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2025年4月27日日曜日

鎌倉市役所の移転問題で同市監査委員が意見を出したが(再掲載)

  前書き:以下は、2024年9月6日4時30分(午前)付で「ひろば 川崎高津公法研究室別室」に掲載したものです。goo blogのサービス終了を前に、こちらに記事を転載しておきます。


 正直なところ、「これはどうなのだ?」と首を傾げたくなる話が、神奈川新聞社のサイトにありました。2024年9月5日の20時37分付で同社のサイトに掲載された「鎌倉の市役所移転、市監査委員が『政治介入』 松尾市長も困惑、波紋広がる」(https://www.kanaloco.jp/news/government/article-1107959.html)という記事です。これは有料記事であり、私は登録していないので全文を読める訳ではないのですが、この記事を基にしつつ、鎌倉市のサイトに掲載されている監査結果も参照してみました。

 鎌倉市役所の移転に向けた動きは、同市のサイトによると2015年度から進められてきたようで、現在の所在地である御成町18-10(鎌倉駅の西側と記しておけばよいでしょう)から深沢地区への移転を目指すというものです。2022年9月にまとめられた「鎌倉市新庁舎等整備基本計画」には、湘南モノレールの湘南深沢駅から西側の約31.1ヘクタールの土地を深沢地域整備事業用地として次のような方針が示されています。

 「深沢地域では、東海道本線大船・藤沢駅間新駅設置を伴う、藤沢市村岡地区との両市一体のまちづくりを目指しています。『第3次鎌倉市総合計画第4期基本計画』では、土地利用の基本方針として、鎌倉地域のほか、大船、深沢地域などの都市機能を強化し、3つの拠点がそれぞれの特性を生かした役割分担をこなし、互いに影響し合うことで、 本市全体で活力や鎌倉の魅力の向上につながる土地利用を図ることとしています。さらに「鎌倉市都市マスタープラン」では、深沢地域整備事業用地の土地利用の方針に、新都市機能導入地を位置付けています。」

 しかし、この動きは鎌倉市議会によってストップをかけられました。すなわち、2022年12月の鎌倉市議会定例会に「鎌倉市役所の位置を定める条例の一部を改正する条例」の案が提案されたのですが、同年12月26日の本会議において否決されました(賛成16、反対10。地方自治法第4条第3項により、出席議員の3分の2以上の「同意」が必要となるためです)。

 一方、2023年2月6日付で、鎌倉市監査委員に対して「市役所位置条例の改正案否決に伴う支出済額について」住民監査請求がなされました。監査委員(2名)は同年3月29日付の「鎌倉市監査委員公表第6号」において請求を棄却しています。

 そして、2024年9月2日、鎌倉市監査委員(2名。但し、1名が2023年3月と異なります)が2件の監査結果を公表しました。今回、神奈川新聞社が取り上げたのは、この2件の監査結果のどちらにも付されている付帯意見です。どういうものかを御覧いただきたいところですが、すぐに付帯意見を示すのもどうかと思われますので、まずは監査結果を概観しておきましょう。

 「鎌倉市監査委員公表第1号」は、2024年7月3日付でなされた「新庁舎等基本設計等予算執行差止」を求める住民監査請求に対するものであり、監査結果は住民の請求を棄却するものとなっています。

 住民監査請求の内容が「鎌倉市監査委員公表第1号」においてまとめられているので参照すると、次の通りです。

 ・鎌倉市長は「令和6年度一般会計予算案に、市役所移転に関わる新庁舎等基本設計者等選定審査会委員報酬及び同委員費用弁償並びに令和6年度から令和7年度までの債務負担行為である新庁舎等基本設計等の事業費(以下これらを「本件基本設計等予算」という。)を計上し、令和6年(2024年)市議会2月定例会に提案し、市議会の議決を得た」。

 ・しかし、上述のように2022年12月26日の鎌倉市議会本会議において、「鎌倉市役所の位置を定める条例の一部を改正する条例」の案は否決された。

 ・「全国の地方公共団体の例を見ると、位置条例の改正案を議会に提案しないまま新庁舎の工事に着手した事例はあるが、議会が位置条例の改正案を否決した中で、新築の庁舎の基本設計予算を執行した例は聞いたことがない。請求人が総務省行政課に照会したところ、『位置条例が否決された状態で基本設計の予算案を上程することは可能。ただし、予算を執行することに関しては司法の判断となる』との回答を得た。」

 ・鎌倉市長は「位置条例改正案が否決された直後の市議会定例会に提案する令和5年度予算案には、新庁舎の基本設計予算を計上することを見送った。これは『議会の合意が得られない以上、事業を進めるのは相当ではない』との判断であったと考えられる」が、鎌倉市長は「『市民や議会の新庁舎建設に対する理解を深める ためには具体的な形を示すことの方が効果がある』として、上記判断を変更してまで、令和6年度一般会計予算案に本件基本設計等予算を計上し、提案した」。

 ・2024年4月8日に「新庁舎等基本設計等委託事業者の公募型プロポーザル方式による応募の受付が始まり、同年7月9日の締切後、同月30日には一次審査が実施される予定である」。この「プロポーザル方式による応募の受付段階での参加資格審査は鎌倉市の職員が 行うため、今のところ予算の支出はない。しかし、今後新庁舎等基本設計者等選定審査会が開催され、基本設計者等が選出されると、本件基本設計等予算が支出されることとなる」。完全に鎌倉市議会による条例改正案の否決を無視した形になっているとしか思えませんが、既成事実を作るということなのでしょうか(かつての大分県のようです。今はどうかわかりませんが)。

 ・「鎌倉市民としては、市議会が位置条例の改正案を否決している状態で、基本設計の事業に着手した事実は看過することができない。建設関係の事業者に聞くと、設計業務は本体工事と一体のものであり、設計を実施して本体工事を実施しないことはあり得ず、後戻りできない予算との解釈であった」が、これは地方財政法第4条第1項に違反するものである。

 ・「本件基本設計等予算は、市議会の議決を経ているが、市議会が位置条例改正案を否決しているにもかかわらず、本件基本設計等予算を議決したものであり、 この議決自体が違法というべきであるから、議決があることによって、本件基本設計等予算の執行が適法となると解すべきではない」。

 これに対して、監査委員は次のように述べています。

 「地方公共団体の長は当該地方公共団体の事務を管理し及び執行するうえで広範な裁量権を有しているが、地方公共団体の事務所の位置を定めるに当たってもそれは例外ではないと考える。名古屋高等裁判所平成16年3月26日判決(平成 15 年(行コ)第14号)において、『地方自治法4条1項は、「地方公共団体は、その事務所の位置を定め又はこれを変更しようとするときは、条例でこれを定めなければならない。」と規定しているものの、条例を定める時期について何ら定めていないから、建設着工後において条例を定めても、同法違反とはならず、庁舎位置指定条例案の上程の時期は市町村長の裁量に委ねられているものと解される。』と判示されていることがその裏付けである。なお、請求人は、この裁判例は町村合併という事情のもとに判断されたもので鎌倉市には当てはまらない旨主張しているが、少なくとも地方自治法第4条第1項の規定に関係する判断の中に町村合併という事情が考慮された形跡は見当たらない。」

 「令和4年(2022年)市議会12月定例会において位置条例改正案を否決した市議会の判断は重いものであるが、他の会期に位置条例改正案を再び提案することを妨げる規定はない以上、将来にわたって可決される可能性がないと断定することはできず、上記判決引用箇所は現在の鎌倉市の状況にも当てはまるものと考える。」

 (少し脇道に逸れます。いつも思うのですが「判決を示すのであれば、掲載判例集の巻号頁くらい示せ!」と言いたくなります。ここに引用されている判決は判例タイムズ1159号176頁に掲載されています。書店で購入することが可能ですし、法学部が置かれている大学の図書館などに行けば所蔵されている雑誌です。真面目に勉強している法学部の学生には御馴染みのLEX/DBで検索するという手もあります。)

 この名古屋高裁判決の論理はおかしなもので、「こんな理屈がまかり通れば、市町村は何時、何をやってもかまわないし、市町村議会は不要である」ということにもなりかねません。条例を定める時期について何ら規定がないのは当たり前で、常識的に考えても、地方自治法第4条に従って条例の改正案を議会に提出して出席議員の3分の2以上の同意を得てから移転のための準備を具体的に進めるでしょう。また、その条例の改正案と同じタイミングで議会に予算案を提出し、議決を得るでしょう。そうでなければ、何のために特別多数決を定めているのかわかりません。裁判官の頭の中には地方公共団体の議会など存在しないのでしょうか。悪い意味で逐条的に解釈するから、換言すれば「木を見て森を見ず」という態度の解釈であるから、こういう変な理屈が出てくるのでしょう。

 そして「付帯意見」です。「鎌倉市監査委員公表第1号」のメインはむしろ「付帯意見」なのか、また、「これは監査結果の範囲を超えているのではないか」と疑いたくなるものです。全文を引用させていただきましょう。

 「新庁舎の整備に関する取組は、平成26年度策定の公共施設再編計画により昭和44年に竣工した市庁舎の老朽化に伴う機能更新が検討され、平成27年度実施の本庁舎機能更新に係る基礎調査を経て、平成28年度策定の本庁舎整備方針において移転して整備する方針とされ、平成29年度策定の公的不動産利活用推進方針において、全市的な視点から深沢地域整備事業用地を移転先とする方針とされた。その後も平成30年度策定の本庁舎等整備基本構想、令和4年度策定の新庁舎等整備基本計画と今日まで取組が進められ、この度住民監査請求の対象とされた新庁舎等基本設計及びD X支援業務委託事業費は、令和6年度から7年度までの2カ年をかけて基本設計を行う過程の中で、市民や議員に対し、防災拠点となる新庁舎のイメージを膨らませることが出来るよう発信するための予算との位置付けである。

 このように時間と労力をかけて目指してきたまちづくりは、本庁舎移転を含む深沢地区のまちづくりと鎌倉地区の市役所現在地の利活用の構想が、真に市民の安全と市の将来像を見据えた政策の柱であるとの信念から、松尾市長自らが選挙公約とし、取り組んできた政策にほかならないはずである。であるならば、松尾市長は、この政策を途中で投げ出すことなく不退転の覚悟で政治責任を全うするという姿勢を具体的に示し、課題に取り組むべきだと考える。

 そして、市民から違法又は不当などと疑念を抱かれるような事業の進め方や、市民や議会を二分する政策論争に発展してしまうような進め方はこれを改め、市民の共通課題の解決を図るためのマイルストーン(行程)を明示し、松尾市長自らが先頭に立ってその手法や政策について市民との対話や議論を重ねることにより、事態の打開に向けた一層の努力を望むものである。

 住民監査請求の審査に当たり、違法又は不当な支出の判断にとどまらず、このことを付帯意見として申し添える。」

 どのように読んでも監査結果ではなく選挙演説か市議会における質疑応答であり、監査委員の役割を超えています。地方自治法第198条の3第1項は「監査委員は、その職務を遂行するに当たつては、法令に特別の定めがある場合を除くほか、監査基準(法令の規定により監査委員が行うこととされている監査、検査、審査その他の行為(以下この項において「監査等」という。)の適切かつ有効な実施を図るための基準をいう。次条において同じ。)に従い、常に公正不偏の態度を保持して、監査等をしなければならない」と定めていますが、たとえ逆立ちして「付帯意見」を読んだとしても、地方自治法第198条の3第1項にいう「常に公正不偏の態度を保持して」いるようには見えません。

 鎌倉市の場合、2名の監査委員のうち1名は市議会議員であり、おそらくはこの1名が主導となって「付帯意見」を付したのでしょう(上記神奈川新聞社記事によれば、市議会議員である監査委員は、2022年12月26日の鎌倉市議会本会議において条例案に賛成の立場を示していました)。そもそも、このような監査委員の選任の方法こそが問題であるとしか思えませんが、地方自治法第196条第1項が「監査委員は、普通地方公共団体の長が、議会の同意を得て、人格が高潔で、普通地方公共団体の財務管理、事業の経営管理その他行政運営に関し優れた識見を有する者(議員である者を除く。以下この款において「識見を有する者」という。)及び議員のうちから、これを選任する。ただし、条例で議員のうちから監査委員を選任しないことができる」と定めており、鎌倉市は条例で市議会議員を監査委員の選任から排除していませんので、やむをえないところとではあります。それにしても、監査委員の適格性には大きな疑問符を重ねて付すしかありません。監査結果にこのような「付帯意見」を付すること自体が違法であるとまでは言えないでしょうが、不当であることは間違いのないところです。

 しかも、やはり2024年9月2日に公表された「鎌倉市監査委員公表第2号」の「付帯意見」が、「鎌倉市監査委員公表第1号」の「付帯意見」と全く同じ文言なのです。

 「鎌倉市監査委員公表第2号」は、2024年7月5日付の「新庁舎等基本設計及びDX支援業務委託事業費予算執行停止」を求める住民監査請求に対する監査結果です。念のために請求内容を示しておきます。

 ・「令和6年(2024年)2月鎌倉市議会定例会に鎌倉市長から提案され、同年3月15日に可決された令和6年度一般会計予算のうち、第3表債務負担行為『新庁舎等基本設計及びDX支援業務委託事業費 令和6年度から令和7年度まで294,965,000円」(以下「本件新庁舎等基本設計等事業費」という。)は、地盤調査を含めた、深沢行政用地(鎌倉市寺分字陣出8番8)での市役所新庁舎の基本設計を行うものである」が、「令和4年(2022年)12 月、鎌倉市役所を御成町18番10号から寺分字陣出8番8(深沢行政用地)に移転することを内容とした鎌倉市役所の位置を定める条例(以下「位置条例」という。)の一部を改正する条例は、鎌倉市議会で特別多数議決が成立せず、否決されている」から、「否決された場所へ市役所を移転するための行動、予算支出は法的根拠を欠き、無駄な支出である。したがって、地方財政法第4条第1項違反である」。

 ・それにもかかわらず、鎌倉「市は新庁舎等基本設計及びDX支援業務委託事業の契約相手方選定のためのプロポーザルへの参加者の募集を開始しており、令和6年(2024年)10月には仮契約をすることになっている」から「このままでは違法な公金の支出が行われる可能性が高い」。

 2件の住民監査請求は、詳細は異なるものの鎌倉市役所の移転問題に関するものである点において共通しているため、同じ文言の「付帯意見」を示したのでしょう。或る意味では監査委員の意見を強調したかったのかもしれません。しかし、これでは、上記神奈川新聞社記事にあるように「政治的中立が求められる監査委による庁舎移転の“支持表明”とも読み取れる記述に市側も困惑し、反対派市議も『監査委の政治介入』と反発し波紋が広がっている」のも当然です。監査委員としての「分をわきまえていない」と批判されても仕方のないところですし、私もそのように考えます。

 地方自治法第196条の改正が必要とされるところです。少なくとも、A市の監査委員に同じ市の市議会議員が入ることができるという部分は改める必要があります。

2025年4月26日土曜日

横浜市の傍聴動員問題に関連した住民監査請求が棄却される(再掲載)

 前書き:以下は、2024年8月6日15時0分に「ひろば 川崎高津公法研究室別室」に掲載したものです。goo blogのサービス終了を前に、こちらにも記事を掲載しておきます。なお、オリジナルには9つのコメント(私によるものも含みます)が付されており、またリンクも貼っていましたが、コメントは転載しておりません。また、リンクは解除しました(既に切れているためです)。


 横浜市教育委員会が、同市の学校教員による猥褻事件の公判に多数の同市職員を動員した問題は、少なくとも神奈川県内では大きな問題として取り上げられ続けています。

 この問題については、昨日(2024年8月5日)付の朝日新聞朝刊6面13版Sに掲載された社説をお読みいただくとともに、横浜市のサイトに掲載されている「検証結果報告書(公判傍聴への職員動員にかかる検証について)」(2024年7月26日付。以下、「検証結果報告書」と記します)を是非お読みいただきたいと考えています。「検証結果報告書」5頁によれば「横浜市教育委員会が公判傍聴への動員を行ったことが明らかな事案」は4つであるとのことです。

 さて、この問題について、横浜市民が住民監査請求(地方自治法第242条)を行っていました。これに対し、横浜市監査委員は2024年8月1日付で請求を棄却しました。今日(2024年8月6日)付の朝日新聞朝刊27面14版川崎版に「傍聴動員で公金返還退ける 監査請求に横浜市監査委員」という記事が掲載されていますので、横浜市のサイトを検索してみたところ、「横浜市記者発表資料」(令和6年8月5日、監査事務局監査管理課)として「住民監査請求(6月3日受付)の監査結果について」(以下、「監査結果」と記します)が掲載されていました。

 結論として、住民監査請求は棄却されました。

 監査委員による判断を示す前に、事実関係に触れておきましょう。「監査結果」の2頁にも「事実関係の確認」があり、それによると、「監査対象局」である横浜市教育委員会事務局は「横浜地方裁判所で行われた本件裁判の公判について、平成31年4月に被害者側を支援する団体(NPO法人)からの要請を受け、児童生徒に関するプライバシー情報への配慮を目的として、法廷の傍聴席を埋めるために事務局職員に傍聴を呼びかけ、本件職員動員を行いました。/傍聴の呼びかけは、平成31年4月9日に教育委員会事務局人権健康教育部人権教育・児童生徒課から教育長に説明の上、公判期日ごとに学校教育事務所から依頼文書(以下「傍聴依頼文書」といいます。)を発出する方法で行われ、学校教育事務所長から関係部長宛てとなっていました。/傍聴依頼文書では、『教育委員会(事務局)としては、以下のとおり応援体制を設けます。』として、各方面別の学校教育事務所、人権健康教育部及び教職員人事部等に対して、応援人数が割り当てられていました」とのことです(/は原文改行箇所。以下同じ)。ここに示されているのは「検証結果報告書」5頁において「平成31年〜令和元年における公判傍聴動員(1事案、動員回数3回)」とされているものです。住民監査請求で対象とされなかったからかどうかは不明ですが、「検証結果報告書」9頁において「令和5年〜同6年における公判傍聴動員(3事案、動員回数8回)」とされているものについて、監査結果は詳しく言及していません(私は、この点が監査結果の内容を左右する点になりえたと考えています)。

 後に傍聴への動員が問題として大きく取り上げられたためでしょうか、「令和6年5月20日付『不祥事事案にかかる公判への傍聴について(通知)』により、今後は、裁判の公益性に鑑み、教育委員会として関係部署への傍聴の協力依頼を行わないことが教育委員会事務局教職員人事部教職員人事課長から各方面別の学校教育事務所長宛てに通知されました」とのことです。

 それにしても、私が疑問に思うのは、「被害者側を支援する団体(NPO法人)からの要請」の本来の趣旨が何であるのかということです。

 この「NPO法人」などについて「監査結果」に詳しいことは書かれていないのですが、「検証結果報告書」の6頁には「当該教員が起訴された後である平成31年4月■日に行われた第3回の意見交換において、NPO法人及び保護者から『NPO法人や教育委員会で多くの傍聴で席を埋め尽くしたい。特に再発防止マニュアルをつくる人には参加してほしい。』との要望が出された」とあり(■は報告書において黒塗りされている箇所)、同じ「検証結果報告書」の5頁には「被害児童生徒の保護者」が平成30年にこの「NPO法人」に相談している旨の記述があります。ただ、「NPO法人」から傍聴の要請が文書で出されたのは第1回公判のみであるとのことですが、第3回公判の後、令和元年8月某日に「被害児童生徒の保護者及びNPO法人関係者3名と、人・生課の指導主事2名及びA部事務所の指導主事3名とで第5回の意見交換が行われ」ており、「この意見交換において、被害児童生徒の保護者からは、教育委員会がたくさんの人数で対応してくれたことに対する礼が述べられ、被害児童生徒の保護者からは、さらなる被害者が出ないように今回のことを生かしてほしいとの意見が述べられた旨の記録がある」と「検証結果報告書」8頁に書かれており、これが「監査結果」に何らかの影響を及ぼしたと考えるのが自然でしょう。

 「監査結果」をもう少し読み進めてみます。6頁には「監査対象局からの報告によれば、本件職員動員による出張について、333件の市内出張命令(以下「本件各出張命令」といいます。)がありました。また、本件各出張命令は、出張した職員の所属に対応した専決権者において行われていました。/なお、本件裁判の傍聴には、本件各出張命令による出張のほか、人事担当部門の職員 が事案の経過の記録等のため出張していました」と書かれています。懲戒処分の対象となる職員について何らかの判断を下すために裁判の傍聴をすることに問題があるとは思えませんが、「監査結果」6頁および7頁の表に書かれている「出張人数(延べ人数)」や「出張命令の件数」を見ると、ここまで傍聴人を増やす必要があるのかと疑問に思われます。抜粋して紹介しておきます。

 令和元年度(3回)、66人、49 件

 令和5年12月(1回)、38人、25 件

 令和6年1月(2回)、87 人、61 件

 令和6年2月(1回)、43人、33 件

 令和6年3月(3回)、131 人、118 件

 令和6年4月(1回)、49 人、47件

 監査対象機関における「本件職員動員により出張した事務局職員に支給され、又は支出命令があった出張旅費の総額は、88,636円でした」。横浜市教育委員会事務局が「検証結果報告書」をまとめた後、2024年7月26日付で横浜市教育委員会事務局から「『旅費相当額については、前教育長をはじめ関係部長以上の職員が自主的に返納する』ことが『公判傍聴への職員動員にかかる検証結果報告書を受けた対応について』において、監査委員に対して報告され、令和6年7月29日に127,622円が横浜市に対して返納されたことが、令和6年7月26日付寄附申出書及び同月29日付の領収日付印のある『納入通知書兼領収書』により確認され」たために、「監査結果」8頁は次のように判断しています。番号は、私が便宜的に付けたものです。

 ①「検証結果報告書」において「本件職員動員は、公開裁判の原則の趣旨に反する行為であり、また、教育委員会として行うべき職務の範囲を逸脱しており、その意味において地方教育行政の組織及び運営に関する法律第21 条に反し、違法であると評価され」ており、「監査対象局の説明によれば、本件職員動員は、児童生徒に関するプライバシー情報への配慮を目的として、法廷の傍聴席を埋めるために行われたものであるから、地方教育行政の組織及び運営に関する法律第21条に掲げる教育委員会の職務権限に直接該当するものではない違法なものであると評価せざるを得ません」。

 ②「教育委員会は、その職務を遂行するために合理的な必要性がある場合には、その裁量により、補助職員に対して出張命令を発することができますが、裁量権の行使に逸脱又は濫用があるときは、当該出張命令は違法となるというべきです。このことは、出張命令が委任を受けるなどして出張命令の権限を有するに至った職員により発せられる場合にも同様に当てはまるものと解されます(最高裁判所平成17年3月10日第一小法廷判決参照)」。このような前提が置かれたうえで、次のように述べられています。

 ③「本件職員動員は、教育委員会の職務権限に直接該当するということはできず、刑事訴訟における被害者情報の保護については、刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)第290条の2第1項又は第3項の規定により当該事件の被害者側からの申出に基づき被害者特定事項(同条第1項に規定する被害者特定事項をいいます。)を公開の法廷で明らかにしない旨の裁判所の決定を受ける等、本件職員動員以外の方法もあった考えられること及び各公判期日において被害生徒児童の氏名や学校名は明らかにされていなかったことが確認されていることから、本件各出張命令に合理的な必要性があったということもできません。」

 ④「監査対象局においては、外部からの問合せにより事実関係を確認し、見直されるまで、本件職員動員による出張命令が組織的に継続して行われており、それについては、令和6年5月22日市会常任委員会で監査対象局も行き過ぎた行為であったと認めて」おり、「本件各出張命令には、裁量権を逸脱し、又は濫用した違法があるというべきです」。

 明確に違法であると認められているのですが、住民監査請求は棄却されました。それについては、次のように述べられています。

 ⑤「本件各出張命令については、(中略)出張した職員の所属に対 応した専決権者において行われているため、権限のある者により行われ、監査対象局からの報告によれば、出張した職員の全員から復命が行われて」おり、「本件各出張命令の法的な課題や公務の位置づけの可否などについて、監査対象局において『検証チーム』で検証を行う必要があったことも踏まえると、本件各出張命令の瑕疵は、何人の判断によっても外形上客観的に明白であるとまでは言い切れません」ので「本件各出張命令は、違法ではあるものの、重大かつ明白な瑕疵があるとまで言うことはできません」。

 行政法学に多少とも取り組んだことのある方ならおわかりでしょう。行政行為の瑕疵です。行政行為が違法であるから言って直ちに無効になる訳ではなく、重大かつ明白な瑕疵があることによって初めて無効と判断されるというものです。しかも、この重大かつ明白な瑕疵については外観上一見明白説が判例の採るところです。

 しかし、監査委員は出張命令などを取り消す権限を有していません。地方自治法第242条第5項は「第1項の規定による請求があつた場合には、監査委員は、監査を行い、当該請求に理由がないと認めるときは、理由を付してその旨を書面により請求人に通知するとともに、これを公表し、当該請求に理由があると認めるときは、当該普通地方公共団体の議会、長その他の執行機関又は職員に対し期間を示して必要な措置を講ずべきことを勧告するとともに、当該勧告の内容を請求人に通知し、かつ、これを公表しなければならない」と定めていますから、何らかの勧告をすれば良いだけのことです。今回は既に自主的な返納が行われているということなので、勧告をする必要性がないということなのでしょう。

 さらに「監査結果」は、次のように述べています。

 ⑥「地方教育行政の組織及び運営に関する法律は、教育委員会の設置、学校その他の教育機関の職員の身分取扱その他地方公共団体における教育行政の組織及び運営の基本を定めるものであるところ、同法では、地方公共団体の長の権限で行うこととなっている財務会計上の事務を除き、教育に関する事務の広範な事項が教育委員会の権限に属する事務となってい」るので、「地方公共団体の長は、独立した機関としての教育委員会の有する固有の権限内容に属する 事項については、著しく合理性を欠き、これに予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵の存する場合でない限り、その内容に応じた財務会計上の措置を執る義務があると解するのが相当であって、地方公共団体の長の有する予算の執行機関としての職務権限には、おのずから制約が存するというべきです(最高裁判所平成4年12月15日第三小法廷判決参照)」。

 ⑥「本件各出張命令は、教育委員会又は教育長の権限により発せられたものであり、教育委員会がその独自の権限に基づいて発した出張命令については、市長は指揮監督等の権限を有しないことから、重大かつ明白な瑕疵がない限り、市長は、その内容に応じた財務会計上の措置を執ることになります(最高裁判所平成4年12月15日第三小法廷判決及び最高裁判所平成15年1月17日第二小法廷判決参照)。」

 ⑦「本件各出張命令による出張旅費の支出命令については、出張した職員の所属に応じた 事務局課長又は総務局人事部労務課担当課長により決裁され、関係法規に基づき支給されています。/また、本件各出張命令に従い出張した職員は、地方公務員法(昭和25年法律第261号)第32条の規定に基づき職務上の命令に従い出張したものであり、本件各出張命令 が違法であることを認識していたなどの事情も存在しません。/(中略)本件各出張命令に重大かつ明白な瑕疵はないことから、本件各出張命令に従い出張した職員が出張旅費を受領したことについて、不当に利得しているということはできないし、本件職員動員による出張旅費の支出命令は財務会計法規上の義務に違反するものではありません。 なお、令和6年7月29日に、前教育長をはじめ関係部長以上の職員から本件職員動員に基づく出張旅費に相当する額127,622円が横浜市に対して自主的に返納されたことが確認されました」。

 こうして、「本件職員動員により出張した職員に対する監査対象期間における出張旅費の支給については違法又は不当な財務会計上の行為に該当するとは言えず、請求人の主張には理由がないと判断しました」と結論づけられました。

 この結論が妥当であるかどうかについては議論があるところでしょう。行政行為の瑕疵について重大明白説を採用することの妥当性が問われることでしょうし(私は重大性さえあればよいものと考えています)、職員の動員が違法であると断じられており、その動員のための出張旅費の支給についても違法性を導けるのではないかとも考えられるからです。

 住民からの監査請求は棄却されたとは言え、「監査結果」は次のように述べています。

 ⑧「検証結果において、本件職員動員が、憲法違反ではないが公開裁判の原則の趣旨に反する行為であるとされたこと及び教育委員会として行うべき職務の範囲を逸脱しており、その意味において地方教育行政の組織及び運営に関する法律第21条に反し、違法であるとされたことは、教育委員会において重く受け止めるべきです」。

 ⑨「本件請求に関し、教育委員会は、法第199条第8項の規定に基づく監査委員からの質問及び書類の提出依頼に対して、『検証チーム』の検証中であることを理由にして、法第242条第6項に定める期間間際まで書類を提出せず、また、対応方針も示しませんでした。/このことは、時間的な制約のある住民監査請求の監査において、監査委員が余裕のない中で判断せざるを得ない状況につながり、監査過程に重大な影響を与えたと言わざるを得ず、大いに反省を求めます」。

 ⑩「本件職員動員による出張命令は、外部からの問合せにより調査し、見直されるまで、組織的に継続して行われていました。検証結果において、『教育長及び各学校教育事務所長の本件動員の意思決定』の法的問題については結論を得るに至っていないことから、教育委員会においては、検証結果も踏まえて、本件職員動員の問題点を明らかにし、再発防止に向けた抜本的な改善につながる取組をされるよう求めます」。

 ここに示した⑨および⑩は、監査委員による横浜市教育委員会事務局に対する批判となっています。或る意味において、「監査結果」で最も重要な部分がこの⑨および⑩となっています。重く受け止められるべきでしょう。それとともに、もう少し突っ込んだ結論を出してほしかったと考えるのは、私だけでしょうか。

「ひろば 研究室別室」の移転について

   長らくgoo blogで続けてきましたが、あれこれと考えた結果、2025年8月7日より、はてなブログのほうで書いていくこととしました。何卒よろしくお願い申し上げます。  新しいアドレスは、次の通りです。   https://derkleineplatz8537.hatena...