に反して上乗せ規制を行おうとするものであり、条例制定権を逸脱し、自転車競技法に違反します。

 勿論、このような結論が、各市町村の街づくりに大きな制約を課し、住民自治の発展を損なわせるものであることは、正直に認めなければなりません。しかし、現行の法律を解釈するならば、仕方のないことであるとしか言いようがありません。


(初出:2000年7月)

アーカイヴ:日田市公営競技の場外券売場設置等による生活環境等の保全に関する条例(平成12年6月27日条例第40号)

 条例の提案理由

  本市の目指すまちづくりの理念及び青少年の健全育成の観点から、公営競技の場外券売場の設置等について、所要の措置を講ずるものである。

(目的)

 第1条 この条例は、日田市における公営競技の場外券売場の設置等に係る環境上の条件について、良好な生活環境を保全し、青少年の健全な育成に資することを目的とする。

(定義)

 第2条 前条に規定する公営競技の場外券売場の設置等とは、次に掲げるものをいう。

  (1)自転車競技法(昭和23年法律第209号)第4条第1項に規定する車券発売施設の設置及び車券の発売 

  (2)競馬法施行令(昭和23年政令第242号)第2条第1項に規定する競馬場外の設備の設置及び勝馬投票券の発売

 (3)小型自動車競走法施行規則(昭和25年通商産業省令第46号)第5条第1項に規定する場外車券売場の設置及び車券の発売

 (4)モーターボート競走法施行規則(昭和26年運輸令第59号)第8条第1項に規定する勝舟投票券場外発売場の設置及び勝舟投票券の発売

 (設置者の義務)

 第3条 前条各号に掲げる施設等を日田市内に設置しようとする者は、建築基準法(昭和25年法律第201号)第6条第1項に規定する確認の申請書を提出するまでに、市長に対し、施設等設置の申請をし、かつ、その同意を求めなければならない。

 (市長の同意又は不同意の決定)

 第4条 市長は、前条の規定により、申請があり、かつ、同意を求められたときは、施設等の設置が現在及び将来の日田市民の健康で文化的な生活環境の保全に資するものか否かの意見を付し、議会の同意を得て、これを決定するものとする。

 (公営競技施行者の責務)

 第5条 第2条各号に掲げる公営競技の施行者は、日田市内において当該競技の場外券を発売しようとするときは、日田市のまちづくりの基本理念を十分勘案し、市長の同意を得るものとする。

 附 則

 この条例は、公布の日から施行する。


 付記: 条例の全文は、大分合同新聞別府支社編集部の藤原敦之記者から、ファックスでいただいたものです。この場を借りて御礼を申し上げます。なお、当方で転写いたしましたが、平成12年12月14日、改めて、日田市役所総務部総務課からファックスで送っていただいた条文を基に確認したところ、これまで掲載していた条例に誤りがありました。お詫びを申し上げ、訂正させていただきます。なお、この条例が日田市議会において可決されたのも、平成12年6月27日です。


(初出:おそらく2000年7月)

2025年4月23日水曜日

行政法学(など)にいう「法規」の意味

 本格的に行政法学の講義を始める前に、公法学(憲法学、行政法学など)における「法規」という用語の意味について解説をしておくこととする。

 「法規」という言葉は、通常、「法律や規則」〈西尾実他編『岩波国語辞典』〔第8版〕(岩波書店、2019年)〉を意味するものと考えられている。あるいは「法律や規則」の規定を意味すると考える人もいるかもしれない。 

 しかし、実際のところ、「法規」は多義的な概念である。最広義では法規範一般を指すのであり、広義では成文の法令を指す。国語辞典に記されている意味は広義のものと言いうるであろう。 

 さて、行政法学、もっと言えば公法学(憲法学、行政法学など)において、度々「法規」が登場する。この言葉の意味については、十分に注意しなければならない。一般的に理解されているところよりもはるかに狭い意味である、というところから始める必要がある。

 元々、公法学にいう「法規」は狭義のものであり、ドイツ語のRechtssatzの訳語である。Rechtは、英語のrightと異なり、法を意味するだけでなく、権利をも意味する(さらに正義の意味もあれば右の意味もある)。subjektives Recht(主観的なRecht)と記せば権利、objektives Recht(客観的なRecht)と記せば法を意味する。また、Satzは文、文章、定理、命題などを意味する。

 ここからおわかりかもしれないが、Rechtssatzの訳語としての「法規」は、単純に法律の文章、規定を意味するのではなく、権利にも関わるものである。

 ルドルフ・フォン・イェーリング(村上淳一訳)『権利のための闘争』(岩波文庫、1982年)、村上淳一『「権利のための闘争」を読む』(岩波書店、1983年、2015年)を読まれるとよい。

 元々、ドイツ公法学(憲法学、行政法学などをいう)において、「法規」は国民の一般人民の権利・義務に関係する法規範、もう少し丁寧に記すと「国民の権利を直接に制約し、または義務を課する法規範」であると理解されていた。このような性質を有する法規範の定立が国民の代表機関である議会によってなされなければならないとする点において、国民主権主義的要素の確保が図られたのである。

 他方、国民の権利や自由に直接的な関係を有しない法規範は「法規」とされないので、議会の関与を必要としないという考え方にも結びついた。或る種の立憲君主制には適合する概念であるが、日本国憲法のような国民主権原理からすれば不十分である。

 そこで、第二次世界大戦後は、およそ一般的・抽象的な法規範であれば「国民の権利を直接に制約し、または義務を課する法規範」でなくとも「法規」であると解されるようになった。裁判の判決や行政行為は個別的・具体的なものであるため、「法規」と区別される。憲法第41条にいう「唯一の立法機関」を実質的なものにする方向で解釈を行うならば、一般的・抽象的な法規範と捉えるほうが範囲が広くなり、妥当である。

 但し、広く理解するとしても、中核に狭義の「法規」があることを忘れてはならない。


 ▲第8版における履歴:2025年4月23日掲載。

  ▲第7版における履歴:2020年2月26日掲載。

2025年4月22日火曜日

第0回 行政法を学ぶ際の注意事項

 「行政法講義ノート〔第8版〕への前口上」(2025年4月21日付)においても注意事項を記しておきましたが、少しばかり補充をしておきます。

 現在、多くの大学の法学部(とくに法律学科)においては、少なくとも行政作用法総論を扱う科目、例えば「行政法1」というような名称の科目を2年生から履修できるでしょう。

 あるいは、法学部でも法律学科以外の学科、法学部以外の学部、例えば経済学部では3年生以上の科目とされているかもしれません。その場合には1年間で行政作用法総論、行政組織法(総論)、行政救済法を学ぶことになるはずです。

 いずれにしても、行政法を学び始める前に、憲法、民法(総則など)、刑法(総論)を学び、基礎を習得しておくべきである、と考えられているのです。

 行政法を「法律基礎科目」と位置づけている教科書もあります※。しかし、これは、おそらく現在の司法試験で行政法が必修科目の一つとなっているためであって、実際には応用科目として位置づけられるべきです。実際に、行政法は、司法試験の必修科目のうちで唯一、いわゆる六法に含まれていません。そればかりか、行政法は旧司法試験時代に選択科目の一つとされた時期が長く、選択科目から外されたことすらありました。

 ※原田大樹『例解行政法』(東京大学出版会、2013年)xiv頁。但し、同じ頁をよく読んでください。

 応用科目と記したのは、行政法を学んでいると、憲法、民法、刑法、民事訴訟法などに関する知識が必要なことも少なくないからです。例えば、行政作用法総論で学ぶ「法律による行政の原理」や「行政裁量」は憲法と深い関係があります。「法律による行政の原理」は法治主義の一環でもあるため、立憲主義とも関係があります。憲法学でも扱う租税法律主義は「法律による行政の原理」が最も厳格に適用される例でもあるのです。また、とくに「行政裁量」について言いうるのですが、行政作用法総論と憲法の人権論は硬貨の裏表のような関係にあると言えます)。「行政行為」や「行政契約」は民法の総則に登場する法律行為の応用とも言えます。「行政調査」に至っては刑事訴訟法と関係する部分も含まれています。また、行政救済法は民事訴訟法の応用です。

 しかし、2年生の段階で刑事訴訟法や民事訴訟法を履修できるという法学部はほとんどないでしょう。どうすればよいのでしょうか。

 あれこれと手当たり次第に勉強しても身につく訳ではないので、まずは憲法、民法および刑法の復習をしておきましょう。具体的には、次のようになります。

 憲法:人権論を一通り学んでおくのが理想的です。行政作用法総論を学んでいると、憲法の判例とされる判決の多くも登場します。先に記したように、行政作用法総論と人権論は硬貨の裏表のような関係にあります。人権論を理解していないと、「行政裁量」、「行政立法」など多くの部分について理解できないかもしれません。

 ただ、法学部の1年生で履修できる憲法の科目で何を学ぶかは、大学によって異なります。1年生で人権論を学び、2年生で統治機構を学ぶという科目構成になっているほうがよいのですが、逆になっている場合には2年生で人権論と行政作用法総論とを同時並行で学ぶことになります(憲法学の教科書で自習する必要もあります)。そうならざるをえないので、人権論を扱う科目を履修しないということだけは避けてください。

 民法:最低限として、総則を一通り学び終えていることが必要でしょう。歴史的な経緯もあって、行政法の理論の多くは民法の理論の応用として生まれています。とくに「行政行為」は法律行為の応用であり、時には法律行為そのものという部分も登場します。法律行為に限らず、人(自然人および法人)、物、時間(時効など)という要素は、民法であれ行政法であれ、非常に大事な事柄です。

 また、債権総論も或る程度は学んでおくことが望ましいとも言えます。ただ、これは2年生以上で学ぶことでしょうから、同時並行ということになります。

 刑法:やはり、総則、つまり、いわゆる刑法総論を学び終えていることが必要です。もっとも、刑法各論を学び終えている必要はないと考えてかまいません。

 このように記すと「前もってやっておかなければならないことが多いのか」と慨嘆される方もおられるかもしれません。しかし、裏技のようなものがない訳ではありません。行政法で学んだことを、憲法、民法、刑法、民事訴訟法、刑事訴訟法などの学習に生かすのです。邪道とも言えますし、方法を誤ると危険ですが、有効な手段であると言えます。

 ちなみに、私は、中央大学法学部法律学科に入学してから、1年生で憲法の人権論や民法総則の科目を履修しましたが、3年生で行政作用法総論の科目を履修し、1冊の基本書を徹底的に読み潰したことで、民法総則のうちの法律行為を理解することができました。当時(1990年頃)は、行政作用法総論の科目が3年生に、行政救済法の科目が4年生に配当されていました。

 なお、法学部(法律学科)の学生であれば、3年生以上で民事訴訟法および刑事訴訟法の科目を履修することになります。行政法でも行政救済法の科目は3年生以上に配当されているところが多いでしょう。同時並行、または民事訴訟法および刑事訴訟法を先行して履修するとよいでしょう。

 最後に。「行政法講義ノート〔第8版〕への前口上」に記したように、この講義ノートでは、法学部以外の学部の学生、さらには法律学に全く触れてこなかったという方も利用されることを念頭に置いています。


 ▲第8版における履歴:2025年4月22日掲載。

 ▲第7版における履歴:2019年9月25日掲載。

2025年4月21日月曜日

行政法講義ノート〔第8版〕への前口上

 2001年3月25日、まだ私が大分大学教育福祉科学部講師であった時に、当時のホームページにおいて行政法の講義ノートを開始しました。それから24年間、多くの方々に利用していただきました。直接、公務員の方、税理士の方などから「わかりやすい」というありがたい評価をいただきましたし、行政書士試験受験者向けのブログなどで、行政法の真髄でもある行政裁量論を扱った箇所に関して非常に好意的な評価をいただくこともできました。

 当初から「法学部に所属していない学生でも、ウェブで手軽に行政法の勉学を進めることができる」ことを目指していました。多少とも実現できたことをうれしく思うとともに、今後も発展し続けなければ、と考えております。

 第6版までは、私が運営していたホームページ(「川崎高津公法研究室」、2024年12月上旬に閉鎖)にアップしていましたが、マイクロソフト社による簡易なホームページ作成用ソフトであるFrontpageおよびExpression Web 4の開発が終了していることから、2019年3月25日より、第7版の掲載はとりあえずブログで行うこととしました。そして、2025年11月に、それまで利用してきたgoo blogが閉鎖することになったため、移転して第8版に改めることとしました。第8版とは銘打っていますが、開始から二度の名称変更を経ていますので、実質的には第10版となります。

 私が大東文化大学において担当してきた講義の範囲は行政作用法総論ですが、ホームページでは当初から、行政作用法総論、行政救済法および行政組織法の基本的な部分を対象としております。これは、行政作用法総論の講義であっても、常に行政救済法や行政組織法の内容を意識しなければならないためです。この点は、実際に行政法学の教科書をお読みになればおわかりでしょう。

 日本に存在する法律の大部分は行政法に属する、と言われます。それだけに、範囲も膨大なものとなりますが、ここでは、初学者の皆様にも取り掛かりやすいように、ごく基本的な部分を扱います。但し、少々突っ込んだ内容となっている部分もあります。これは、公務員試験、行政書士試験などの受験を検討されている方々などのお役に立てば、という思いもあるからです。

 ここで、注意事項を記しておきます。

 1.必ず、六法を手元に置いて読んで下さい。小型の六法で十分ですが、有斐閣の判例六法Professional、三省堂の模範六法などの中型またはそれより収録法令数の多いもの、また、学陽書房の地方自治小六法、ぎょうせいの自治六法などであれば、さらに良いでしょう。なお、六法に収録されていない法令が登場することもありますが、現行法であれば「e-Gov 電子政府の総合窓口」の「法令索引検索」を参照するとよいでしょう。

 2.行政法学に限らず、法律を勉強する際には、判例、実例などの検討を欠くことはできません。そこで、まず、判例解説書の併読をおすすめします。とくに、公務員試験受験を考えられている方は、判例解説書を備えるようにして下さい。そして、実際に、公式判例集などを参照するように努めて下さい。

 この講義においては、斎藤誠・山本隆司編『行政判例百選Ⅰ』〔第8版〕および同編『行政判例百選Ⅱ』〔第8版〕(いずれも有斐閣、2022年)を参考書の一つとします(2分冊になっていますが、1セットと考えてください)。同書にて解説がなされている判例については、ⅠまたはⅡの○○番と記します。 但し、同書(Ⅰ、Ⅱのいずれも)には最高裁判所の判決しか取り上げられていませんので、野呂充・下井康史・中原茂樹・磯部哲・湊二郎編『ケースブック行政法』〔第7版〕(弘文堂、2022年)、下山憲治・田村達久編『判例ライン行政法』(2012年、成文堂)などもおすすめします。

 3.定評のある教科書を併読することをおすすめします。

 4.また、行政法学の基本用語については、このページでも説明を行っておりますが、黒川哲志・下山憲治・日野辰哉編著『確認行政法用語230』〔第2版〕(成文堂、2016年)の併読もおすすめします。

 5.行政法学は、応用的法学の一つとして考えられています。そこで、基礎的な六法(憲法、民法、刑法、商法、民事訴訟法、刑事訴訟法)の学習を済ませておくのが望ましいのです。最低限、憲法、民法および刑法の学習を十分に行って下さい。

 もっとも、法学部以外の学部の学生、さらには法律学に全く触れてこなかったという方もおられるでしょう。そこで、憲法、民法、刑法などの基本的な部分にも触れておきたいと考えています。


 〔これまでの経過〕

 2001年3月25日、「行政法への前奏曲集」として開始する。

 2003年4月1日、「行政法への入口(前奏曲)」と改称。順次、修正・補充などを行う。

 2004年4月16日、「行政法講義ノート」と改称。

 2005年6月28日、第2版として順次改訂。

 2008年5月16日、第3版として順次改訂。

 2011年3月15日、第4版として順次改訂。

 2013年2月20日、第5版として順次改訂。

 2015年9月22日、第6版として順次改訂。

 2019年3月25日、ブログ「ひろば 川崎高津公法研究室別室」において第7版として順次改訂。

 2025年4月21日、ブログ「川崎高津公法研究室」開設(実質的には移転の上で改称)に伴って第8版を開始し、順次改訂。

「ひろば 研究室別室」の移転について

   長らくgoo blogで続けてきましたが、あれこれと考えた結果、2025年8月7日より、はてなブログのほうで書いていくこととしました。何卒よろしくお願い申し上げます。  新しいアドレスは、次の通りです。   https://derkleineplatz8537.hatena...