2025年5月28日水曜日

アーカイヴ:サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題・第59編

 第54編において述べましたように、昨年(2003年)11月10日の午前中、別府市はサテライト日田設置の断念を表明しました。訴訟が福岡高等裁判所に係属しており、第2回口頭弁論が開かれるという日に、突然発表されたのでした。私自身、浜田氏が別府市長に就任してから、サテライト日田問題の解決を予想していたのですが、もう少し時間がかかると思っていました。別府市の表明を受け、第2回口頭弁論においては、日田市側、経済産業大臣側の双方から準備書面が提出された後、日田市側から訴えの全面取り下げの申出がなされました。これは、後に経済産業大臣側の同意を得ており、大分地方裁判所平成15年1月28日判決の効力も完全に失われることとなりました。

 勿論、別府市がサテライト日田の設置を断念したからといって、それで全てが解決された、という訳ではありません。別府市と、設置許可申請者である溝江建設との間の問題が残っているからです。毎日新聞社のホームページに、この問題に関する短い記事が掲載されました。残念ながら、既に削除されていますが、私がこのホームページの掲示板「ひろば」で取り上げていますので、以下、全文を引用しておきます。2042番の「今度は別府市と設置許可申請者との争い?」(2004年2月1日19時46分付)です。

 すっかりと話題にのぼらなくなりつつあるサテライト日田問題ですが、別府市と、設置許可申請者である会社との話し合いが1月28日に行われ、両者の間に見解の相違があるようです。1月29日付の毎日新聞大分版に記事が掲載されています。

 「別府競輪・サテライト問題 溝江建設と円満解決へ…別府市、話し合いで確認」http://www.mainichi.co.jp/area/oita/news/20040129k0000c044005000c.html

 両者の話し合いでは、円満解決の確認が行われたとのことです。これはよいとして、設置に関しては、両者に食い違いがあります。別府市は、会社から話を持ちかけられたという見解を示しているのですが、会社は別府市から話を持ちかけられたという立場をとっています。

 これに関連して、1月31日付の毎日新聞大分版に掲載された「[取材帳から]まだ話し合い?」という記事には「市に残る記録では、業者側が設置を申し出たことになっており、設置関連予算は市議会に否決された。となると、市が断念したのは当たり前の話で、話し合いを続ける意味が理解できない」と書かれています。http://www.mainichi.co.jp/area/oita/news/20040131k0000c044006000c.html

 果たして、どちらの言い分が正しいのか、私には知る由もありません。正式な、あるいは正確な記録が残っていないのでしょうか。いずれにせよ、今後は、溝江建設と別府市との間で損害賠償(補償)に関する交渉が行われることになります。両者の間の問題をもう少し細かくみると、大別して賠償額の問題と日田市の負担の問題があります。額はともあれ、日田市の負担とは道理に合わないのではないか、と思われるでしょう。しかし、現実的に想定されうる事柄です。今後、溝江建設、別府市、そして日田市がいかなる態度を示すのか、注目しておく必要があるでしょう。また、損害賠償問題は、おそらく、2004年度まで継続するのではないかと思われます。

 さて、第56編、第57編および第58編において、日田市側の「準備書面(第6)」の紹介および検討を 行いました。そこで、予告通り、経済産業大臣側の「第6準備書面」(平成15年11月7日付)を扱うことといたします。

 第56編においても述べましたが、「第6準備書面」は全部で7頁ですが、1頁目は「被控訴人指定代理人」の氏名などが記載されているだけですから、実質は6頁分ということになります。2頁目から、日田市側の「準備書面(第6)」に対する反論を展開しています。

 第51編において、第1回口頭弁論の際に裁判長からなされた注文について記しました。再び記しておきますと、控訴人には、原告適格と本案(自治権の主張、自転車競技法の憲法適合性など )とにおいて混然となされている憲法理論を区別することが求められ、被控訴人には、原告適格についての判例が基本的に私人の場合に妥当することが指摘された上で、判例で示された理論などが地方自治体にも妥当するのか否かについて検討するように求められました。日田市側の「準備書面(第6)」は、完全ではないのですが、一応は裁判長の注文に応えた形となっています。それでは、経済産業大臣側の「第6準備書面」はどうなっているのでしょうか。

 まず、「第1 控訴人の原告適格の有無に関する判断基準について」という部分を概観します。

 ここでは、日田市側が新潟空港訴訟最高裁判決の趣旨を誤解している、と述べられています。これは、大分地方裁判所での段階で提出されている「第3準備書面」とほぼ同じ趣旨であり、「原告適格の有無において考慮されるべき関連法規は当該行政法規と目的を共通にするものであって、すべての法規が考慮の対象となるわけではない」と主張されています。

 たしかに、原告適格の有無を判断する際に考慮すべき関連法規は、当該行政法規、すなわち、争いの元となっている行政行為(処分)の根拠となる行政法規に関連するものでなければなりません。これは当然のことです。しかし、それでは、日田市側の「準備書面(第6)」において関連法規として示されているもののうち、何が関連法規と言えないものなのでしょうか。これについては一切記されておりません。地方自治法などが関連法規と言えないとしても、自転車競技法第1条および第3条は関連法規と言えないのでしょうか。

 また、日田市側は、控訴人である日田市が地方自治体であるために「当該法令によって保護される利益が、公益とは区別して個別かつ直接に保護されるものであることは要しないと主張する」のですが、「このような解釈は、抗告訴訟が主観訴訟であることを定めた行訴法9条の解釈に反し、到底採用できるものではない」と述べられています。

 この批判も、正当な部分を含んでいます。元々、行政事件訴訟法第9条は、行政行為(処分)の相手方たる私人が、例えばその行政行為の取消処分(これも行政行為です)の違法性を争うというような場面を想定しています。その違法性によって、私人の利益が侵害されるということになりうるからです。主観訴訟という言葉は、まさに原告自身の利益が侵害されたか否かを争う訴訟のことをいいます。民事訴訟を考えていただければ理解しやすいと思うのですが、例えば、金銭貸借事件であれば、金銭を返してもらったか否かは貸主の利益に関係します。行政事件訴訟法も、基本的には同じ構造となっています。抗告訴訟は、原告の利益を侵害すると考えられる場合に提起できるものです。そのため、住民訴訟などは原告の利益を(少なくとも直接的には)侵害するようなものではないとして、法律に特別な規定が存在しない限り、提起できないことになっています(これを客観訴訟といいます)。

 第57編において述べましたように、日田市側の「準備書面(第6)」は、地方自治体の原告適格について極端な解釈をしています。日田市側もそのことを認めていますので、「地方自治体の原告適格を根拠づけうる公益保護規定は、当該地方自治体に関わる地域的な公益の保護規定である必要があり」、「当該公益保護規定と原告地方自治体の主張する利益との間に、後者が前者の保護範囲に包摂されるものである必要がある」というように主張されているのです。

 しかし、地方自治体も法人ですから、サテライト日田問題のような事件の場合に、地方自治体の主観的利益を想定することはできないのでしょうか。やはり法人である企業などであれば、それ自体の主観的利益は当然存在するでしょう。企業と地方自治体とを単純に同列に並べる訳にいかないのですが、大分地方裁判所平成14年11月19日判決では、地方自治体の名誉権が(一定の条件の下において)認められています。このことからすれば、やはり一定の条件あるいは制約の下においてではありますが、地方自治体の主観的利益を想定することも可能ではないでしょうか。ここは問題提起に留めておきますが、今後、検討を加えなければならない問題です。

 次に、「第2 控訴人の自転車競技法の解釈について」です。この部分も、幾つかの点についての反論が加えられていますが、かなり短いものとなっています。

 一つは、自転車競技法第1条第1項の解釈で、経済産業大臣側は「場外車券売場設置許可制度の目的は、申請に係る施設の位置、構造及び設備が公安上及び競輪事業上適当であるか否かを審査することにあるのであって、当該許可によって事実上影響を受ける可能性がある他の地方自治体の財政の健全化を目的としていると解することはできない」と主張しています。 そして、地方自治法と自転車競技法第4条とが目的を異にするとして、地方自治法を関連法令と考えることはできないと述べています。

 これは、既に何度も主張されていることの繰り返しに留まっています。そのことは、経済産業大臣側の代理人も文中で示しています。従って、詳しい理由は述べられておりません。

 しかし、地方自治法はともかくとして、自転車競技法第1条第1項が同第4条と無関係なのでしょうか。競輪場(競技場)と場外車券売場という違いはあるものの、競輪事業を行うものにとっては共通する目的が存在しないのでしょうか。

 次に、日田市が学校設置管理者としての原告適格を有すると主張する点についてです。これについても、被控訴人側は第5準備書面の主張を繰り返し、「競技法4条2項、規則4条の3第1号は、控訴人が指摘する上記最高裁判例の事案における風営法4条2項2号、同法施行令6条1項ロとは異なり、文教施設あるいは医療施設の設置者の個別的利益を保護していると解することはできない」と述べるに留まっています。この点は、日田市が主張している周辺環境配慮主体としての原告適格についても同様で、完全に否定しています。

 ここまでの段階で、被控訴人である経済産業大臣側は、第1回口頭弁論の際に裁判長からなされた注文について何の配慮もしていないように読み取れます。その必要がないということなのでしょうか。

 第6準備書面の検討を続けます。日田市側は、自転車競技法が「同一自治体内実施原則」なるものを定めていると主張していました。自転車競技法第1条が根拠とされます。これに対して、被控訴人側は、「各地方自治体が競輪事業を実施すると決定し、あるいはこれを実施しないと決定したとしても、このことから直ちに控訴人がいうところの『同一自治体内実施原則』(中略)が論理的に導かれるものではない」と主張します。実際に、1950年、川越市が西武園競輪場(所沢市)で競輪を開催しており、同じように浦和市が大宮競輪場(大宮市。現在は浦和市、与野市とともにさいたま市となっている)で競輪を開催しています。しかし、日田市の主張の真意は、A市がB市の競輪場で競輪事業を行うということではなく、C競輪場の場外車券売場がD市にあり、その事業をC市が行っているという例は存在せず、それが「同一自治体内実施原則」の一部である、ということでしょう。経済産業大臣側は、これについて全く応えていません。

 また、地元自治体や地元住民の同意について、日田市側は、その同意なくして許可がなされた事例はないので、本件許可は平等原則違反であると主張しています。これに対する経済産業大臣側の反論は、私が読む限りでは反論になっていません。経済産業大臣側は、許可の申請から許可処分まで2年10ヶ月を要していること、しかもこれは場外車券売場設置許可については最長であること、行政指導によって地元との調整が行われていたことをあげているのですが、肝心の地元住民の同意については触れられていないのです。行政指導による調整と同意とは別の話です。

 さて、ここからが、第1回口頭弁論の際に裁判長からなされた注文に対する経済産業大臣側の回答(解答)というべき部分です。

 日田市側は、「憲法上保障された地方自治の内容を具体化した地方自治法上の基本構想(同法2条4項)のしくみで認められた一般的計画団体としての地位に基づき、憲法を直接の根拠として本件許可処分の無効確認・取消しを求める原告適格を有すると主張」しています。これに対する、経済産業大臣側の反論は「当審における被控訴人の答弁書の第3の5(9~10ページ)において主張したとおり、このような控訴人の主張は、行訴法9条の解釈に反するものであ」るというものです。ちなみに、日田市があげている塩野宏教授の論文については、反対説として藤田宙靖教授(現在は最高裁判所裁判官)の「行政主体相互間の法律関係について―覚え書き―」という論文があげられています(今、手元にないので参照できません)。

 これはいかにも不十分で、注文に応えていないと言われても仕方のないところでしょう。行政事件訴訟法第9条の解釈に反するというだけでは、何故なのかがわからないからです。既に記したように、行政事件訴訟法は、基本的に、私人が、行政行為の効力を争うことを念頭に置いています。そのことは規定の構造から理解できます(例えば、第7条において、行政事件訴訟法に規定されていない事柄については「民事訴訟の例による」とされています)。答弁書を引き合いに出すに留まらず、より積極的な反論が期待されていただけに、残念です。

 ただ、裁判長からなされた注文については、これで回答(解答)が終わる訳ではありません。「第2 控訴人の自転車競技法の解釈について」の最後となる「7」については、全文を引用しておくこととします。


 ところで、原審における被控訴人の第1準備書面の第1の2(1)(3ページ)、当審における被控訴人の答弁書の第2の2(1)(3ページ)において主張したとおり、競技法は、競輪事業における様々な局面における公正・円滑な運用、安全・秩序を確保し、もって収益を公共的な目的に用いることを規定したものである。

 そして、場外車券売場設置許可制度の趣旨については、原審における被控訴人の第1準備書面の第1の2(2)(4~5ページ)、当審における被控訴人の答弁書の第2の2(2)(4ページ)において主張したとおり、競輪場設置許可制度の目的と同じく申請に係る施設の位置、構造及び設備が公安上及び競輪事業場適当であるか否かを審査することにあるというべきである。

 この点に関して、同様の判断を示した東京地裁平成10年10月20日判決、その控訴審である東京高裁平成11年6月1日判決、その上告審である最高裁平成13年3月23日第二小法廷決定における事案は、場外車券売場の周辺住民が当該場外車券売場設置許可処分の取消しを求めたものであり(乙第14号証)、場外車券売場が設置される予定場所の地方自治体である控訴人が本件設置許可処分の無効確認及び取消しを求めた本件とは確かに事案を異にしている。しかし、法律上、場外車券売場設置許可制度の目的が何であるかを解釈するに当たっては、条文、競技法の目的、競走場設置許可制度との比較等を検討し、その目的を客観的に探求することになるものの、場外車券売場設置許可処分の無効確認ないし取消しを求める者が誰かということは、その解釈に影響を及ぼすものではない。したがって、場外車券売場設置許可制度の目的に関する上記裁判例等の判断は、本件においても妥当するというべきである。


 要約しますと、場外車券売場設置許可の無効確認または取消しを、近隣住民が求めようが地方自治体が求めようが、原告適格については同じように判断すべきである、従って、訴訟では原告適格がないとして却下すべきである、ということになるでしょう。

 単純明快と言えばそうかもしれません。しかし、これでは、結局のところ、作ったものが勝ちということであり、地域住民などが求める良好な環境などはどうでもよい、ということになりかねません。場合によっては、その環境などを守るべき地方自治体も、全く責任を果たすことができない、ということになります。そもそも、よその市町村に公営競技の場外券売場を設置する際に、その市町村の意向を法的に無視してもよいという構造は、いかに規制緩和の時代であるとしても、地域を無視したものではないでしょうか。日本の都市景観などが先進諸国などに比べて劣ると言われて久しいのですが、それは、こうした法律の構造、さらには根本的な立場に基づくものではないでしょうか。開発者などの利益が優先し、実際に都市などに居住する者の生活感、住みやすさなどは軽視されるのです。場外車券売場問題にも、根本的に同じものを感じます。

 これで、2003年11月10日に福岡高等裁判所にて行われた第2回口頭弁論における両者の主張を全て紹介しました。内容としては今回で終了ということになるのですが、私がサテライト日田問題に関わるようになってから現在までの総括をしてみたいと考えていることもあり、第60編を3月中に掲載することといたします。


(初出:2004年2月26日)

アーカイヴ:サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題・第58編

 今回も、第56編および第57編の続きです。これで、11月10日に日田市側から提出された「準備書面(第6)」(9月22日付)の紹介および検討も終わりです。

 この不定期連載をお読みの方であれば、今回の訴訟で問題とされているのが場外車券売場の設置許可であることは、すぐにおわかりでしょう。しかし、よく考えると、この設置許可の法的性質は不思議なものです。この点については、第37編および第51編において記しました。第37編作成時においては許可説を採用したのですが、日田市側弁護団の一員である藤井弁護士は特権付与的許可という言葉を使用しています。今の時点で考えると上手い表現です(実は不正確ですが)。第37編においても述べましたように、法律の条文に「許可」と書かれているからといって、その法的性質が全て同じであるという訳ではありません。むしろ、行政法学でいう許可なのか認可なのか、あるいは特許なのかを、様々な事情に関連付けて考えなければならないのです。

 今の私の考え方は、たしかに場外車券売場の設置許可は行政法学上の許可であるが、単純な警察許可ではなく、特許的な性格、あるいは認可的な性格を多分に有した許可である、というものです。純粋な特許とは言い切れないし、認可であるとも言い切れないのですが、少なくとも純粋な警察許可ではない、としか言えません。

 その理由をあげておきましょう。第37編にも記したように、自転車競技法は、自転車競技事業の運営主体を、都道府県、および総務大臣が指定する市町村に限定しています。そのため、場外車券売場にて車券を販売できるのも都道府県、および総務大臣が指定する市町村に限られます。また、警察許可であるとすれば、設置自体は誰でも可能であるということになります。法律上はそのようになっています。しかし、実際には、設置者が車券を販売することはできません。そればかりでなく、仮に自転車競技法の規定がなければ、競輪事業施行者以外の者が場外車券売場を設置した場合、刑法第186条第2項に規定される賭博場開帳等図利罪などに問われかねないはずです。

 次に、場外車券売場設置許可を得たとしても、設置許可を受けた者はまさに設置を認められただけであり、車券の販売まで認められる訳ではありません。もし、そこで車券を販売しようとする競輪事業者を見いだすことができなければ、設置許可を受けようとする者は存在しないでしょう。そして、設置許可を受けた者は、設置した施設を競輪事業者に賃貸し、そこで収入を得ようとするはずです。そうすると、実際に設置された場外車券売場で車券を販売する事業者が必要となるという点において、認可の性質に近くなります(純粋な認可ではないのですが)。

 また、警察許可という場合、本来であればその許可を受けなければならない事業は私人の自由に属するものである、という前提があります。第51編に記したことを再び取り上げておきますと、パチンコ屋や雀荘、ゲームセンターであれば、距離制限などに服するとは言え、営業の自由が認められますから、地域独占的な利益が生じるとは言い切れません。風営法が適用される喫茶店を考えるともっとわかりやすいでしょう。しかし、場外車券売場などの場合、営業の自由が認められ、その結果として地域内における競争がありうる、という訳ではありません。事業者が限定されているからです。

 警察許可としての性格も認められるのですが、それだけでは割り切れないもの、それが場外車券売場の設置許可ではないでしょうか。

 さて、「準備書面(第6)」はどのような論理展開を見せるのでしょうか。

 大分地方裁判所平成15年1月28日判決は、場外車券売場設置許可がその「設置に関する一般的禁止を解除するにとどまるもの」であるとしています。しかし、控訴人である日田市側は、この見方を「本件許可処分を単体として捉え」るものでしかないと考えているようです。むしろ、「場外車券売場で車券を販売する行為に関して何らかの届出や許可を要するとする規定がな」いこと(これは、競輪事業者が都道府県および総務大臣の指定を受けた市町村に限定されているからです)などをあげ、「本件許可は単に場外車券売場を適法に設置しうるのみならず、そこで車券の販売行為を行い、それによって利益を得ることをも同時に許容する法的効果を有するものと解すべきである」と述べています。この部分だけ読むと自転車競技法を誤解しているようにも思われるのですが、「公営ギャンブルは刑法の例外として施行者に認められたいわば『特権』であり、本件許可は申請者が本来有する行動の自由を回復する性格ではない」というように、法の構造を捉えています。また、「本件許可の根拠規定が通商産業大臣(引用者注:本件設置許可がなされた時点においてのこと)の裁量を認めていること」から、「事案の特性に応じ通商産業大臣が裁量権を適切に行使することが期待される」許可なのであると論じています。

 次に、自転車競技法第3条が取り上げられています。これは競輪場の設置許可に関する規定で、第3項において都道府県知事に公聴会の開催などを義務づけています。しかし、この規定は場外車券売場の設置許可に関する第4条において準用されていません。大分地方裁判所判決も、この点を捉えて「地元自治体の個別的利益を保護する趣旨とはいえない」と判断しています。これに対し、日田市側は「施行規則に定める競輪場設置許可の要件と場外車券売場設置許可の要件はほぼ同じであ」ることなどをあげ、「合理的な解釈により説明する必要がある」と述べています。

 この後、「準備書面(第6)」は「場外車券売場の設置に関する法規制の沿革」について述べています。ここでは自転車競技法第1条が登場します。元々、場外車券売場は例外的なもので、新設を簡単に許容する制度ではなかったこと、「当該自治体内の民主的な意思形成によって競輪事業を実施することを決定し、かつ当該自治体の財政状況等が競輪事業の実施を必要とすると自治大臣(当時)が認めてはじめて競輪事業を実施することができる」ことから、「競輪場をはじめとする競輪事業のための施設は基本的に施行される自治体内部に設置されることが想定されているのである(同一自治体内実施原則)」と述べられています。このことからすると、場外車券売場の設置許可について公聴会などの手続が必要とされていないのは、自転車競技法制定当時の事情によるものであって、サテライト日田問題のような場合を想定していないということになります。

 しかし、競輪事業者である自治体とは別の自治体に場外車券売場が設置される場合は、最近多くなっているようですが、これに対応しうる規定が法律に存在しません。「準備書面(第6)」によれば「不十分」ですが「場外車券売場の設置に関する指導要領について」(平成7年4月3日付。7機局第164号)です。これは通達です。そのため、行政規則として行政内部にのみ効力を有するものです。行政の外部に対しては、せいぜい、行政指導の指針にすぎないものです。しかし、「準備書面(第6)」も指摘するように「独立型場外車券売場を許容する施行規則改正にあわせて出されたもの」であり、サテライト日田のような事案にはそれなりの機能を果たしてきたのです。

 「準備書面(第6)」は、「平等原則に違反する本件許可処分」という小項目を置いています。サテライト日田のように、地元の自治体や住民が反対の意思を明確に示しているにもかかわらず、設置許可がなされるような例はほとんどありません。そこで、「準備書面(第6)」は「たとえ地元同意の取り扱いが指導要領に基づくものであるとしても、同様の事例において同様の取り扱いがこれまでなされてきたにもかかわらず、本件だけがそのような取り扱いを合理的理由なく受けないとするならば、行政法上の一般原則である平等原則に反する故に違法な処分となることは明らかである」と述べています。サテライトひたの場合、この不定期連載においても述べたように、日田市、日田市民の反対姿勢に留意していたにもかかわらず、2000年6月7日に許可が出されました。これが、「手続的に見ても本件処分は本来履行すべき手続を欠く違法な処分なのであり、控訴人はその手続的地位の侵害を理由とする原告適格を有する」と主張される理由となっています。

 さて、「準備書面(第6)」は、大項目として三つ目の「憲法が保障した自治権に基づく原告適格について」に入ります。これが最後の部分となっています。今回の訴訟は、日田市という地方自治体が提起したという点が最大の特色なのですが、それだけに、原告適格の有無に関する判断が難しくなっていました。少なくとも、日本国憲法制定以後の判例の蓄積もありません。結局、訴え全体が取り下げられたので、地方自治体の原告適格という問題点についての最終的な司法判断はなされずに終わったのですが、それだけに、今後もさらに検討を加える必要があると言えるでしょう。

 日田市側は、「憲法上保障され、地方自治法により具体化された自治権(まちづくり権)に基づき自治体が抗告訴訟を提起しうることは、学説においては極めて有力な見解である」として、塩野宏『行政法Ⅲ』193頁以下(これは初版か第2版か、手元にないので不明)および芝池義一『行政救済法講義』〔第2版〕45頁(現在は第2版補訂版です)が示されています。

 そこで、大分地方裁判所で争われていた時に提出された鑑定書の趣旨が、福岡高等裁判所の段階においても主張されることとなるのです。とくに、日本の地方自治法制度は、歴史的な経緯から、大体、ドイツ法からの流れとアメリカ法からの流れが融合したようなものとなっています。大分地方裁判所に提出された鑑定書も、ドイツ、アメリカの事情、さらにフランスの事情を参考にしようとするものです。また、「準備書面(第6)」は、戸松秀典『憲法訴訟』(2000年、有斐閣)97頁を援用し、「事実上の損害のテスト」を必要とすると述べています。これは、「憲法の定める地方自治の基本構造、問題となっている法的行為の根拠規定やその周辺にある法的しくみの解釈に加え、その法的行為による自治権の具体的な内容や程度の検討」を中身とするものです。こうして、私人が抗告訴訟を提起する場合と区別して理論構成をすべきである、と主張されるのです。

 第57編において、自転車競技法および同法施行規則の保護法益に関する日田市側の主張を概観しました。自治権侵害の主張との関連性が問題となるはずですが、そこが稀薄である、あるいは混同されているようにも思えます(混同については仕方のない面もあります)。それはさておき、日田市側は、今回のような場合、抗告訴訟の原告適格は「本件処分の根拠規定によって判断されるべきではなく、本件許可処分によって場外車券売場が設置される地元自治体であることから当然に認められると考えるべきである」と述べています。ここは、自転車競技法および同法施行規則の保護法益に関する主張と関連する点です。「本案の主張」として記載されている内容は、自転車競技法および同法施行規則の保護法益に関する日田市側の主張の変奏曲(ヴァリエーション)でもあります。もっとも、だからこそ、地方自治の本旨という憲法上の理念と抵触する、ということになるのですが。

 いずれにせよ、日田市側は、今回のような場合において、地域に生じうる具体的な不利益を自己の利益として主張しうるのは日田市しかありえないこと(これは「利益の特定性」とされています)、自衛権の防御的機能(これは塩野教授の表現です)が問題とされていることから、「当該処分の根拠法規の文言からのみ原告適格を判断することは論理的に不可能である」と述べています。そして、「わが国の地方自治の基本構造を前提とすれば、本件のような事例で原判決の論理により自治体の原告適格を否定することは、憲法で認められた自治権が国によって侵害された場合の救済手段を全面的に認めないこととなる。このような結論は日本国憲法が予定した地方自治の基本構造とは相容れないはずである」として、地方自治法第2条第4項による一般的計画団体としての地位により「憲法を直接の根拠として本件処分の無効確認・取消を求める原告適格を有する」と述べられ、閉じられます。

 日田市側は「地方自治体の権能の中には法律によっても侵しえないものがあ」ると述べています。おそらくは制度的保障論に基づくものでしょう。ただ、問題は、この制度的保障論そのものにあります。これによると、地方自治を制度として保障することは、個々の地方自治体に具体的な人権(法人としての権利)を認めるものではなく、制度の核心を保護することを目的とするのである、ということになります。しかし、それでは、制度の核心とは何でしょうか。これが非常に不明確なものとなりやすいのです。具体的に検討しなければならないことは当然ですが、それでもわかりにくいものとなります。また、制度の核心でなければ、すなわち、周辺部分であれば、改変などは可能なのです。

 おそらく、自治権、まちづくり権は、制度的保障論の枠組みに留まる限り、発展は望めないでしょう。仮に多少の成長が見込まれるとしても、すぐに大きな壁に衝突します。市町村合併との関連もあり、多少とも具体的な人権として構成できないのでしょうか。勿論、地方自治体は、例えば株式会社などの社団法人と異なります。しかし、法人を二種類に分けるとすれば社団法人と財団法人であり、地方自治体は社団法人です。社団法人などを公法人と私法人とに分けることも可能ですが、両者にどれほどの絶対的な差異が存在するのでしょうか。たしかに、統治機能については、公法人以外に認めることはできないでしょう。しかし、公法人といえども私法人と同様の機能を果たす場合がありえます。それに、自然人であっても日本人と外国人では保障されうる範囲が異なりますし、法人に至っては様々な種類が存在し、保障されうる権利の範囲も異なります。単純に公法人・私法人の区別で論じられえないことは明らかです。

 もし、制度的保障論云々を言うのであれば、法人制度自体が制度的保障論によって説明されうる、いや、説明されるべきものでしょう。おそらく、これは暗黙の前提になっているでしょう。しかし、これでは議論が進まなくなるおそれもあります。

 ホームページという場を借りて、かなり挑戦的な論を試みたつもりです。あくまでも試論であり、これから具体的な論をつめていこうと考えています。

 これで、日田市側の「準備書面(第6)」の紹介および検討を終えることができました。経済産業大臣側の「第6準備書面」(平成15年11月7日付)については、第59編にて扱うことといたします。


(初出:2004年1月26日)

2025年5月27日火曜日

アーカイヴ:サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題・第57編

 第56編の続きを 2003年中に終わらせる予定でしたが、私の仕事の関係で年を越してしまいました。何回続くかわかりませんが、2004年になったということで、今回から第五部として不定期連載を続けることとします。

 朝日新聞2003年12月17日付朝刊(大分版)に掲載された「場外車券場訴訟終結、市民に経緯説明」という記事によりますと、12月16日、日田市役所で、サテライト日田設置許可無効確認訴訟が終結したことを受けた報告会が行われました。これには、大石市長、寺井一弘弁護士、サテライト日田設置反対連絡会を構成する17団体、日田市議会議員、日田市職員など、およそ100人が参加したそうです。

 この記事自体が相当に短く、全文を引用したほうが早いくらいですが、ここではそれを避けておきます。

 2000年から2001年にかけて、サテライト日田問題は大分県内、そして日本全国の注目を浴びました。第13編にも記したように、2001年1月7日、この問題を扱った「噂の! 東京マガジン」(TBS系)が、13時から放送されました。2000年12月21日に、私は、この番組の制作を担当するフラジャイルという会社の方の取材を受けました。この模様は録画されていたのですが、数日後、私の携帯電話に、取材のシーンは放映されないかもしれないとの連絡を受けました。取材班の方々は、このホームページを御覧になっていたようで、非常に綿密な取材をなされておりました。それは、当日の放送内容からもわかりました。

 その後、大分地方裁判所での口頭弁論が始まりました。昨年の1月28日、日田市敗訴の判決が出た時には、私も大分県庁の記者クラブに行き、記者会見の席に座らせていただきました。おそらく、その頃が、この問題に関する熱気のピークになっていたと思います。福岡高等裁判所での口頭弁論の時には、2度とも傍聴整理券が配られたという表向きの熱気とは裏腹に、実際にはどこか冷めた空気が漂っていました。私自身が感じていたのです。報道も、以前のような大きさではなくなりました。12月16日の報告会がどのような雰囲気だったのかわかりませんが、参加人数が100人というのは、贔屓目に見ても以前より少なくなったように思われます。訴訟などが完全に日田市主導、すなわち行政主導で行われたことには、日田市民の間からも批判がありました。とくに、サテライト設置に反対しながらパチンコ屋の進出を容認するというような状態には、厳しい批判が寄せられてもおかしくなかったでしょう。勿論、パチンコ屋とサテライトでは、根拠法令も所轄の行政庁も異なります。そのため、ただちに両者を同様に論ずることはできません。しかし、青少年への影響という点では、両者にそれほどの違いが見出せません。あるいは、パチンコ屋のほうが大きいかもしれません。2002年度からは、他ならぬ日田市の住民から、パチンコ屋の問題を指摘する声も出始めていました。

 上記朝日新聞の記事に戻ります。大石市長は、「市民の結集に感謝する。日田での車券発売を断念した別府市には様々な思いがあったと思うが、同じ県内の観光都市として手を携えて発展を目指したい」という趣旨を述べたとのことです。また、寺井弁護士は「サテライト裁判は法曹界の注目を受けた。弁護団としては控訴審で敗訴しても最高裁で地方自治のあり方を問いたかったが、別府市と日田市の和解を優先させた」と述べています。これは、11月10日にも述べられていることです。

 また、サテライト日田設置連絡会も、12月16日をもって解散されたようです。

 さて、第56編の続編として、11月10日に 提出された日田市側の「準備書面(第6)」(9月22日付)の内容を紹介し、若干の検討を試みます。今回は「第3、本件訴訟における控訴人の原告適格」です。6頁目から最後の頁まで続く、かなり長い部分です。

 まず、自転車競技法の解釈です。まず、自転車競技法第1条について、「機械産業、体育事業その他の公益事業の振興と自治体財政のための収益事業として競輪事業を位置づけて、これを規律しているのである」と評価しています。その上で、 「ある市が営む競輪事業に係る場外車券売場を他の市町村の地域に設けることは(同法4条1項)、その地元市町村が競輪事業を営むことによって獲得されるはずの収益に多大の負の影響を及ぼすことは明らかである」として、今回の問題で言えば日田市の財政上の利益は「法律上保護された利益」にあたると主張されています。もし、日田市が競輪事業を営むのであれば、こうした財産的利益を得ることが可能となります(もっとも、自転車競技法において競輪事業の主体となりうるのは都道府県と、総務大臣が指定する市町村だけですから、日田市がこの指定を受けなければなりませんが)。

 しかし、日田市の場合、競輪事業を営むことによって得られる利益ではなく、「営まないことによって得られる地域環境的な利益」を主張しています。これが競輪事業を営むことによって得られる利益と不即不離の関係にあると即断できるかどうかについては、疑問もあります(日田市が競輪事業の主体として指定を受けていないとすれば、このように主張できないのは明らかであるからです)。ただ、まちづくりという観点からすれば、都道府県、および総務大臣が指定する市町村は、競輪事業を行うか否かについて選択権があり、これが地方自治体の政治・行政の方針を決定することになります。日田市が指定を受けようとすれば、(これまでにもその機会はありえた訳ですから)総務大臣の判断により、指定を受けて競輪事業を営むことが可能でしょう。その意味では、日田市側の主張も成立しえます。ただ、今回の問題は、指定を受けた市町村である別府市が日田市において場外車券販売事業を営もうとすることですから、少々次元の違う話ではないかとも思われます。

 いずれにしても、日本の市町村には、地域設計、まちづくりに関する基本的な法的権限がない、または、あるとしても非常に不十分です。これは、私だけが述べている訳ではなく、何人かの方が書かれており、私も同感したものです。この年末年始、横浜の青葉台と渋谷で何冊かの本を購入し、読んだのですが、その中の1冊に書かれていました。今回の地方分権改革では、結局のところ日本をどのような国家にするのかに関する基本方針が明確にされているとは言い難く、とりあえず市町村合併を進めてそれから具体的に権限を配分するという方法が採られています。これでは、市町村に期待されるべき本来の役割が明確にされないままに終わる可能性が非常に強くなります。サテライト日田問題は、こうした地方分権改革の論議に一石を投じるものとなりえたはずなのですが、実際にはそのようになっておりません。

 「準備書面(第6)」に戻ります。既に示した、日田市側による自転車競技法の解釈は、地方自治法の解釈にも結び付けられ、自転車競技法が、地方自治法第2条第11項ないし第13項にいう「地方公共団体に関する法令」であり、「地方自治体の財政に直接関わる法律でさえある」として、経済産業大臣側の主張に反論を加えています。なお、日田市側は、「地方公共団体に関する法令」について「『単に地方自治法、地方公務員法、地方財政法のよう主として地方公共団体だけを対象とした法律の規定のみを指すのではなく、いかなる法令についても、いやしくも地方公共団体に関する事項を規定した条文があれば、すべてを含むものと解すべきである』とされている」と述べていますが(引用は原文のまま)、出典などが示されていません。「地方公共団体に関する法令」について、地方自治法に特別な解釈の方法を示す規定が存在しない以上、日田市側の解釈は妥当でしょう。

 ここまで、自転車競技法との関連で日田市側の原告適格に関する主張を概観しました。基本的には一審段階からの主張のまとめと言うべきものであり、内容に大きな変化などはありません。これからさらに深められる可能性もあったのですが、訴えの取り下げにより、可能性で終わっています。

 「準備書面(第6)」は、続いて自転車競技法施行規則を取り上げ、その保護する利益について論じています。

 この施行規則は経済産業省令で、自転車競技法第4条第2項を受けた施行規則第4条の3は場外車券売場設置許可の基準を示すものです。日田市側は、この中の第1号と第4号をあげています。

 施行規則第4条の3第1号について、日田市側は「学校その他の文教施設や病院その他の医療施設の設置・運営主体の文教・保健衛生に係る利益は、自転車競技法及びその施行規則によって個別的利益としても保護された法益であるということができ」ると主張しています。従来であれば、こうしたものは単なる公益であり、個人などにとっては反射的利益であって、法律が直接保護する利益ではないと理解されたのです。しかし、これでは結局のところ行政庁の裁量権を統制することができなくなりますし、そうでなくとも地域の主体性などを無視することになります。また、何故に文教施設や医療施設に関連する距離制限が置かれているのかについて、趣旨を不明確にするおそれがある、と言えないでしょうか。今回の訴訟は日田市という地方自治体が原告なのです。日田市は、文教施設や医療施設の設置場所などを決定する権限を有するはずです(あくまでも、市営の施設についてですが)。また、都市計画などについても、日田市には一定の権限があるはずです。そうであれば、自転車競技法施行規則第4条の3第1号が、場外車券売場が設置される市町村の法的利益を個別のものとして保護しないと解釈することは、市町村の都市計画に関する権限などを全く無視することにならないでしょうか。今後、日田市側としては、さらに都市計画法などをも援用して自説を補強する必要があったと思われます。

 日田市側は、原告適格を基礎付けるために最三小判平成6年9月27日判時1518号10頁を引き合いに出しています。この判決は、治療所を経営する者がパチスロ店の営業許可の取り消しを求めた事案に関するもので、結局は請求が棄却されていますが、原告適格が認められています。この事案の場合、治療所からパチスロ店までが30mを少し超える程度しか離れておらず、これは実体審理をしてみなければわからないというものでした。そのため、原告適格を審査するにしても本案審理と同一の手続をしなければならなかったのでした。そこで仮にこのパチスロ店が制限区域内に存在しないことが明らかになったとしても、本案について何らかの判断をするほどに審理が熟している、とされたのです。

 サテライト日田の場合も、距離制限に関して言うならば、結局は本案審理に入り込まなければならないということなのでしょう。実際、距離制限を争う場合、それが訴訟要件の問題なのか本案の問題なのかと問われるならば、どちらにも該当すると考えられます。距離制限が許可の要件に入っているのですから、本案の問題に立ち入らざるをえません。訴訟要件の問題で済ませるとすれば、法の保護する利益が何であるのかという点(原告の個別的利益を保護するのか、公益を保護するにすぎないのか)で判断するしかないのですが、このような態度では、裁判を受ける権利(憲法第32条によって保障されている)を没却することになりかねません(準備書面も、この最高裁判決に付されている園部逸夫裁判官の補足意見を引用しています)。

 次に、施行規則第4条の3第4号です。これは「周辺環境との調和」という、行政庁の広い裁量を許すかのような文言を出しています。そのためでしょうか、「準備書面(第6)」は、最高裁判例の傾向から「場外車券売場予定地周辺地域の環境上の利益を、自転車競技法及び施行規則によって個別的利益として保護された利益とまではいえず、それは一般的公益に改称されるものと解さざるを得ない」ことを認めています。しかし、これは原告が私人であるからこそであって、原告が地方自治体であれば別である、とも主張されています。公益保護規定であるからこそ「地方自治体のみが原告適格を有しうることの根拠となる」というのです。これは極端な解釈で、日田市側もそれを認めています。そこで、「地方自治体の原告適格を根拠づけうる公益保護規定は、当該地方自治体に関わる地域的な公益の保護規定である必要があり」、「当該公益保護規定と原告地方自治体の主張する利益との間に、後者が前者の保護範囲に包摂されるものである必要がある」と述べています。

 ここは少々わかりにくいかもしれません。端的に記せば、「周辺環境との調和」というものは地方自治体が判断すべき事柄である、ということになるでしょう。勿論、私人であっても判断できるのですが、最高裁判例は私人の個別的利益と公益とを比較考量する方法論を採用していますので、実際には無理が生じます。そこで、「周辺環境」という、まさしく地方自治体に関係する事柄については、まさしく公益を実現するために存在する地方自治体に整備などをする権限があり、それが地方自治体の法的利益でもあるということを主張しています。そして、このことが、日田市側が主張する「まちづくり権」につながっていくのです。日田市は、第4次総合計画においてまちづくりを理念として掲げています(これもかなり抽象的な文言で、具体的にどのようなまちづくりを進めるのか、注目しておく必要があります)。また、日田市議会が全会一致で場外車券売場設置反対の決議を行っていること、さらに「日田市公営競技の場外券売場設置等による生活環境等の保全に関する条例」を制定していることをあげ、場外車券売場などが設置された場合に生じうる「周辺環境への配慮に努めようとしている」と述べて、最終的に「日田市の主張する地域環境にふさわしいまちづくりの権利・利益は、公益としての地域環境に責任を負う自治体の『まちづくり権』と評すべき法益であり、自転車競技法とその施行規則によって保護された利益として、原告適格を認めるに足りるものと考えられるものである」と主張しています。

 「まちづくり権」は、今回の訴訟において初めて登場したもので、おそらくは日田市側の弁護団も認めると思われますが、まだ未熟なものです(だからこそ、行政法学者などに理論の充実が求められているということになりますが)。「準備書面(第6)」では地方自治法第2条第4項が引き合いに出されていますし、同14頁以降において自治権の一環として主張されています。しかし、憲法学説などをみると、日本国憲法の下における地方公共団体の権利主体性を認める説は非常に少ないようです。ドイツの学説などにおいては、連邦共和国基本法第28条の解釈から、(法律の留保の下に置かれているとは言え)地方自治体であるゲマインデには権利主体性が認められるというのが一般的であるようです(但し、個人に認められる基本権の享有主体性はありません)。実際、ドイツの連邦憲法裁判所や連邦行政裁判所の判例をみると、ゲマインデが原告となって訴訟を提起する例が多くみられます。しかし、日本の場合、そもそも地方自治体が原告となって訴訟を提起したという例がほとんどなく、行政事件訴訟法に規定される抗告訴訟(取消訴訟や無効等確認訴訟など)に至っては、日本国憲法施行下においてサテライト日田訴訟が初めてのことです。

 今後の課題は、日本国憲法第92条ないし第95条の解釈論を深めること、そして地方自治法第2条などの解釈論を前進させることです。一つの道具として、北野弘久教授が主張される新固有権説が考えられます。元々は地方税財政に関する理論ですが、地方税財政が地方自治体の存立にとって根幹を成すものであることからすれば、まちづくり権への応用なども可能であるはずです。そして、地方自治法第2条第1項において、地方自治体が一つの独立した法人格を有するとされていることを忘れてはなりません。これまでの行政法学の理論などでは、法人について公法人と私法人とに分類して性質を議論していたのですが、精度としては非常に粗いものであることは否定できないでしょう。その意味において、第47編において取り上げた大分地方裁判所2002年11月19日判決(日田市対別府市)が参考になるでしょう。この判決は、公法人である地方自治体にも一定の範囲内において名誉権が認められるという判断を示しましたが、理由として、地方公共団体も法人であって「行政目的のためになされる活動等は種々異なり、これを含めた評価の対象となり得るものであるから、それ自体一定の社会的評価を有しているし、取引主体ともなって社会的活動を行うについては、その社会的評価が基礎になっていることは私法人の場合と同様である」ことをあげています。勿論、公法人を完全に私法人と同様に扱うことはできません。しかし、公法と私法との区別が相対化し、さらには公法と私法との区別を不要とする説も有力になっていることを想起すべきです。要は、公法人というものを先験的に把握するのではなく、活動内容に応じて個別的・具体的に判断する必要があるということです。また、地方自治体が住民から構成される一種の社団法人であり、住民代表たる首長および議会などの機関が置かれていることも、重要な鍵になるのではないでしょうか。

 この後、「準備書面(第6)」は、場外車券売場設置許可の法的性質などについての検討を行っていますが、これについては、機会を改めて取り上げることとします。


(初出:2004年1月7日)

2025年5月26日月曜日

アーカイヴ:サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題・第56編

 11月10日の控訴審第2回口頭弁論において日田市が訴えの取り下げを申し出て、11月17日に国が訴えの取り下げに同意することにより、一応は解決の方向に向かっているサテライト日田問題ですが、果たして、今後、自転車競技法の改正などが行われることになるのでしょうか。

 第54編において、11月10日の控訴審第2回口頭弁論の模様を報告いたしましたが、その時に提出された準備書面についての検討をまだ進めていません。そこで、今回、控訴人と被控訴人の双方から提出された準備書面の内容を検討することといたしますが、その前に、12月3日から開かれている日田市議会の模様などを眺めてみることとします。

 意外と言えば意外なのですが、このところ、各新聞社のホームページを見ても、サテライト日田に関する記事が掲載されることは少なく、私が確認した限りでは、毎日新聞社のホームページでしか見ることができません。同社の日田支局、楢原義則記者による記事が何度か掲載されており、それらを取り上げておきます。

 既にホームページでの掲載が終了している12月4日付朝刊の記事として、19面(大分)の「サテライト訴訟 国に大きな一石 日田市議会開会」というものがあります 〔19面(大分)〕。この記事によると、3日に開会した議会での冒頭に、大石市長はサテライト日田訴訟の取り下げについて述べました。記事によると「まちづくり権への司法判断は得られなかったが、国に大きな一石を投じ、無駄ではなかった」ということです。

 次に、12月12日付の記事として21面(大分)の「サテライト 日田訴訟事後処理 『国は法改正考えず』 市長 自転車競技法で認識」があります。それによると、11日に行われた日田市議会で、大石市長は、井上利男議員および伊藤哲司議員の質問に対する回答として、国(経済産業省)は自転車競技法の改正を考えておらず、地元の市町村長の同意を必要としない現行の運営を改めない方針も示されているという趣旨を述べたとのことです。

 別府市が設置(正確には設置された場合の車券販売)を断念したということで気になるのは、損害賠償の件です。これについて、やはり12日付記事によりますと、大石市長は、溝江建設と別府市の間の問題であるとして、当面は推移を見守っていくという趣旨を述べました。また、許可が「取り消されて初めて全面解決する」とも述べています。

 一方、別府市のほうですが、やはり市議会が行われています。ただ、新聞報道による限り、サテライト日田問題は正面から取り上げられていないようで、大分合同新聞12月10日付朝刊の記事「別府市議会 競輪事業は今後も継続」によると、12月9日の別府市議会において、自由市民クラブの浜野弘議員が競輪事業の継続について質問したそうです。JR日豊本線亀川駅の近くにある別府競輪場の施設は、私の目にも老朽化しているように見えますが(別府競輪場に入ったことはありません)、建築後30年が経っていて相当に老朽化が進んでいるそうです。浜野議員の質問に対し、別府市の観光経済部次長である藤沢次郎氏は、老朽化を認めつつ、競輪事業によって得られる収益金が別府市の一般会計に繰り入れられていることをあげ、これが別府市の貴重な財源になっていることから、今後も競輪事業の継続に努めるという意向を明らかにしています。

 日田市に話を戻します。もう一つ気になるのが訴訟費用です。毎日新聞大分版12月12日付上記記事によると、大分地方裁判所の段階で1123万円、福岡高等裁判所の段階で565万円だったとのことです。

 さて、11月10日に時間を戻し、準備書面の中身を紹介し、検討を進めることといたします。

 控訴人である日田市側の「準備書面(第6)」は、9月22日付となっております。18頁分あるこの書面は、4月18日付の「控訴理由書」に示された主張を「整理・補完する」ものとなっております。

 これに対し、被控訴人である経済産業大臣側の「第6準備書面」は、11月7日付となっております。こちらは全部で7頁ですが、1頁目は「被控訴人指定代理人」の氏名などが記載されているだけですから、実質は6頁分ということになります。

 想起していただきたいのは、第51編に記した、第1回口頭弁論における裁判長からの注文です。ここでもう一度記すと、控訴人には、原告適格と本案(自治権の主張、自転車競技法の憲法適合性など)とにおいて混然となされている憲法理論を区別することが求められ、被控訴人には、原告適格についての判例が基本的に私人の場合に妥当することが指摘された上で、判例で示された理論などが地方自治体にも妥当するのか否かについて検討するように求められました。果たして、両者は裁判長からの注文に対し、どのように応えたのでしょうか。

 今回は、控訴人である日田市側の「準備書面(第6)」の内容を紹介し、若干の検討を加えます。ただ、訴えが取り下げられたために、今回の両準備書面が最後となります。そのこともあり、今回の両準備書面については丁寧に紹介し、検討を加えたいと思います。日田市側の「準備書面(第6)」は18頁に及び、内容も多岐にわたります。そのため、数回に分けて紹介および検討を試みます。被控訴人である経済産業大臣側の「第6準備書面」についても同様とします。おそらく、来年3月までには終えるでしょう。

 日田市側の「準備書面(第6)」は、控訴理由書と同様に「第1、原判決の判断の誤り」から始められています。

 控訴人側は、大分地裁判決が原告適格について「当該行政法規が個別的利益の保護を含むか否かは、当該行政法規の趣旨・目的、保護利益の内容・性質等」によって判断すべきであるという趣旨であることについて「最高裁の到達点を大きく後退させる」と批判しています。それでは、「最高裁の到達点」からいかなる事柄が判断されるべきなのでしょうか。控訴人側は、次のような点を示しています。

 「①法律の合理的解釈」

 「②関連法規の関係規定との関係における根拠法規の位置付け」

 「③根拠法規の規則によって保護される法益の性格」

 「④その他規則内容、立法趣旨、下位法規による規制など」

 ここでいう最高裁判例は、既にこの不定期連載においても何度か登場している新潟空港訴訟最高裁判決のことです。大分地裁判決も、形の上では新潟空港訴訟最高裁判決の枠組みを踏襲していますが、私が、判例解説の「場外車券売場設置許可無効確認請求事件」〔法令資料解説総覧第256号(2003年5月号)120頁から122頁まで〕において述べましたように「形式的なものに終始して」おり、「一応は根拠規定および関連法規などを総合的に判断しているが、相互の関連性への配慮に乏しく、法律の規定を形式的に判断するだけで終わってい」ます。「準備書面(第6)」はさらに厳しく、大分地裁判決が「当該行政法規だけの解釈に終始して」いると評価しています。

 自転車競技法の解釈については、大分地裁判決が「①自治体の個別的利益を直接保護する明文の規定がないこと、②本件許可制度が自治体の個別的利益を保護する趣旨をうかがわせる規定がないこと、③許可基準に具体的規定がないこと、などから自治体の個別的利益を保護していないと結論付けていること、などから自治体の個別的利益を保護していないと結論付けている」と評価しています。私も、上記判例解説において自転車競技法第1条第1項の解釈を取り上げて疑念を示しましたが、新潟空港訴訟最高裁判決の趣旨からすれば、「自治体の個別的利益を直接保護する明文の規定」でもなければ「自治体の個別的利益を保護する趣旨をうかがわせる規定」でもない自転車競技法第1条第1項について合理的かつ体系的な解釈が求められます。「準備書面(第6)」も、大分地裁判決が示す①~③が自転車競技法第1条第1項に規定されていないことを認めつつ「最高裁は、各根拠法規の合理的解釈を通じて地域住民等の原告適格を導出した」と述べています。

 そして、場外車券売場設置許可の性質については、再び、警察許可ではなく「一種の設権的行為」(認可)と理解すべきであると主張しています。

 これについては、第37編において取り上げ、第51編において再び述べていますが、私は警察許可と理解せざるをえないと考えておりました。この点においては、控訴人側の主張と異なります。

 しかし、単純に許可と考えることに問題があることは、私も承知しております。自転車競技法第4条によって、場外車券売場は競輪事業者以外の者であっても、許可を得て設置することができます。しかし、いかに設置の自由があるといっても、車券を販売する自由は存在しません。競輪事業者である都道府県および指定市町村が、設置許可を得た場外車券売場にて車券の販売を行わないのに、例えば私が許可を得て場外車券売場を設置しても無意味です。そうすると、許可を純粋な許可と考えることには問題が生じます。

 ただ、それでは認可と考えるべきなのでしょうか。第37編においても述べたように、認可は、鉄道やバスの運賃の改定、農地の売買などが代表例で、私人の行為を補充して法律上の行為を完成させる行為のことです。認可を得なければ、運賃の改定や農地の売買は無効です。農地の売買を例に取ると、認可を得なければ、農地の売買契約が完成しないのです。

 また、認可の場合、それを得られない行為は無効であるため、その行為を行っても罰則がないのが普通です。しかし、場外車券設置許可の場合、その許可を得ないで場外車券売場を設置しますと、自転車競技法に罰則がないとは言え、刑法第186条第2項に規定される賭博場開帳等図利罪などに問われかねないでしょう。もっとも、認可を得られない行為は無効であり、その行為を行っても罰則がないというのは、あくまでも行政法学の教科書に書かれている原則であり、法律に示されている実際の構造について話が別であることも考えられます。

 自転車競技法の場合、設置許可を得る者と競輪事業者は別でありえます。そうすると、設置許可を得ることと車券を販売することとは別の話ですから、設置許可を得れば、競輪事業施行者でない者であっても場外車券売場としての建物を造ることはできます。これが被控訴人側の主張です。しかし、設置許可の実際をみても、設置許可が出されるまでの審査過程において、許可申請に係る場外車券売場において競輪事業者が車券を販売する意思を有するか否かが問題となります。仮に、競輪事業者がその場外車券売場において車券を販売しないというのであれば、おそらく、場外車券売場設置許可は出されないものと思われます。従って、競輪事業者が場外車券売場で車券を販売することが許可の効力を完成させる要件であると考えるべきでしょう。それが常識的な解釈でもあるはずです。

 このため、私は、この不定期連載において述べた従来の見解を改め、場外車券売場設置許可を認可またはその亜種と理解する立場を採ることといたします。

 「準備書面(第6)」の「第1 原判決の判断の誤り」は「憲法が保障した自治権に基づく原告適格について」で終わります。趣旨は、大分地裁判決が憲法による自治権およびそれに基づく原告適格について全く判断を行っていないこと、最高裁判例においても外国の法制度などが日本の法律の解釈の根拠などになりうるのに大分地裁判決が無視していること、これらを批判しているのです。そして、地方自治体の原告適格について「日田市の『まちづくり権』が①どのような態様で、②どの程度拘束を受けるのか、③どの程度の財政的な措置が強いられるのか、④その結果、日田市のまちづくりはどのように変質を余儀なくされるのかという視点から主張したのである」と述べています。

 続いて、「第2、最高裁判例の原告適格の考え方」に移ります。ここは、行政事件訴訟法第9条の解釈に関する部分です。今回の訴訟は行政事件訴訟法第36条に基づく無効等確認訴訟を中心としていますが、原告適格については取消訴訟と基本的に同じであるため、行政事件訴訟法第9条の解釈論が必要です。

 「準備書面(第6)」は、次のように最高裁判例の流れを整理しています。なお、以下の引用には準備書面からのものと、判決からのもの(とは記していますが、孫引きです)とがあります。

 ①主婦連ジュース訴訟(最判昭和53年3月14日民集32巻2号211頁):「処分の名宛人以外の第三者が処分の取消を求める場合には国民一般が持つような抽象的利益の侵害を主張するのでは足りない」。

 ②長沼ナイキ訴訟(最判昭和57年9月9日民集36巻9号1679頁):この判決では「意見書の提出や公聴会の開催といった、処分における参加手続の存在に着目して行政法規が個人の個別的利益の保護をも含む趣旨を読み取る手法をとった」。

 ③伊達火力発電所訴訟判決(最判昭和60年12月17日訟務月報32巻9号2111頁):これは新潟空港訴訟最高裁判決の前段階と言える内容を含んでいます。原告適格の有無を判断する際には「行政法規が個人の権利利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている権利利益」も「処分の法律上の影響を受ける権利利益」に含め、「行政法規による行政権の行使の制約とは、(中略)直接明文の規定はなくとも、法律の合理的解釈により当然に導かれる制約を含む」と述べられているのです。

 ④新潟空港訴訟最高裁判決(最判平成元年2月17日民集43巻2号56頁):これについて、判決の引用は不要でしょう。「準備書面(第6)」が述べているように「処分の根拠となっている規定のみならず関連法規を含む『法体系』の中で原告適格が判断されるべきであることを明確に示している」ことをあげておけば十分でしょう。

 ⑤もんじゅ訴訟最高裁判決(最判平成4年9月22日民集46巻6号571頁):新潟空港訴訟最高裁判決以降、最高裁判例は「当該行政法規によって保護されている法益の性質にも注目して原告適格を柔軟に解釈するようになってきている」と評価されています。「準備書面(第6)」は、これについて司法研修所編『改訂・行政事件訴訟の一般的問題に関する実務的研究』(2000年、法曹会)90頁を参照しています。もんじゅ訴訟最高裁判決は「被侵害利益が生命・身体等の重大なものであることを加味して、根拠法規の文言だけからでは個別的保護法益を抽出しづらい場合にも原告適格を拡張した」。そして、これが、都市計画法や森林法などに関する事件にも適用されることになり、保護法益も生命・身体や財産権、さらに日照の利益にも拡張されている、と指摘されています。

 ここで、「準備書面(第6)」は最近の行政事件訴訟法改革(改正)への動向について触れています。上記のように、次第に原告適格の範囲が拡大されてきているとは言え、基本的には今も原告適格の範囲が厳格に解される傾向が残っており、私人の権利や利益の救済に対する障害となっています。また、これまでの判例では、地方自治体ではなく、私人が処分の第三者であることが想定されています。これまでの経緯からすればやむをえないのですが、地方自治体が原告である場合には別の要素に関する検討が必要とされます。実際、「準備書面(第6)」も、小早川光郎「抗告訴訟と法律上の利益・覚え書き」西谷剛他編『政策実現と行政法(成田頼明先生古稀記念)』(1998年、有斐閣)47頁を参照しつつ、これまでの判例理論を次のようにまとめています。

 ①「当該処分が原告にとって不利益であ」ること、

 ②「その利益が、当該処分に関する法令で保護されている利益の範囲に含まれ」ていること、

 ③「当該法令による保護が、原告らの個別関係者の利益を、単にその法令によって保護される公益の一部として位置づけるのではなく、公益とは区別して個別かつ直接に保護するものである」こと。

 上記3点が、第三者たる私人に原告が認められるための要件です。地方自治体の場合は、①および②は適用可能としても、③が難しくなります。そこで、地方自治体については③の要件が不要であるとして、次のように整理しています。

 ①「当該処分により特定の自治体に具体的な不利益が」及ぶこと、

 ②その上で「その不利益が当該処分を定めた行政法規やその関連法規の保護する利益の範囲にあると解釈でき」ること。

 このようになるのは「もともと原告適格論は抗告訴訟が客観訴訟ではないことを前提として、どの範囲まで処分の取消の主張を認めるかを画するために発展した議論であ」るからで、「主張資格の限界付けに困難を来さない本件のような場合には」公益云々への言及などが不要になる、というのです。

 これについては、本来であればこの場において検討を加えるべきですが、既に長くなっておりますし、今、私に余裕などがないため、機会を改めることとします。


(初出:2003年12月14日)

アーカイヴ:サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題・第55編

 第54編において、11月10日の控訴審第2回口頭弁論、および、日田市による訴えの取り下げの模様を報告しました。この記事を作成していた11月18日の時点において(掲載は11月19日)、経済産業省側が訴えの取り下げに同意したという情報は得られていなかったのですが、20日、原告弁護団のうち、寺井弁護士と桑原弁護士が所属するリベルテ法律事務所より、国(経済産業省。行政事件訴訟においては経済産業大臣)が訴えの取り下げに同意するという書面を福岡高等裁判所に提出したという情報を得ました。

 これは、新聞記事のコピーとともに、私の自宅に封書で届いたものです。開封したのは、11月21日の午前1時頃です。20日、朝の1限から講義などの仕事を抱え、他にも仕事があったため、帰りが21日の午前中になったのでした。そこで、今回の第55編を作成したという次第です。

 また、別府市のほうも、市長が市議会に対してサテライト日田設置断念(正確には、設置された場合の車券販売の断念)を報告したとのことです。これで、サテライト日田問題は、損害賠償などの問題を別とすれば、全てが終わったということになります。

 前回、弁護団声明を引用させていただき、また、今回も勝手に引用させていただきますが、リベルテ法律事務所よりいただいた寺井弁護士の名前による文書によりますと、「私どもは、本件について最高裁判所の憲法判断を求めたいと考えていたところでしたが、実質的に『サテライト日田』の設置がなされなくなった現状を踏まえ、この段階でひとまず終止符を打つことがベターであろうと決断致した次第であります」とのことでした。この点については、様々な考え方がありうると思います。しかし、私は、個別の問題の解決を優先すべきであるという考え方を採ります。地方自治、地方分権、地方自治体の出訴資格および原告適格、まちづくり権などの問題は残されてしまいましたが、具体的な問題を離れて、純粋にこれらの問題だけについて裁判所の判断を求めることが適切か否かについては、疑問を付けざるをえません。今の最高裁判所の判例が示す傾向から考えると、最高裁判所第三小法廷平成14年7月9日判決(これについては、さしあたり、法令資料解説総覧250号88頁に掲載されている金子正史教授による解説を参照して下さい)が示すように、裁判所法第3条第1項にいう「法律上の争訟」に該当しないという理由づけがなされるなど、地方自治体に不利な判断がなされる可能性があります。それでは薮蛇になりかねません。勿論、我々が確固とした理論を組み立てれば、別の可能性が開かれます。

 情報をお届け下さったリベルテ法律事務所の皆様に、ここで改めて御礼を申し上げます。私も、何度か、東京都新宿区四谷にある事務所にお邪魔しました。このことは、この不定期連載にも記しております。

 これまで、寺井弁護士を初めとして、原告・控訴人側弁護団の皆様、日田市役所の皆様、日田市民の皆様、そして全国で応援されていた皆様(このホームページを御覧いただいた方々を初めとして)には、色々とお世話になりました。この場を借りて御礼を申し上げます。

 何度も記しておりますように、サテライト日田問題に取り組むことで、私自身の立場、あるいは足元を見つめなおすこともできました。その一方、地方自治のあり方、まちづくり権のことなど、課題もできました。寺井弁護士も、記者会見の場などにおいて述べられております。今後、私自身が、こうしたことについてさらに研究を深めなければなりません。大分大学に勤務する者として、この問題に関わることは、大げさかもしれませんが職業的な使命感によるものでした。

 本来は、11月10日に提出された準備書面について検討をすべきですが、これについては、別の機会に行うこととします。よほどのことがない限り、12月中に掲載できるでしょう。


(初出:2003年11月21日)

2025年5月25日日曜日

アーカイヴ:サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題・第54編

 この不定期連載も54回目を迎えました。2000年7月から不定期の連載として始まったこのコーナーは、2000年12月末日までの12編を第一部、2001年1月から12月までの24編を第二部、2002年1月から12月までの12編を第三部、そして、2003年掲載文を第四部としています。また、月刊地方自治職員研修2001年5月号に掲載された論文「サテライト日田をめぐる自治体間対立と条例」、および、法令解説資料総覧2003年5月号(通巻256号)に掲載された論文(判例評釈)「場外車券売場設置許可無効確認請求事件」を姉妹編としております。

 2000年6月3日にスタートした「大分発法制・行財政研究」のメインの一つともなっているこの不定期連載は、行政法学者や行政実務家の方にも認知され、参考ページなどとして紹介されるまでになりました。私自身、よくここまで続けられたと思っています。それには、行政法学者としてよりも、私個人としての立場なり感覚なり環境なりが大きく作用していると考えています。

 このような書き出しとなったのは、今年中にこの連載を終えることになりそうだからです。何度か補充の記事などを作らなければならないのですが、それでも2003年度中に連載を完結させることとなります。その理由は、 この続きを読んでいただければおわかりいただけるでしょう。不定期の連載も、今回で54回目となりました。よくぞここまで続けられたというのが、正直な感想です。

 さて、今回は、2003年11月10日(月)、13時30分から福岡高等裁判所において行われた控訴審第2回口頭弁論の模様を報告いたします。実は、この日、14時30分から日本国憲法の講義が入っていたのですが、後期開始時に休講とすることを伝えておりました。サテライト日田問題を追っているというだけでは済まされない立場にある私としては、何としてでも行かなければならないと思っていました。

 既に何度か記しておりますように(第51編、第53編を参照して下さい)、今年の4月、別府市長選挙が行われました。当時現職であった井上信幸氏が敗れ、浜田博氏が当選しました。浜田氏は、サテライト日田設置問題について見直しなどの方向性を示していました。実際、浜田氏は、折に触れて日田市との円満解決を明言しています。第53編においても取り上げましたように、8月29日、別府市と設置業者との話し合いが行われ、福岡市にある設置業者との間で協議が行われました。別府市議会の状況などを考えると、設置推進ではなく、設置の断念について協議がなされたはずです。

 そのため、控訴審の段階で問題そのものが解決され、訴訟が取り下げられる可能性も高くなっていました。ただ、問題はその時期です。

 11月10日、私は、9時15分大分駅発の特急ソニック14号に乗り、福岡へ行きました。途中、遠賀川駅を過ぎたあたりで朝日新聞社大分支局から電話が入りました。それは、9日に行われた衆議院議員選挙に関するコメントの件でした。博多駅に到着するまでやりとりをしていたのですが、その時にはサテライト日田問題のことが出ていません。

 博多駅で地下鉄に乗り換え、天神で降り、書店に寄ってから赤坂駅のほうに歩きました。そして、昼食をとりました。この時、朝日新聞大分支局から再び電話が入っていたのですが、マナーモードにしており、昼食をとっていた最中でしたので、電話があったことすら気付かなかったのです。

 12時頃、福岡高等裁判所に入りました。今日も傍聴整理券が配布されます。そこで並んでいたのですが、その時、読売新聞西部本社の高橋記者から情報を得たのでした。その内容は、別府市がサテライト日田設置断念を表明した、というものでした。正確に言えば、別府市が設置そのものをするのではなく、設置された場外車券売場で車券を販売したりするのですから、それの断念です。携帯電話の着信記録を確認したら、昼食時にかかってきた電話は朝日新聞大分支局の白石記者からだったので、こちらから連絡を取りました。やはり、同じ内容でした。

 とにかく、驚きました。よりによって控訴審の第2回口頭弁論が行われようとしているこの日に、そのようなことが発表されるとは思ってもいなかったのです。

 また、日田市は、午前中に臨時の日田市議会全員協議会を招集しました。その場では、別府市の設置断念表明を受け、訴え自体を取り下げることについて同意が求められたようです。実は、日田市と別府市の間(市長会談や実務者協議)で、9日、湯布院で協議が行われたとのことですが、そのようなことは議会も知らされていなかったようでした。

 しばらくして、日田市民の方々などを乗せたバス2台などが到着しました。既に福岡では雨が降り出しています。第1回口頭弁論が行われた6月23日も雨でしたが、そのようなことを思い出すような余裕がありません。サテライト博多設置反対運動に関わっておられる方々とも話をしました。少し後に、寺井弁護士、藤井弁護士、桑原弁護士が到着し、私は、藤井弁護士、桑原弁護士と話をしました。寺井弁護士は、11時に別府市から経済産業省(本省)に宛てて提出された文書を手にしていました。少し見せていただきましたが、内容は、サテライト日田が設置された場合には別府市が必ず車券販売などを行うという、2000年2月25日付で当時の通商産業省機械情報産業局車両課長に宛てられた別府市長名義の「確約書」を取り下げ(撤回)するというものです。

 ここまで来て、本当に別府市が車券販売などを断念するとなれば、サテライト日田を設置しても意味がありません。設置業者が車券を販売できる訳ではないからです(販売したら、自転車競技法に違反します)。また、日田市としても訴訟を続ける意味がありません(原告適格はともあれ、訴えの利益がなくなるからです)。そして、訴え全体を取り下げる意向であるということになるのです(控訴取り下げでは、大分地方裁判所の判決が確定してしまいます)。多くの論点が未解決のままになってしまいますが、これも仕方のないことです。

 それから、この不定期連載にも何度となく登場していただき、今年の夏の集中講義の際にお世話になった院生のT氏も来られました。傍聴整理券が配布されました。私は6番です。その時、おそらくは大分の民間放送局の取材班だと思うのですが、マナーの悪い輩がいて、列の横から入り込んで傍聴整理券を取っている若者がいたので、叱りつけました(放送局にはこんな傍若無人な連中ばかりがいるのでしょうか。そうではないですよね)。抽選にはならず、全員が傍聴できることになりました。

 前回と同じ、西棟5階の501号法廷に入ります。抽選がなかったというだけで、空席はほとんどありません。原告(控訴人)席には寺井弁護士、藤井弁護士、桑原弁護士、そして大石市長が着席します。被告(被控訴人)席に、代理人である福岡法務局の訴訟検事が着席したのは、かなり遅い時間でした。今回は2人だけです。

 口頭弁論の進め方は、あらかじめ、桑原弁護士からうかがっていました。まず、控訴人と被控訴人から、それぞれの準備書面が提出されます。それから、日田市側から訴えの取り下げが出されるのです。実際、その通りに進みました。双方から準備書面が出され、裁判長に対し、この準備書面の通りに陳述するということになります(実際に陳述したら相当の時間が必要となりますが、準備書面を提出する際に「この通りに陳述します」と言えばよい訳です)。

 ここで、いつもでしたら、日田市側が準備書面の内容について、傍聴人向けに解説を行うのですが、今回はそれが行われていません。代わりに、準備書面とは異なる陳述が、寺井弁護士からなされました。勿論、訴えの取り下げについてです。今日、別府市から、設置業者である溝江建設(これまではM建設などと記しましたが、今回は実名を出します)に対して、おそらくは口頭で通告がなされたこと、および、やはり別府市から、経済産業省に対して先の「確約書」の撤回の意思表示が文書によってなされたことが明らかにされました。そして、訴えの取り下げが出されたのです。

 もっとも、訴えの取り下げは、一方的にできるものではありません。民事訴訟法第261条がこの点を規定していますので、条文をあげておくこととしましょう。

 第1項:訴えは、判決が確定するまで、その全部又は一部を取り下げることができる。

 第2項:訴えの取下げは、相手方が本案について準備書面を提出し、弁論準備手続において申述をし、又は口頭弁論をした後にあっては、相手方の同意を得なければ、その効力を生じない。ただし、本訴の取下げがあった場合における反訴の取下げについては、この限りではない。

 第3項:訴えの取下げは、書面でしなければならない。ただし、口頭弁論、弁論準備手続又は和解の期日(以下この章において「口頭弁論等の期日」という。)においては、口頭ですることを妨げない。

 第4項:第二項本文の場合において、訴えの取下げが書面でされた時はその書面を、訴えの取下げが口頭弁論等の期日において口頭でされた時(相手方がその期日に出頭したときを除く。)はその期日の調書の謄本を相手方に送達しなければならない。

 第5項:訴えの取下げの書面の送達を受けた日から二週間以内に相手方が異議を述べないときは、訴えの取下げに同意したものとみなす。訴えの取下げが口頭弁論等の期日において口頭でされた場合において、相手方がその期日に出頭したときは訴えの取下げがあった日から、相手方がその期日に出頭しなかったときは前項の謄本の送達があった日から二週間以内に相手方が異議を述べないときも、同様とする。

 この訴訟は行政事件訴訟法によって行われてきたものですが、訴えの取り下げについては同法に規定がありません。第7条は「行政事件訴訟に関し、この法律に定めがない事項については、民事訴訟の例による」と定めておりますので、結局、民事訴訟法第261条に従うこととなる訳です。

 今回の場合、被告・被控訴人の同意が必要となります。上記の第2項に定められておりますように、口頭弁論をした後に訴えの取り下げがなされた場合には、被告・被控訴人の同意を得なければなりません。被告・被控訴人の代理人は福岡法務局の訴訟検事ですから、被告・被控訴人である経済産業大臣(実際には経済産業省の所轄部局)との協議が行われ、その結果次第ということになるでしょう。そして、今回は口頭弁論の期日に行われていますので、調書化が行われます。被告・被控訴人からは、取り下げの同意について「前向きに検討する」という趣旨の発言がなされました。

 その後、大石市長の発言がありました。訴えの取り下げと言いますが、実質的には勝訴判決を得たようなものです。そこで、弁論というよりは御礼というような内容となっていました。また、最終手続(設置許可の撤回または取消)については、今後、被告・被控訴人のほうで検討するということでした。

 今回は、おそらく、10分足らずで閉廷しています。13時45分には、弁護士会館で集会が行われているからです。

 さて、今回、日田市は訴えの取り下げを行った訳ですが、その効果はいかなるものなのでしょうか。やはり民事訴訟法の第262条が、この点を規定しています。

 第1項:訴訟は、訴えの取下げがあった部分については、初めから係属していなかったものとみなす。

 第2項:本案について終局判決があった後に訴えを取り下げた者は、同一の訴えを提起することができない。

 日田市は、訴えの全部を取り下げています。従って、法律上、この訴訟全体が最初からなかったことになります。今年の1月28日に大分地方裁判所で言い渡された判決も無効となり、存在しなかったことになります。そうなると、私自身が書いた判例解説〔月刊誌の法令解説資料総覧第256号(2003年5月号)120頁から122頁まで〕の意味もなくなる訳で、これには多少の抵抗感もあります。また、白藤博行先生、村上順先生、人見剛先生が書かれた鑑定書の意味もなくなる訳です。それだけではなく、これまで、日田市はこの訴訟に相当の費用をかけているはずですから、弁護士費用などはどうなるのかという疑問もあります(下世話な話かもしれませんが)。しかし、法律上、この訴訟自体がなかったことになると言っても、出費などが返ってくる訳ではありませんから、結局は無駄だったのではないか、という疑問の声が上がってきてもおかしくありません。実際、訴訟の最中にも、日田市と別府市は水面下で市長会談や実務者間協議を繰り返してきているのです。

 しかし、私は、訴え全部を取り下げてこの訴訟自体が(法律上)存在しなかったことになるとしても、訴訟が無駄だったとは思いません。むしろ、訴訟を続けたからこそこういう結果になったし、仮に市長会談や実務者協議を続けていても、訴訟がなければここまで動くことはなかったと考えています。井上市長時代には、日田市と別府市のスタンスがあまりにかけ離れていましたので、何度協議を繰り返しても意味がなかったのでした。4月の選挙で別府市長の交代があったことで、風向きは変わりました。それも、おそらくはこの訴訟が続いていたからでしょう(もう一つは、日田市対別府市訴訟で日田市が完全勝訴となったことがあげられます)。そればかりでなく、この訴訟は、福岡ドーム場外馬券売場構想などにも影響を与えました。法律上、訴訟そのものがなかったことになっても、社会的な影響などはかなり大きいものでした。傍聴席を日田市民の方々、日田市議会の方々などが埋めるというようなことがなければ、11月10日はなかったでしょう。このホームページの掲示板である「ひろば」にも記しましたように、訴え全体が取り下げられますと、第1審判決の存在も無意味なものとなりますが、ここまで訴訟を進めてきたからこそ、今回の結果が得られたものだと思われます。実に長い間の闘いでした。私も「ひろば」に記しましたし、T氏も記されていますが、何よりも、今回の主役は日田市であり、日田市民の皆さんです。私は、ここまでの長い努力に、心から敬意を表します。このために、逆に訴えの取り下げという結果につながったのです。

 実は、訴えの取り下げということでは、もう一つ、気になる点があります。時間的には前後しますが、13時45分からの集会、そして14時すぎからの記者会見が終わり、私は、T氏と福岡市営地下鉄赤坂駅付近の喫茶店に入り、今回の結果などについて話をしたのですが、その時に、T氏から、仮にこの訴訟が最初からなかったことになると、訴状、準備書面、大分地方裁判所判決などの記録は一体どうなるのだろうか、裁判所などで保管し、公開などがなされるのだろうか、という疑問が出されました。私も考え込みました。訴訟が最初からなかったことになるのに、訴訟の記録が残るということになるのでしょうか。しかし、実際には行われていますから、記録が一切廃棄されるというのもおかしいと思われます。いかなる扱い方になるのか、御教示を賜りたいものです。いずれにしても、我々が持っている記録(全てがコピーですが)は、非常に貴重なものになります。行政法学者として、いや、一国民として、大切に保存し、折に触れて読み返そうと思っています。第53編においても述べましたように、この問題は、元々は偶然で知ったとは言え、地方分権改革が進められる中での大問題となる可能性がありましたし、実際にその通りとなりました。自転車競技法を初め、地方自治に関する様々な論点を含み、提起しています。

 13時45分からの集会のことなどについて触れておきましょう。私たちが入った時には既に始まっていました。閉廷してから、私がT氏、桑原弁護士と、今回の手続のことについて話をしていたからです。

 まず、大石市長から、今日になって訴えの取り下げを明らかにしたことについて弁明がなされました。その次に、寺井弁護士からのあいさつがありました。この時点で、実質的な勝利集会になっています。寺井弁護士は、最高裁まで争うことも考えていたし、まちづくり権の問題などについて判断がなされることを期待していた、と述べました。しかし、日田市の訴訟の意義などを考慮して、取り下げることとしたということでした。そして、これまでの日田市民の闘いの意義を強調する内容が語られました。その後、日田市議会 の諫山洋介議長による挨拶(実質的には御礼でした)、武内会頭の挨拶(「感無量」、そして7年間の継続が語られました)が続きます。そして、藤井弁護士からは、今回の手続の説明がなされ、準備書面についても触れられました。最後に、桑原弁護士から、今回の感想と訴訟の意義について述べられました。

 会場では「日田市行政訴訟の取下げについて(弁護団声明)」と題する文書が配られました。「日田市行政訴訟弁護団」を構成する寺井一弘弁護士、中野麻美弁護士、藤井範弘弁護士、桑原育朗弁護士の連名によるもので、日付は2003年11月10日となっています。ここで全文を引用させていただきます(ほぼ原文のままです)。

 日田市は、平成13年3月19日、別府競輪場場外車券売場「サテライト日田」の設置を許可した国の行政処分は、憲法の定めた地方自治権にもとづく日田市の「まちづくり権」を真っ向から侵害するものとして、その取消と無効確認を求めて裁判所に提訴し、現在まで福岡高等裁判所において審理が継続されてきた。

 しかし、本日午前、別府市は、溝江建設株式会社に対して日田市において今後別府競輪の場外車券を発売しないことを通告するとともに、国(経済産業省)に対して「サテライト日田」の設置が承認されれば場外車券を発売すると確約した平成12年2月25日付書面の撤回を申入れるに至った。このことは、日田市あげて反対してきた「サテライト日田」の設置が断念されたことを意味するものであり、長年にわたる日田市民の真剣かつ粘り強い闘かいの勝利に他ならない。

 日田市と弁護団は、憲法を無視した国(経済産業省)の行政処分が違憲・違法なものであることを司法の場において明白に判断されることが何よりも重要であると考えてきたが、「サテライト日田」の設置が事実上実現されなくなった現状を踏まえ、本日、国を相手とした行政訴訟を取下げることとした。

 これまで本件訴訟を暖かく支援していただいた全国各地の市民、学者、マスコミ関係者の方々などに深く感謝の意を表するとともに、「まちづくり権」の確立をめざす運動が今後わが国の各地方自治体においてさらに大きく発展していくことを心から期待してやまないものである。

 集会が終わってから、記者会見が行われました。私とT氏も残り、聞きました。日田市長、弁護団が列席しています。そのやり取りを簡単に紹介します。

 まず、9日の日田市長と別府市長との会談ですが、この件は大石市長から説明がなされました。事務協議として日田市から7日に申し入れを行いました。それに対し、別府市が応じたことで、湯布院町(詳しい場所は明らかにされていません)において極秘で行われました。その時、別府市長から設置断念(先ほども記しましたが、正確には車券販売の断念)の意向が示されたとのことです。別府市では、忘れもしない2003年2月8日の市議会臨時会で、サテライト日田設置関連補正予算案が否決されました。2月1日の別府市議会観光経済委員会で可決された議案が、見事な逆転で否決されたのでした。その時から、環境が変わっていないというのです。実際、朝日新聞2003年11月11日付朝刊28面(大分)13版に掲載されている「場外車券場訴訟取り下げへ日田市長ら『市民の意思が実った』」という記事に、別府市の住民団体である「サテライト日田設置を強行する別府市長に腹が立つ会」の事務局長、森アツコ氏のコメントが掲載されており、その内容からも、サテライト日田設置に反対する声が別府市民の間にも根強いことがうかがわれます。それが、現市長の浜田氏の当選につながったのです。

 また、大石市長は、別府市と溝江建設が口頭でしかやり取りをしておらず、今回の断念についても申し入れがなされた、という説明をしました。おそらく、別府市長との会談で示されたことなのでしょう。しかし、この点を確認しようがないとは言え、何の文書も交わされていないというのは不思議です。あるいは、正式に別府市が車券販売を決定した段階で契約書のようなものでも交わそうとした、ということなのでしょうか。一方、別府市と経済産業省(設置許可当時は通商産業省)とのやり取りは書面でなされており、今回の確約書の撤回も書面でなされています。

 さらに、別府市と溝江建設との間のことで、今後予想される損害賠償請求などについては、日田市にはとくに何の説明もなかったとのことです。

 次に、寺井弁護士は、今回の訴訟について、憲法判断を求める気持ちは強かった、と述べました。私が記者側の席に座っていたためかもしれませんが、学界にも大きな影響を与えたという趣旨も述べられました。

 再び大石市長に記者側から質問がなされ、大石市長は、設置許可の取消(撤回)を求めること、自転車競技法の改正も求めることを表明しました。また、別府市との関係については、浜田市長の意向が観光都市としての共存であり、日田市としても思いは同じである、ということが述べられました。

 最後に、寺井弁護士から訴えの取り下げの説明がなされました。経済産業省側が同意しない可能性も「あることはある」が、実際上、可能性はほとんどないであろう、という見通しが示されました。また、同意については、一週間程度でなされるのではないか、とも言われています。ただ、11月18日現在、経済産業省側が訴えの取り下げに同意したという情報は得られておりません。

 記者会見終了直後、私も西日本新聞などからコメントなどを求められました。但し、新聞記事には登場しておりません。朝日新聞2003年11月11日付朝刊28面(大分)13版には私が登場しますが、これはサテライト日田関係ではなく、衆議院議員選挙関係のコメントです(ちなみに、顔写真は、私の希望により、2002年9月15日付朝刊32面(大分)10版に掲載されたものが使用されています)。

 以上で、11月10日の模様について報告を終えることとなります。この日に提出された準備書面の内容を扱うことができなかったのですが、これについては、補充的な記事を作成し、年内に第55編として掲載することといたします。


(初出:2003年11月19日)

アーカイヴ:サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題・第53編

 今から3年ほど前の2000年6月27日、日田市議会は日田市公営競技の場外券売場設置等による生活環境等の保全に関する条例案を可決しました。この条例は、即日公布・施行されています。この条例について大分合同新聞社からコメントを求められ、その一部分が同年7月2日付の朝刊に掲載されました。元々は偶然だったのですが、一種の職業的な勘というべきか、これは地方分権改革が進められる中での大問題となる可能性があると判断し、コメントを求められたはいいが条例を読まなければ話にならないということで、ファックスで送っていただき、目を通した上で意見を述べました。それが、この問題に私が取り組むようになったきっかけでした。

 その後、秋には、日田市と別府市との対立が激しくなりました。当時の別府市などの対応については、どちらの市にも居住していない私にも不満が残るものでした。当事者という意識がまるで感じられなかったからです。

 翌年には、日田市対別府市の裁判、そして日田市対経済産業大臣の裁判が始まりました。私は、よほどのことがない限り、大分地方裁判所に足を運びました。日田市対別府市の裁判のほうは、昨年の11月19日に日田市が勝訴し、この判決が確定しましたが、日田市対経済産業大臣の裁判のほうは、今年の1月28日に日田市敗訴の判決が出され、現在、福岡高等裁判所で控訴審が続けられています。

 このまま、日田市と別府市は、この問題についてお互いの主張を平行線に乗せたまま対立の道を進み続けるかと思われました。少なくとも、私はそのように考えていました。

 しかし、今年になってから、どうやら、風向きが変わったようです。この問題が解決されるかもしれないという期待感が膨らんでいるようです。

 きっかけは、今年(2003年)4月27日に行われた別府市長選挙でした。4氏が立候補する大乱戦になりましたが、当時の現職であった井上信幸氏以外は、サテライト日田計画推進について否定的あるいは懐疑的な意見を述べていました。選挙の結果、井上氏が落選し、浜田博氏が当選しました。既に第51編において紹介しているように、浜田氏は、サテライト日田問題を「円満」に解決したいという意向を示しています。5月2日に別府市役所にて行われた別府市長(浜田氏)と日田市長(大石昭忠氏)の会談において、浜田氏は、設置業者と話し合いを進める意向を明らかにしていました。

 その後、別府市側のほうではとくに表立った動きはなかったようでしたが、8月29日になって、別府市と設置業者との話し合いが行われたことが報じられました。

 私も知らなかったので驚いたのですが、毎日新聞2003年8月29日付朝刊19面(大分)に掲載された「サテライト日田問題 解決方針、理解された 設置業者との面会で別府市」という記事によると、別府市の大塚助役と担当課長が、福岡にある設置業者を訪問し、「円満解決」の方針について話し合いを行ったとのことです。このことは、28日に行われた別府市長の定例記者会見で明らかにされました。ただ、現在、日田市対経済産業大臣訴訟が続けられているので、今後も慎重に協議を進めていくとのことです。なお、浜田氏が市長に就任してから、別府市が設置業者と接触したのは、この時が初めてのことだったそうです。

 この「円満解決」は、具体的に何を意味するのでしょうか。常識的に考えれば、設置断念でしょう。設置を推進するのであれば、わざわざ別府市と設置業者が折衝する必要などない訳ですし、「円満解決」という言葉自体が相応しくありません。

 サテライト日田の場合、何度も記しておりますように、別府市自身が設置許可を受けているのではありません。設置業者が建物などを立て、別府市が賃借します。設置業者が車券を販売できる訳ではないからです。つまり、設置業者が場外車券売場を設置しても、車券を販売する別府市が賃借しなければ、場外車券売場の意味がないのです。おそらく、別府市は、設置業者の建物を賃借してサテライト日田で別府競輪などの車券を販売するということを断念する、という方針を伝えたのでしょう。これに対し、設置業者の側はどのように反応したのか、記事ではあまり明確にされていませんが、記者会見の席で大塚助役が「相手方もこちらの言うことに賛同してくれた。市の姿勢を理解してもらった、と考えている」と語ったそうです。もっとも、西日本新聞2003年8月30日付朝刊30面(大分)に掲載された「別府市と建設業者協議 サテライト日田 円満解決目指す」という記事によると、やはり大塚助役は、両者の間に具体的な話がなかったということを述べたそうです。

 また、西日本新聞の記事「別府市と建設業者協議 サテライト日田 円満解決目指す」によれば、7月の下旬に、別府市の担当職員が九州経済産業局を訪れています。記事には「同問題に関する意向も伝えた」としか記されていないので、具体的なことは不明です。しかし、状況からすれば、設置に向けて努力するという意向ではなかったでしょう。

 仮に、別府市がサテライト日田での車券販売計画を断念するということになれば、経済産業大臣は許可の撤回をなすことができます(この許可が違法だというのであれば取消で、適法だというのであれば撤回です。効力の性質が違ってきます)。しかし、いずれにしても、設置許可の効力が失われることになる可能性も出てきました。

 最近、公営競技の苦しい現状に関する記事が増えています。地方競馬でも、大分県中津市では既に廃止されていますが、本来ならば一般会計を潤すはずの特別会計が、一般会計からの持ち出しで支えられているという現状は、多くのところで見受けられます。私自身は、競輪も競馬も、公営競技の一切をやりませんし、宝くじもやりませんし、最近ではパチンコもやりませんので、よくわからないのですが、少なくとも大分大学では、男子学生でもギャンブルにはまっているような人はあまりいません。私の出身地である神奈川県でも公営カジノ構想がありますが、国や地方公共団体がこんなものをやりだそうということ自体、モラルが失われかけているような気がしてならないのです。実際、公営カジノ構想を表明している地方公共団体の内部をみると、東京都といい、別府市といい、宮崎県といい、静岡県といい、公共事業のやりすぎによる財政難など、あまりに色々な問題を抱えているような気がしてなりません。


(初出:2003年9月3日)

「ひろば 研究室別室」の移転について

   長らくgoo blogで続けてきましたが、あれこれと考えた結果、2025年8月7日より、はてなブログのほうで書いていくこととしました。何卒よろしくお願い申し上げます。  新しいアドレスは、次の通りです。   https://derkleineplatz8537.hatena...