2025年8月19日火曜日

国税としての「森林環境税」〔大東法学71号(2018年11月)113頁以下に掲載。但し、別ヴァージョン。〕

 1 はじめに

 2 「森林環境税」の創設に至るまでの過程

 3  「森林環境税」の概要と問題点

 4 「森林環境譲与税」の概要と問題点

 5 おわりに


 1 はじめに

 長らくの懸案であった、森林吸収源対策に係る財源確保の手段としての国税が、2019年度税制改正において導入される見通しとなった。

 2017年12月14日の「平成30年度税制改正大綱」(自由民主党および公明党。以下、平成30年度与党税制改正大綱)において、「パリ協定の枠組みの下におけるわが国の温室効果ガス排出削減目標の達成や災害防止を図るための地方財源を安定的に確保する観点から、次期通常国会における森林関連法令の見直しを踏まえ、平成31年度税制改正において、森林環境税(仮称)及び森林環境譲与税(仮称)を創設する」こととされ(1)、同月22日の「平成30年度税制改正の大綱」(閣議決定。以下、平成30年度政府税制改正大綱)においても確認されている(2)

 そして、2018年1月22日に召集された第196回国会(会期は同年7月22日まで)において、内閣提出法律案第38号として審議されてきた森林経営管理法が、同年5月25日に成立し、6月1日に法律第35号として公布された。施行は2019年4月1日である。これにより、「森林環境税」および「森林環境譲与税」(3)の導入に向けての準備が整えられたこととなる。

 上に述べたところから明らかであるように、「森林環境税」および「森林環境譲与税」は、本稿執筆時においてまだ法律案としてもまとめられていないものである。しかし、両者の基本的構造は、概要的なものにすぎないとは言え、平成30年度与党税制改正大綱および平成30年度政府税制改正大綱において示されている。これらによれば、「森林環境税」は国税であるが、市町村が個人住民税と併せて賦課徴収を行うこととされる。後に述べるように、既に37府県および横浜市が森林環境および水源環境の保全を目的とする個人住民税および法人住民税の超過課税を行っており、国税としての「森林環境税」と課税物件(課税客体)などを同じくする部分がある。したがって、「森林環境税」を導入するには既存の地方税との調整が必要とされるはずである。また、国税でありながら賦課徴収を地方公共団体が行い、収入額に相当する額を譲与税とする点においては地方特別法人税と共通する部分があり、地方税の一部を国税化する点においては地方法人特別税および地方法人税と共通する部分がある(4)。「森林環境税」および「森林環境譲与税」は、環境税としての意味はもとより、国と地方との税源配分、地方税制のあり方という観点から、重要な問題点を孕むものである。

 そのため、現段階において「森林環境税」および「森林環境譲与税」を概観し、問題点について検討することも無意味ではない。既に別稿において「森林環境税」について若干の検討を行ったが(5)、本稿においては「森林環境譲与税」を含め、前記の観点から検討を行う。


 2 「森林環境税」の創設に至るまでの過程 

 (1)先行する地方税

 「森林環境税」および「森林環境譲与税」の導入に至るまでの経過の起点を何処に置くかについては議論がありうるものと思われるが、国税という位置づけを念頭に置くならば、1997年12月11日に採択された「気候変動に関する国際連合枠組条約の京都議定書」(Kyoto Protocol to the United Nations Framework Convention on Climate Change)を起点と理解することができよう(6)。同議定書により、日本には、2008年から2012年までの第一約束期間における温室効果ガス排出量を1990年の排出量に比して6%削減するという義務が課された。

 日本政府が同議定書を受諾したのは2002年6月4日であるが、同年度には環境省から、「京都議定書の目標を達成するための国内制度の整備との関連を含め、地球温暖化対策としての環境税の具体化に向けて早急に検討」という要望が出され、その後も繰り返されている(7)。また、民主党・社会民主党・国民新党の連立政権が発足して間もない2009年12月22日の「平成22年度税制改正大綱〜納税者主権の確立に向けて〜」(閣議決定)においては、「地方公共団体は、地球温暖化対策について様々な分野で多くの事業を実施しています。このような地方の役割を踏まえ、地球温暖化対策のための税を検討する場合には、地方の財源を確保する仕組みが不可欠です」として「地方環境税の検討」が掲げられた(8)

 他方、森林吸収源対策に係る財源確保の手段としての租税への取り組みは、地方税が先行した。これは「地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律」(平成11年7月16日法律第87号)による地方税法の改正に伴い、法定外普通税および法定外目的税の施行について許可制(当時の自治大臣による)から国の同意を要する事前協議制へ移行したことが大きい(9)。早くも2000年5月には神奈川県が「水源環境税」の構想をまとめており(10)、2005年、神奈川県税条例附則に第39項が追加されて個人住民税所得割および均等割の超過課税としての「水源環境保全税」(通称)が導入された。構想こそ神奈川県が最も早かったが、実際の導入が最も早かったのは高知県であり、個人住民税均等割および法人住民税均等割の超過課税としての「森林環境税」(通称)は、2003年、高知県税条例付則に第33条が追加されることにより設けられた。以後、名称および内容に差異はあるが、2018年9月の時点において37府県および横浜市は、森林環境および水源環境の保全を目的に掲げ、個人住民税および法人住民税の均等割の超過課税を行っている(11)

 (2)社会保障・税一体改革以後の与党税制改正大綱

 2012年8月22日に法律第68号として公布された「社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための消費税法の一部を改正する等の法律」は、一般的には社会保障・税一体改革のために消費税および地方消費税の税率引き上げを定める法律として有名であるが、第7条において所得税制や法人税制などの抜本的改革のための検討課題を掲げている。同第1号ヲは消費課税に関わるものとして「森林吸収源対策(森林等による温室効果ガスの吸収作用の保全等のための対策をいう。)及び地方の地球温暖化対策に関する財源確保について検討する」と定める。

 同年12月26日の第二次安倍内閣発足以降も、地球温暖化対策のための財源としての国税の導入は検討課題とされてきた。2013年1月24日に取りまとめられた平成25年度与党税制改正大綱においては、次のように述べられている。

 「地球温暖化対策は、エネルギー起源CO2排出抑制対策と森林吸収源対策の両面から推進する必要がある。このうち、エネルギー起源CO2排出抑制のための諸施策を実施する観点から、地球温暖化対策のための石油石炭税の税率の特例措置が講じられている。

 一方、森林吸収源対策については、国土保全や地球温暖化防止に大きく貢献する森林・林業を国家戦略として位置づけ、CO2吸収源対策として造林・間伐などの森林整備を推進することが必要である。 このため、『社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための消費税法の一部を改正する等の法律』第7条の規定に基づき、森林吸収対策及び地方の地球温暖化対策に関する財源の確保について早急に総合的な検討を行う。」(12)

 2013年12月12日に取りまとめられた平成26年度与党税制改正大綱においては、次のように述べられている。

 「わが国は、本年11月に開催された気候変動枠組条約第19回締約国会議(COP19)において、2020年の温室効果ガス削減目標を、2005年比で3.8%減とすることを表明した。この目標を確実に達成するためには、排出抑制対策と森林吸収源対策の両面から、多様な政策への取組みを推進していかなければならない。 こうした中、地球温暖化対策のための石油石炭税の税率の特例措置を講じているが、この税収はエネルギー起源CO2排出抑制のための諸施策の実施のための財源として活用することとなっている。 一方、森林吸収源対策については、国土保全や地球温暖化防止に大きく貢献する森林・林業を国家戦略として位置付け、造林・間伐などの森林整備を推進することが必要であるが、安定的な財源が確保されていない。このため、税制抜本改革法第7条の規定に基づき、森林吸収源対策及び地方の地球温暖化対策に関する財源の確保について、財政面での対応、森林整備等に要する費用を国民全体で負担する措置等、新たな仕組みについて専門の検討チームを設置し早急に総合的な検討を行う。」(13)

 これを受けて、自由民主党に「森林吸収源対策等に関する財源確保についての新たな仕組みの専門検討プロジェクトチーム」が設置され、検討が進められた(14)

 2014年12月30日に取りまとめられた平成27年度与党税制改正大綱においては「森林吸収源対策及び地方の地球温暖化対策に関する財源の確保について、財政面での対応、森林整備等に要する費用を国民全体で負担する措置等、新たな仕組みの導入に関し、森林整備等に係る受益と負担との関係に配意しつつ、COP21に向けた2020年以降の温室効果ガス削減目標の設定までに具体的な姿について結論を得る」とされた(15)

 風向きに変化が現れてきたと言いうるのは、2015年12月16日に取りまとめられた平成28年度与党税制改正大綱であり、次のように述べられている。

 「森林整備や木材利用を推進することは、地球温暖化防止のみならず、国土の保全や地方創生、快適な生活環境の創出などにつながり、その効果は広く国民一人一人が恩恵を受けるものである。しかしながら、森林現場には、森林所有者の特定困難や境界の不明、担い手の不足といった、林業・山村の疲弊により長年にわたり積み重ねられてきた根本的な課題があり、こうした課題を克服する必要がある。 このため、森林整備等に関する市町村の役割の強化や、地域の森林・林業を支える人材の育成確保策について必要な施策を講じた上で、市町村が主体となった森林・林業施策を推進することとし、これに必要な財源として、都市・地方を通じて国民に等しく負担を求め、市町村による継続的かつ安定的な森林整備等の財源に充てる税制(森林環境税(仮称))等の新たな仕組みを検討する。その時期については、適切に判断する。」(16)

 平成28年度与党税制改正大綱においては「森林環境税」という名称およびその役割が少しばかり示されてきたが、より具体的な形が与えられたのは2016年12月8日に取りまとめられた平成29年度与党税制改正大綱においてである。

 平成29年度与党税制改正大綱は、まず「森林吸収源対策」として「2020年度及び2020年以降の温室効果ガス削減目標の達成に向けて、森林吸収源対策及び地方の地球温暖化対策に関する安定的な財源の確保」のための措置を講ずると述べる(17)。明言はされていないものの、2015年12月12日に第21回気候変動枠組条約締約国会議(COP21)で採択されたパリ協定(Paris Agreement)を、日本政府が2016年11月8日に受諾したことを受けたものであろう。同大綱は、続いて「森林整備や木材利用を推進することは、地球温暖化防止のみならず、国土の保全や地方創生、快適な生活環境の創出などにつながり、その効果は広く国民一人一人が恩恵を受けるものである」が「森林現場には、森林所有者の特定困難や境界の不明、担い手の不足といった、林業・山村の疲弊により長年にわたり積み重ねられてきた根本的な課題」への「対策に当たっては、森林現場に近く所有者に最も身近な存在である市町村の果たす役割が重要となる」と指摘し、「市町村から所有者に対する間伐への取組要請などの働きかけの強化」、「所有者の権利行使の制限等の一定の要件の下で、所有者負担を軽減した形で市町村自らが間伐等を実施」、「要間伐森林制度を拡充し、所有者が不明の場合等においても市町村が間伐を代行」、「寄附の受入れによる公的な管理の強化」および「地域における民間の林業技術者の活用等による市町村の体制支援」の5点について具体的な施策を進めることを打ち出す(18)。そして、これらの施策のための財源が「森林環境税」であり、「個人住民税均等割の枠組みの活用を含め都市・地方を通じて国民に等しく負担を求めることを基本とする森林環境税(仮称)の創設に向けて、地方公共団体の意見も踏まえながら、具体的な仕組み等について総合的に検討し、平成30年度税制改正において結論を得る」こととされた(19)

 「森林環境税」の導入(の検討)は、平成29年度税制改正に対する農林水産省、環境省および林野庁からの要望として出されていた。また、2016年10月19日に開かれた自由民主党「予算・税制に関する政策懇談会」において、全国町村会副会長の更谷慈禧氏(十津川村長、奈良県町村会長)が森林環境税の早期導入を求めている(20)

 しかし、「森林環境税」について「個人住民税均等割の枠組みの活用」が軸になるとすれば、先行する地方税(超過課税)と課税要件(課税主体を除く)を同じくすることとなり、一種の二重課税となるばかりでなく、課税自主権の侵害を意味することとなりかねない。地方財政審議会は「森林整備等に関する市町村の役割の強化等の施策が講じられること」を求めた上で、「税制等の新たな仕組みを検討する際には、国・都道府県・市町村の森林整備等に係る役割分担等について、一部の地方自治体が独自に実施している超過課税との関係にも留意しつつ、整理するとともに、国民負担のあり方などについて、地方自治体からの意見等も踏まえ、幅広く丁寧な検討が必要である」と述べている(21)。全国知事会も「これまで森林整備等に都道府県が積極的に関わってきていることについての対応、都道府県を中心として独自に課税している森林環境税等との関係については示されておらず、また、税収を全額地方税財源とすること等の具体の制度設計についても触れられていない」と批判し、「税収は全額地方の税財源となるよう制度設計するとともに、都道府県の役割や都道府県を中心として独自に課税している森林環境税等との関係について、しっかりと調整する」ことを要求している(22)。また、全国市長会は「恒久財源の確保は必要不可欠」としながらも「国民に等しく負担を求める以上、新たな仕組みの導入に際しては、国・都道府県・市町村の役割分担をしっかり整理したうえで、我々都市自治体の意見を十分に踏まえていただきたい」と主張している(23)

 (3)「森林吸収源対策税制に関する検討会」

 平成29年度与党税制改正大綱の提言を受ける形で、2017年4月に「森林吸収源対策税制に関する検討会」が、総務省の地方財政審議会に設置された。同検討会は11月21日「森林吸収源対策税制に関する検討会―報告書―」(以下、「報告書」)を取りまとめた。

 「報告書」は、「森林整備等による効果は、地球温暖化防止、災害防止・国土保全、水源涵養等、国民に広く及ぶものであるため、森林整備等のために必要な費用を、国民一人一人が広く等しく分かち合って負担して、国民皆で協力し合い、我が国の森林を支える仕組みとして森林環境税(仮称)を創設することが適当である」とする。その上で、「国民に広く等しく税負担を求めることとした場合、得られた税収は、市町村による森林整備等のために必要な財源に充てるために、税を負担する住民の所在する区域を越えて、森林整備等を行う市町村に適切に帰属させる必要がある」が「地方税は、地方団体が自らの行政を行うために必要な経費を賄うものであり、それぞれの市町村が条例に基づく課税権を行使して得た税収を、他の市町村の行政経費に充てることを目的として制度的に移転させることはできない」ために、「森林環境税」を地方税ではなく、国税とすべきである旨を述べる(24)。他方、「報告書」は、「国(税務署)が、個人住民税均等割と同様に、所得税の課税最低限を下回る所得の者も含め、広く課税をしようとした場合、国(税務署)は、現在収集していない所得情報について、納税者に提出を求めるか、市町村に情報共有を求めた上で、納税義務者を確定し、現在所得税を課されていない約900 万人から新たに税を徴収する必要が生じ、納税者及び税務当局の双方に相当な追加的事務負担を発生させることとなるため、現実的ではない」として、「森林環境税」を「個人の市町村民税と併せて賦課徴収することが適当である」とする(25)

 また、「森林環境譲与税」については、「森林環境税」の「収入額の全額に相当する額を、地方団体に対して譲与することが適当であ」り、「新たな森林管理システムが導入されることを契機として、森林が所在する市町村が森林現場においてそれぞれの地域におけるニーズに対応するために行う森林整備に関する施策及びその施策を担う人材の育成・確保に関する費用等に充てられるべき」であるとされる(26)。さらに、「納税義務者の立場に立てば、納税先の団体と、税収を財源として事業を実施する団体が一致しないこととなるため、譲与を受けた地方団体としては、通常の予算・決算の場合のような自らの団体の住民に対する説明責任だけでなく、他の地方団体の住民に対しても一定の説明責任を果たすことが求められる」から「当該説明責任を果たすため、森林環境譲与税(仮称)の譲与を受ける地方団体に対して、使途をインターネットの利用等の方法により公表することを義務づけることが適当である」とされる(27)

 総じて、「報告書」は平成29年度与党税制改正大綱における提言の趣旨に沿ったものであり、その趣旨を若干深めた程度であるに過ぎない。「森林環境譲与税」の譲与基準については具体的な方針などが示されていないと評価しうる。

 なお、「報告書」は「森林環境税」および「森林環境譲与税」の導入に際しての課題(問題点)もあげているが、これについては後に取り上げることとする。


 3 「森林環境税」の概要と問題点

 (1)「森林環境税」の性質

 既に述べたように、「森林環境税」は平成31年度税制改正において新設されるものであるが、平成30年度与党税制改正大綱および平成30年度政府税制改正大綱において基本的構造が示されている。

 「森林環境税」は「市町村が実施する森林整備等に必要な財源に充てるため」の国税であり、「都市・地方を通じて、国民一人一人が等しく負担を分かち合って、国民皆で、温室効果ガス吸収源等としての重要な役割を担う森林を支える仕組み」である(28)。この表現からは「森林環境税」が目的税であるとも読み取りうるが、両大綱においては明示されていないため、新たに制定されると思われる法律にいかなる定義がなされるかにもよるものと思われる。

 目的税は、特定の経費のために課する租税であって、その租税を規律する法律自体が支出目的(経費)を規定するものをいう(29)。これに対し、その租税を規律する法律自体ではなく、他の法律により支出目的(経費)が特定される場合を特定財源という(30)。両者にはこのような概念上の相違があるものの、租税による収入の支出目的(経費)が何らかの形において特定されていることには変わりがないため、「森林環境税」は少なくとも特定財源として位置づけられていると理解することができる(31)

 なお、現段階において「森林環境税」の収入額に相当する額は「森林環境譲与税」として全て市町村および都道府県に対して譲与されることとなっている。しかし、このことと普通税・目的税の区別は無関係である。例えば、地方法人特別税の収入額に相当する額は地方法人特別譲与税として都道府県に交付されるが(地方法人特別税等に関する暫定措置法第32条)、支出目的が特定されていないために普通税と位置づけられる。また、地方法人税の場合、地方法人税法第1条が「地方交付税の財源を確保するための地方法人税」と明定しているが(地方交付税法第6条も参照)、使途を特定の経費に充てることが予定されているとまでは言えないので、やはり普通税と位置づけられている(32)

 (2)「森林環境税」の課税主体と賦課徴収事務

 課税主体は国であるが、実際の賦課徴収事務は市町村が行うこととされる。すなわち、市町村は、市町村個人住民税および道府県個人住民税と併せて「森林環境税」の賦課徴収を行う(地方税法第41条および同第319条第2項も参照)。一方、市町村は「森林環境税」として「納付又は納入」された額を「都道府県を経由して国の交付税及び譲与税配付金特別会計に払い込むことと」される。

 その他、現段階において詳細は示されていないが、「森林環境税」については「個人住民税に準じて非課税の範囲、減免、納付・納入、罰則等に関する所要の措置」が講じられることとなっている(33)従って、「森林環境税」に関する新法律には、地方税法第24条の5(道府県個人住民税の非課税の範囲)、同第38条(道府県個人住民税均等割の標準税率)、同第45条(道府県個人住民税の減免等)、同第295条(市町村個人住民税の非課税の範囲)、同第310条(市町村個人住民税均等割の標準税率)、同第296条(市町村個人住民税均等割の税率の軽減)、同第312条(市町村個人住民税均等割の税率)などにならった規定が置かれなければならないこととなる34)

 なお、「森林環境税」の賦課徴収は2024年度より行われることとされる。

 (3)「森林環境税」の納税義務者および税率

 納税義務者は、国内に住所を有する個人とされる。また、税率は年額1,000円である(35)

 この税率の根拠につき、衆議院総務委員会において丸山穂高議員が質したのに対し、内藤尚志政府参考人(総務省自治税務局長)は、に対する答弁において「森林環境税の税収規模を検討するに当たりまして、パリ協定の枠組みのもとにおける我が国の温室効果ガス排出削減目標を達成するために必要な森林整備やその促進に要する費用等につきまして、林野庁から600億円程度との試算が示されている」、「森林環境税につきましては、個人住民税均等割の枠組みを活用することといたしまして、その納税義務者数は6,000万人強と見込んでいる」、「これらの必要な財源、あるいは国民の負担感等を総合的に勘案し、年額1,000円とした」と述べている(36)

 (4)「森林環境税」の位置づけおよび問題点

 概要は以上の通りとなるが、「森林環境税」は純然たる新税ではない。

 個人住民税均等割への上乗せ課税は「東日本大震災からの復興に関し地方公共団体が実施する防災のための施策に必要な財源の確保に係る地方税の臨時特例に関する法律」(平成23年法律第118号)により、まさに個人住民税均等割の標準税率の特例(以下、標準税率特例)として実施されてきたところである。すなわち、同法の第2条第1項は「平成26年度から平成35年度までの各年度分の個人の道府県民税に限り、均等割の標準税率は、地方税法第38条の規定にかかわらず、同条に規定する額に500円を加算した額とする」、同第2項は「平成26年度から平成35年度までの各年度分の個人の市町村民税に限り、均等割の標準税率は、地方税法第310条の規定にかかわらず、同条に規定する額に500円を加算した額とする」と定める。道府県個人住民税均等割への加算額と市町村個人住民税均等割への加算額を合計すると1000円となる訳である。

 「森林環境税」は、2023年度に終了する標準税率特例に続く形で2024年度より導入されるものである。自由民主党税制調査会長の宮沢洋一氏は、「森林環境税」が「個人住民税と一緒に平成36年から年間1,000円を賦課徴収する。防災対策に必要な財源確保のための年間1,000円の均等割課税が35年で終わり、これに替わるかたちで徴収するものである」と明言する(37)。その上で、宮沢氏は「森林の少ない都市部の人は割に合わないと思われるかもしれないが、森林が整備されれば、川が安定し、海に滋養分が流れ、魚などの生物に良い影響を与え、巡りめぐって恩恵を受けることとなる」と主張する(38)。 標準税率特例の後継ということで、部分的であるとは言え「森林環境税」は道府県個人住民税均等割および市町村個人住民税均等割の代替となる税目であり、地方法人特別税および地方法人税に続く税源の「逆移譲」に該当する(39)。これが第一の問題点であり、第196回国会においても疑義が出された。

 衆議院総務委員会において、務台俊介議員は「現在は、どうしても税を入れると偏在という事実があるものですから、地方税ではなく国税として入れてこれを地方に分ける、そんなやり方が最近一般化しているというふうに思」うと質した。これに対し、内藤政府参考人は、内藤政府参考人は「地方の行政サービスをできる限り地方税で賄うことができますよう地方税の充実確保を図ることは大変重要だと考えて」おり、「その際には、税源には偏在性があること、地方団体間の財政力格差の動向などにも配慮していく必要があると考え」るが、「地方税による対応のみでは、税源偏在という課題に対しましては一定の限界があることも事実で」あり、「地方税を充実していくこととあわせて、補完的に、偏在を是正するという観点から、地方譲与税や地方交付税の原資とするために、国税として地方法人特別税や地方法人税の仕組みも取り入れてきた」と答弁している(40)

 しかし、森林環境譲与税が先行して施行されるとはいえ、また、税源の偏在の是正という観点が込められることにやむをえない部分があるとはいえ、「森林環境税」を国税と位置づけることは、地方分権、地方税財源の確保(ないし拡充)という要請に反することになりかねない。片山虎之助議員も、参議院総務委員会において「税源の偏在が直らない。直らないでどうやるかというと、それを、今地方税のものを国税にして分け直す」ということが「だんだん拡大していって」おり、「そういう制度は地方税制にとって私は問題だと思う」、「とにかく均等、均等、偏在是正ということで国税にして、地方税を、それを分け直すというのは、(中略)地方自治のためにいいのかどうなのか」と質した。これに対し、野田聖子総務大臣は、「やっぱり地方が自立して自在に自分のお金を使うということで今後の地方の再活性化というのはあると思」うと答弁したが、「総務省の中での勉強会では、そういうことを踏まえて、今後の地方の在り方、地方税の在り方については今から議論して、いい答えが出せれるよう取り組んでいきたい」と続けたに過ぎない(41)。税源の「逆移譲」が直ちに違憲であるという訳ではないが、権限配分の観点からも妥当でないものと評価せざるをえない。地方税財源の確保(ないし拡充)とは矛盾する部分もあるが、地方税制度に税源の偏在という問題が伴うのは必然的である。偏在の是正を重視するのであれば、地方税制度および地方交付税制度の抜本的な改革を行うしかない。

 第二の問題点として、「森林環境税」が個人住民税均等割と(課税主体を除く)課税要件を同じくすることがあげられる。すなわち、前述のように37府県および横浜市において実施されている超過課税とも納税義務者および税率が同じであるから、住民にとっては二重課税ということにもなりかねない。また、いずれの都道府県、市町村に対しても国による課税自主権の侵害につながりかねない。いずれにせよ、標準税率特例が終了する2023年度までに、37府県および横浜市における超過課税と「森林環境税」との調整が行われる必要があると考えるべきであろう。

 もっとも、この点につき、政府・与党においては早急な調整などを不要と考えているようである。野田総務大臣は、衆議院総務委員会における長尾秀樹議員の質疑に対する答弁において、「国の森林環境税は、農林水産省が今国会に提出する予定の森林経営管理法案を踏まえて、主に市町村が行う森林の公的な管理等の財源として創設するもので」あり、「府県等が行う超過課税は、その税額や使途もさまざまでありまして、両者の使途が重複する可能性もありますが、国の森林環境税は平成36年度から課税することとしており、それまでの間に、全ての超過課税の期限や見直し時期が到来するため、関係府県等において必要に応じて超過課税の取扱いを検討していただけるものだと考えてい」る、「総務省としては、森林環境税との関係の整理が円滑に進むよう、林野庁とも連携しながら、関係府県等の相談に応じて助言を行ってまいりたい」と述べた(42)

 37府県および横浜市が行っている超過課税は、いずれも最長で2022年度までの期間限定であり、または同年度までに見直しの時期を迎える(43)。「森林環境税」および「森林環境譲与税」に関する新法律が制定されることにより、現行の超過課税はいずれも2022年度までに廃止されるのではないかと予想される。そして、国税としての「森林環境税」と目的を同じくする個人住民税均等割(および所得割)の超過課税を地方公共団体が独自に行うことは許容されなくなる可能性が高い。また、法人は国税としての「森林環境税」の納税義務者に含められていないので、34県(44)および横浜市において行われている法人住民税均等割への超過課税についても、新法律の制定以後は許容されなくなる可能性が高いであろう。但し、これは新法律の内容次第であるとも考えられる。

 第三の問題点として、標準税率特例の終了後に「森林環境税」の賦課徴収を実施することの是非があげられる。「森林環境税」が個人住民税均等割の仕組みを利用した理由としては課税技術上の問題などもあるが、最大のものは納税義務者にとって負担額に変化がないことであろう。しかし、標準税率特例と「森林環境税」とは課税の根拠および理由、さらに使途が全く異なる。また、標準税率特例が時限的措置であるのに対し、「森林環境税」は永久税として位置づけられる。負担額が同じであるという理由によって、このように旧税とは全く性格が異なる新税を導入することが妥当であるかが問われなければならない。

 第四の問題点として、租税法律主義との関係があげられる。前述のように、平成30年度与党税制改正大綱は「森林環境税」について「個人住民税に準じて非課税の範囲、減免、納付・納入、罰則等に関する所要の措置を講ずる」としているので、新法律には、地方税法にならった規定が置かれなければならないはずである。「報告書」も「森林環境税」については「全国的に統一的な取扱いをすることが基本であり、同時に、租税法律主義の下で、法律によりその課税要件を規定することが原則である。(中略)市町村長に地方税の場合と同様の広い裁量を認めることはできないと解すべきである」と明言する(45)

 しかし、賦課徴収の事務を市町村が担当することからすれば、「非課税の範囲」や「減免」などについて法律によって(市町村長の裁量が認められない程に)厳格に定めることは、実際上の困難を生ずるのではなかろうか。むしろ、新法律の規定により、「非課税の範囲」や「減免」について市町村条例に委任する規定が置かれることもありうるであろう。勿論、その場合には委任の個別性・具体性が求められることとなる。「報告書」が「課税時点における個々の納税義務者の担税力の有無」をあげた上で、「国税としての規律が担保され、その必要性と合理性が認められる範囲内において」として「非課税限度額の設定において、国が定める生活保護の級地区分の基準に従い、地域別の取扱いにすること」、および「納税義務者の具体的な事情を最もよく把握している市町村長が、個々の納税義務者の実際上の負担能力の程度を判定して森林環境税(仮称)の減免を行う仕組み」を「認める余地はあると考えられる」と述べている(46)のも、新法律における市町村条例への委任を或る程度は認容しうるという考え方に立つものと理解してよいと考えられる(47)


 4 「森林環境譲与税」の概要と問題点

 「森林環境譲与税」は、市町村から国に払い込まれた森林環境税の収入額に相当する額を市町村および都道府県に対して譲与するものである。譲与額の割合は〈表1〉に示す通りである。

 

 〈表1〉森林環境譲与税の譲与額の割合

    期間      市町村  都道府県

 2019年度〜2024年度  80%    20%

 2025年度〜2028年度  85%    15%

 2029年度〜2032年度  88%    12%

 2033年度〜       90%    10%

 出典:平成30年度政府税制改正大綱29頁を基に、筆者が作成。

 

 市町村に譲与されるべき額は、その50%が私有林人工林面積により、20%が林業就業者数により、30%が人口で按分される。都道府県についても同様である

  「森林環境譲与税」については使途が定められることとなっている。すなわち、市町村に対しては「間伐や人材育成・担い手の確保、木材利用の促進や普及啓発等の整備及びその促進に関する費用に充て」ること、都道府県に対しては「森林整備を実施すること市町村の支援等に関する費用に充て」ることが義務付けられる48)。また、使途の公表等が市町村および都道府県に対して義務付けられることとなっている。

 ここで「森林環境譲与税」についての第一の問題となるのが施行期日である。

  「森林環境税」は2024年度から賦課徴収が行われることとされているのに対し、「森林環境譲与税」は2019年度から市町村および都道府県に対して譲与されることとされている。すなわち、「森林環境譲与税」は5年度分について「森林環境税」に先行することとなっている。このため、経過措置として、「森林環境譲与税」は地方交付税および譲与税配付金特別会計における借入金をもって充てることとなる。従って、2019年度から2023年度まで、「森林環境譲与税」は、その名称にもかかわらず、厳密には譲与税としての性格を持たないこととなる。また、例えば借入金の財源、償還の確実性など、財政規律の観点から疑問視されうる。これを第二の問題と捉えることが許されるであろう。

 2019年度より2023年度までの各年度における借入金および譲与額は〈表2〉に示す通りである。


 〈表2〉「森林環境譲与税」に係る2019年度より2023年度までの各年度における借入金および譲与額各年度譲与額の割合

     期間         借入金の額および譲与額

 2019 年度から2021 年度まで     200 億円

 2022年度および2023年度        300 億円

 出典:〈表1〉に同じ。なお、「借入金の額および譲与額」には、別途、当該年度における利子の支払いに要する費用等に相当する額が加算される。


 経過措置の期間が終了し、2024年度より「森林環境税」の賦課徴収が始められると、「森林環境税」の収入額より借入金の償還金および利子の支払いに要する費用等に相当する額を控除した額に相当する額が「森林環境譲与税」となる。但し、2024年には償還が行われない。2025年度より2032年度までの各年度における借入金の償還額は〈表3〉に示す通りである。


 〈表3〉「森林環境譲与税」に係る2025年度より2032年度までの各年度における借入金および譲与額各年度譲与額の割合

     期間           償還額

 2025年度から2028年度まで     200 億円

 2029年度から2032年度まで     100 億円

 出典:〈表1〉に同じ。なお、「償還額」には、別途、2019年度から2023年度までの利子の支払いに要した費用等に相当する額が加算される。

 

 続いて、第三の問題として使途の公表をあげておこう。

 前述のように、「森林環境税」は少なくとも特定財源と位置づけられていると考えられる。しかし、特定財源(または目的税)という位置づけが与えられ、「森林環境譲与税」として地方公共団体に譲与されたからといって「本当に森林環境の改善につながるのか何の保証もない」、「『道路特定財源』のように、使い道を限定した特定財源はこれまでも無駄遣いの温床として問題となってい」るという指摘もなされており(49)、「森林環境税」が真に「市町村が実施する森林整備等に必要な財源に充てるため」のものであり、「都市・地方を通じて、国民一人一人が等しく負担を分かち合って、国民皆で、温室効果ガス吸収源等としての重要な役割を担う森林を支える仕組み」という表現に相応しいものであるか否かを確かめるためには、使途の公表を義務付けることは必要である(50)

 このことから、市町村および都道府県に公表を義務づけるとしたことは妥当である(51)。しかし、森林経営管理法の所管省庁である林野庁を初めとして、国は全く公表の義務を負わなくてよいのであろうか。国は譲与する側であって実際に譲与税を森林整備のために支出する側ではないものの、使途などについて公表する義務を負うべきではなかろうか。また、市町村および都道府県が個別に公表するだけでは、国民にとって使途を十分にチェックすることが難しいものと思われるので、国が取りまとめた上で全国的な状況として公表することが望ましいと考えられる。


  5 おわりに

 例年通りであれば2018年12月中旬に平成31年度与党税制改正大綱が、同月下旬に平成31年度政府税制改正大綱が取りまとめられ、公表されるであろう。そして、これらにおいて最終的に「森林環境税」および「森林環境譲与税」の形が示されることとなる。

 もっとも、多少は内容が深められることがあるにせよ、基本構造が改変されることはないものと考えられる。その場合には、本稿において論じた問題点が残る。

 いずれにせよ、「森林環境税」および「森林環境譲与税」を定める新法律の内容がいかなるものとなるのか、注意を向ける必要がある。

 また、繰り返しになるが、「森林環境税」は、地方法人特別税および地方法人税に続く税源の「逆移譲」の例となる(52)。いずれも地方公共団体間における税源の偏在が理由とされるものであるが、偏在の是正を強調するのであれば、地方税制度は縮小に向かわざるをえなくなる。既に人口縮小期に入っている日本の将来を見据え、根本的な税源再配分を行うべき時期が到来しているとも言いうる。また、地方分権という理念の再検討も必要とされるべき段階に入っている、と考えるべきであるのかもしれない。


 (1)平成30年度与党税制改正大綱2頁。なお、以下において、自由民主党および公明党による各年度の「税制改正大綱」については平成●●年度与党税制改正大綱と記す。また、本稿においては、紀年法につき、各年度の与党税制改正大綱および政府税制改正大綱の略記、法律の公布年月日ならびに引用文を除いて西暦で記すこととする。

 (2)平成30年度政府税制改正大綱27頁。なお、以下において、閣議決定による各年度の「税制改正の大綱」については平成●●年度政府税制改正大綱と記す。

 (3)平成30年度与党税制改正大綱からの引用文において明らかであるように、「森林環境税」、「森林環境譲与税」のいずれも仮称である。以下においては「 」付きで示し、必要に応じて「国税としての『森林環境税』」、「『森林環境税』(国税)」などと記す。

 (4)拙稿「税源の偏在と地域間格差〜地方法人税法(平成26年3月31日法律第11号)〜」自治総研434号(2014年)77頁、88頁を参照。

 (5)拙稿「地方税法及び航空機燃料譲与税法の一部を改正する法律(平成29年3月31日法律第2号)」下山憲治編『地方自治関連立法動向第5集』(2018年、地方自治総合研究所)204頁。なお、本稿は拙稿「地方税法等の一部を改正する法律(平成30年3月31日法律第3号)」自治総研478号(2018年)33頁の延長上にあることを記しておく。

 (6)地方財務協会編集『平成30年改正地方税制詳解(月刊「地方税」別冊)』(地方財務協会、2018年)321頁、山本洸大「森林環境税(仮称)及び森林環境贈与税(仮称)の創設について」地方税69巻7号(2018年)79頁も参照。

 (7)「平成14年度環境省税制改正要望の概要」(https://www.env.go.jp/guide/budget/ h14/h14juten/p14.html)、「平成15年度環境省税制改正要望の概要」(https://www. env.go.jp/guide/budget/h15/h15juten-1/ref_02.html)など。

 (8)「平成22年度税制改正大綱〜納税者主権の確立に向けて〜」(閣議決定)23頁。諸富徹「地方環境税論議の現状と課題」日本都市センター編『環境税制・消費税制と都市自治体』(日本都市センター、2011年)6頁も参照。

 (9)地方財務協会編集・前掲注(6)323頁は「森林整備及び森林吸収源対策に係る財源確保について国での検討が進展してきた背景には、森林が所在する地方団体を中心として、森林を守るための地方の財源確保に向けた動きがあった」と述べ、1992年度に結成された「森林交付税創設促進同盟」、ならびにその後身となる「全国森林環境税創設促進連盟」および「全国森林環境税創設促進議員連盟」の存在を指摘する。なお、拙稿「地方目的税の法的課題」『地方税の法的課題(日税研論集46号)』(日本税務研究センター、2001年)310頁も参照。

 (10)髙井正『地方独自課税の理論と現実神奈川・水源環境税を事例に』(日本経済評論社、2013年)3頁。神奈川県の「水源環境保全税」については、同書が最も詳細な研究成果である。なお、礒崎初仁『知事と権力神奈川から拓く自治体政権の可能性』(東信堂、2017年)49頁、131頁も参照。

 (11)地方税務研究会編『地方税関係資料ハンドブック(平成30年)』(地方財務協会、2018年)210頁。小松穣「高知県の森林環境税についてその役割と意義」日本地方財政学会編『持続可能な社会と地方財政』(勁草書房、2006年)、藤田香「税制のグリーン化と地方環境税兵庫県緑税を素材として」日本都市センター編・前掲注(8)23頁、黒部哲哉「横浜みどり税の概要と制定経過について」日本都市センター編・前掲注(8)38頁、遠藤真弘「森林環境税これまでの経緯と創設に向けた論点 調査と情報875号(2015年)、「平成28年度東京都税制調査会第1回小委員会〔環境税制に関する資料〕(平成28年6月3日)」28頁、総務省自治税務局「森林環境税(仮称)の検討状況について(平成2910月)」も参照。このような課税を行っていないのは、北海道、青森県、埼玉県、東京都、千葉県、新潟県、福井県、香川県、徳島県および沖縄県である。
 なお、神奈川県の「水源環境保全税」の場合は法人住民税について超過課税が行われない(神奈川県税条例附則第39条)。また、京都府の「豊かな森を育てる府民税」および大阪府の「森林環境税」の場合は個人住民税の均等割のみについて超過課税が行われる(京都府豊かな森を育てる府民税条例第3条、大阪府森林の有する公益的機能を維持増進するための環境の整備に係る個人の府民税の税率の特例に関する条例第2条)。

 (12)平成25年度与党税制改正大綱91頁。

 (13)平成26年度与党税制改正大綱118頁。

 (14)地方財務協会編集・前掲注(6)322頁。

 (15)平成27年度与党税制改正大綱126頁。

 (16)平成28年度与党税制改正大綱15頁。さらに地方財務協会編集・前掲注(6)322頁も参照。

 (17)平成29年度与党税制改正大綱14頁。

 (18)平成29年度与党税制改正大綱15頁。なお、筆者の能力などの関係により、森林経営管理法に対する検討を行えなかったことをお断りしておくが、平成30年度与党税制改正大綱13頁において「自然的条件が悪く、採算ベースに合わない森林について、市町村自らが管理を行う新しい制度を創設することとされており」という表現がなされていることに、注意を向けておきたい。

 (19)平成29年度与党税制改正大綱15頁。

 (20)全国町村会「自由民主党『予算・税制に関する政策懇談会』に更谷副会長が出席(10/19)(http://www.zck.or.jp/activities/281020/281020index.html)

 (21)地方財政審議会「平成30年度地方税制改正等に関する地方財政審議会意見(平成291121日)」17頁。

 (22)全国知事会「『平成29年度与党税制改正大綱』について(平成2812月8日)」(http://www.nga.gr.jp/ikkrwebBrowse/material/files/group/2/161208%20zeiseikaisei.pdf)。

 (23)全国市長会「平成29年度与党税制改正大綱について(平成2812月8日)」。http://www.mayors.or.jp/p_opinion/documents/281208yotoutaikou_comment.pdf)。

 (24)「報告書」11頁。

 (25)「報告書」14頁。

 (26)「報告書」15頁。

 (27)「報告書」18頁。

 (28)平成30年度与党税制改正大綱13頁。

 (29)金子宏『租税法』〔第二十二版〕(弘文堂、2017年)17頁、水野忠恒『大系租税法』〔第2版〕(中央経済社、2018年)33頁、岡村忠生・酒井貴子・田中晶国『租税法』(有斐閣、2018年)3頁[岡村忠生担当]、北野弘久(黒川功補訂)『税法学原論』〔第7版〕(勁草書房、2016年)38頁、小西砂千夫『財政学』(日本評論社、2017年)12頁、沼尾波子・池上岳彦・木村佳弘・高端正幸『地方財政を学ぶ』(有斐閣、2017年)93頁[池上岳彦担当]などを参照。拙稿・前掲注(9)279頁も参照。

 (30)拙稿・前掲注(9)310頁註(3)。金子・前掲注(2917頁は「税制上は使途が特定されていないが、財政上の措置として、その税収の全部または一部が特定事業の財源に充てることとされている租税」を特定財源と定義する。

 (31)石村耕治編『税金のすべてがわかる現代税法入門塾』〔第9版〕(2018年、清文社)56頁[石村耕治担当]は「森林環境税」を特定財源と位置づける。

 (32)拙稿・前掲注(4)85頁。なお、消費税法第1条第2項も参照。

 (33)平成30年度与党税制改正大綱33頁。

 (34)この他、国税通則法の改正も行われる必要が生ずる。なお、神山弘行「森林環境税(仮称)と租税法律主義に関する覚書」地方税69巻4号(2018年)3頁を参照。

 (35)平成30年度政府税制改正大綱27頁。

 (36)「第196回国会衆議院総務委員会議録第3号(平成30年2月22日)」23頁。一方、小川淳也議員は「森林環境税」について「これは人頭税ですから、所得にかかわらず一律1,000円というのは極めて重い税のかけ方ですから、慎重であるべきだ」と述べている(同41頁)。

 (37)宮沢洋一「インタビュー平成30年度税制改正の概要とその背景」税理61巻3号(2018年)16頁。平成30年度与党税制改正大綱13頁も参照。

 (38)宮沢・前掲注(3716頁。

 (39)拙稿・前掲注(4)77頁、86頁を参照。

 (40)「第196回国会衆議院総務委員会議録第4号(平成30年2月28日)」4頁。これに続けて、内藤政府参考人は「森林環境税」の収入を「交付税及び譲与税配付金特別会計に直入をいたしまして、その全額を譲与、交付することとするなど、地方の固有財源であるということは明確にしている」とも述べている。

 (41)「第196回国会参議院情報総務委員会会議録第2号(平成30年3月20日)」23頁。片山議員の質疑については「第196回国会参議院総務委員会会議録第4号(平成30年3月28日)」5頁も参照。なお、小鑓隆史議員は片山議員と正反対の趣旨の質疑を行っている(「「第196回国会参議院情報総務委員会会議録第2号(平成30年3月20日)」35頁、36頁)。

 (42)「第196回国会衆議院総務委員会議録第3号(平成30年2月22日)33頁。

 (43)地方税務研究会編・前掲注(11211頁を参照。

 (44)注(11)を参照。

 (45)「報告書」14頁。神山・前掲注(34)4頁も参照。

 (46)「報告書」14頁。

 (47)神山・前掲注(34)8頁は本稿と逆の考え方に立つものと思われる。但し、筆者も、「報告書」が「全国的に統一的な取扱いをすることが基本であ」ると述べていることから、「非課税の範囲」や「減免」などに関する市町村の条例制定権の範囲は狭いものになると考える。この点については、機会を改めて論じることとしたい。

 (48)平成30年度与党税制改正大綱33頁。

 (49)石村編・前掲注(3156頁[石村]。

 (50)2018年2月15日の衆議院本会議において、黒岩宇洋議員は、野田総務大臣への質疑において重要な観点は、この目的を達成するために税が適正に執行され、山森林地域のみならず、国全体に利益がもたらされることで」あり、「自治体には、使途が不要不急なものとならぬよう、そのような利用状況の公開が求められる」と述べている〔第196回国会衆議院会議録第6号(平成30年2月15日)10頁〕。

 (51)野田総務大臣は、黒岩議員の質疑に対し、「森林環境譲与税」の「具体的な使途については、各地方団体において適切に判断されるものと考えていますが、法律案に使途を規定するほか、毎年度、インターネット等による使途の公表を各地方団体に義務づけることにより、適正な使途に用いられることが担保されると考えられ」ると答弁した〔第196回国会衆議院会議録第6号(平成30年2月15日)10頁〕。

 (52)但し、201910月1日に消費税・地方消費税の税率再引き上げが実施されるならば、地方法人特別税は廃止されて法人事業税が地方法人特別税の導入以前の状態に復元されるとともに、法人事業税交付金制度が設けられることとなる。これは、元来、平成28年度税制改正における地方税法などの改正により、2017年4月1日から施行される予定であった。拙稿「地方税法等の一部を改正する等の法律(平成28年3月31日法律第13号)〜法人課税および軽減税率の導入を中心に〜」自治総研454号(2016年)85頁を参照。

2025年8月18日月曜日

交通政策基本法の制定過程と「交通権」~交通法研究序説~(大東法学第26巻第2号掲載論文の別ヴァージョン)

 1.交通政策基本法の意義 法律学における関心の薄さ

 公共交通機関の退潮が止まらない。

 もっとも、それは長期的な傾向であるとも言える。1968年に赤字83線問題、1980年の日本国有鉄道経営再建促進特別措置法制定を受けた特定地方交通線の指定および廃止など、例には枚挙に暇がないため、ここでは、最近の話題としてJR北海道留萌本線の一部区間(留萌〜増毛)の廃止(201612月5日を予定)、JR西日本三江線の存廃問題をあげるに留めておく。

 そのような中で、2007年には「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律」(以下、地域公共交通活性化法)が制定された。この法律は「近年における急速な少子高齢化の進展、移動のための交通手段に関する利用者の選好の変化により地域公共交通の維持に困難を生じていること等の社会経済情勢の変化に対応」する必要性などから「地方公共団体による地域公共交通網形成計画の作成及び地域公共交通特定事業の実施に関する措置並びに新地域旅客運送事業の円滑化を図るための措置について定めることにより、持続可能な地域公共交通網の形成に資するよう地域公共交通の活性化及び再生のための地域における主体的な取組及び創意工夫を推進し、もって個性豊かで活力に満ちた地域社会の実現に寄与することを目的とする」ものである(同第1条第1項)。しかし、この法律に基づいて「地域公共交通網形成計画」を作成する地方公共団体が多数にのぼった一方で、同計画の作成に消極的な地方公共団体も多く、公共交通機関がいっそう衰退することにもつながった(1)

 地域公共交通活性化法の制定および施行により、国の交通全体に関する一般原則や基本理念を定める法律の必要性は、いっそう強く意識されるようになっていた。日本には、鉄道事業法、鉄道営業法、道路運送法、航空法など交通法の領域に含まれる法律が多数存在するが、これらは、鉄道、自動車(道路交通)、船舶、航空のそれぞれの領域に分断されており、国の交通全体に関する一般原則や基本理念を定める法律は、長らく存在していなかった。そのため、統一的な交通政策の形成が行われにくい、などの問題が生じていた。

 国会においては2002年頃から検討が行われていたと言われているが(2)20061213日、細川律夫議員(民主党。以下、職、所属政党などは全て当時のもの)ほか5名により、第165回国会に提出された交通基本法案(衆議院議員提出法律案第6号。以下、第一次交通基本法案)が、法律案として最初に登場したものである。しかし、第一次交通基本法案は閉会中審査を繰り返した上で、第171国会で審議未了のまま廃案となる。その後、第177回国会(2011年)に提出された交通基本法案(内閣提出法律案第33号。以下、第二次交通基本法案)、第183回国会(2013年)に提出された交通基本法案(衆議院議員提出法律案第38号。以下、第三次交通基本法案)が続くが、第二次交通基本法案は、衆議院国土交通委員会における参考人質疑が第180回国会(2012年)において行われたものの、第181回国会(2012年)で審議未了のまま廃案となった。また、第三次交通基本法案は、第185回国会(2013年)において撤回された。結局、第185回国会における内閣提出法律案第17号、すなわち交通政策基本法が国会において可決・成立し、交通政策基本法として201312月4日に公布(法律第92号)、即日施行された。

 交通政策基本法は、第三次交通基本法案の一部を修正する形となっている。その上で、鉄道、自転車、自動車、船舶、航空、さらに徒歩など、交通全般に「関する施策について、基本理念及びその実現を図るのに基本となる事項を定め、並びに国及び地方公共団体の責務等を明らかに」し、「交通に関する施策を総合的かつ計画的に推進し、もって国民生活の安定向上及び国民経済の健全な発展を図ることを目的とする」ものである(第1条)。まさに、国の交通全体に関する一般原則や基本理念を定める法律であり、日本における交通全体の「基本法」となっている。基本理念は第2条ないし第6条に示されており、国は基本理念に従いつつ「交通に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るため、交通に関する施策に関する基本的な計画」すなわち交通政策基本計画を定めなければならない(第15条第1項。詳細は第2項以下を参照)。また、第16条ないし第31条において国が行うべき施策、例えば「日常生活等に必要不可欠な交通手段の確保等」(第16条)、「高齢者、障害者、妊産婦等の円滑な移動のための施策」(第17条)、「交通の利便性向上、円滑化及び効率化」(第18条)、「運輸事業その他交通に関する事業の健全な発展」(第21条)、「交通に係る環境負荷の低減に必要な施策」(第23条)、「総合的な交通体系の整備等」(第24条)を講じなければならないものとされる。他方、「地方公共団体は、その地方公共団体の区域の自然的経済的社会的諸条件に応じた交通に関する施策を、まちづくりその他の観点を踏まえながら、当該施策相互間の連携及びこれと関連する施策との連携を図りつつ、総合的かつ計画的に実施するものとする」とされている(第32条)。また、第11条により、国民(等)が「基本理念についての理解を深め、その実現に向けて自ら取り組むことができる活動に主体的に取り組むよう努めるとともに、国又は地方公共団体が実施する交通に関する施策に協力するよう努めることによって、基本理念の実現に積極的な役割を果たすものとする」とされていることも、注目すべき点である。

 個々の規定については批判がありうるものの、全体としては、統一的な交通政策の形成の可能性をもたらすものとして評価することができるであろう。なお、交通政策基本法を受けて、2015年2月13日の閣議決定により、最初の交通政策基本計画が制定されている(3)

 以上のような状況であるが、法律学において、交通法に対する関心は非常に薄い(4)。交通政策基本法が話題になることもほとんどないし、「移動の権利」や「交通権」の位置づけについて、とくに憲法学において論じられることも皆無に近いと評してよい(少なくとも、寡聞にして知らない)。もっとも、1970年に日本交通法学会が設立され、現在に至るまで活動を続けているが(5)、同学会は「交通の円滑・健全化、交通災害・交通公害の絶滅、被害者の完全な救済を希求するあらゆる分野の研究者によって構成され、交通関係法規および交通災害・ 交通公害とこれにともなう補償に関するあらゆる問題を研究討議し、研究者相互の協力を促進することによって、国民の福祉の増進を期そうとする」ことを設立の趣意としており(6)、交通法体系などを研究の対象とする訳ではない。

 その間隙を突こうと試みるのが、本稿(本報告)のもう一つの目的でもある。筆者は行政法学、租税法学および財政法学を専攻し、交通法という領域そのもの、またはその近隣分野(例、行政法各論としての都市法、経済行政法など)を研究する立場にあるが、これまで、正面から交通法を取り上げる業績を公表したことはない。そのため、御指導御鞭撻を賜ることができるならば幸いである。

 本稿(本報告)は、2013年秋の第185回国会(臨時会)において内閣提出法律案第17号として提出され、可決・成立の上で同年12月4日に法律第92号として公布され、即日施行された交通政策基本法を題材とし、その立法過程を検証するとともに、「移動の権利」および「交通権」の意味について、法律学の観点から検討することを目的とする。

 (1) 手嶋一了「地域公共交通活性化再生法の一部改正」自治体法務研究44号(2016年)6頁。

 (2) 国土交通省「交通政策基本法について」(http://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/transport_policy/ sosei_transport_policy_tk1_000010.html)。

 (3) 「国土交通基本計画」(http://www.mlit.go.jp/common/001069407.pdf)。簡単な紹介として、浅野正一郎「地域公共交通をめぐる現状と自治体の役割」自治体法務研究4412頁がある。

 (4) たとえば、この分野に関する体系書は園部敏『交通通信法』(1960年、有斐閣法律学全集15。田中二郎『土地法』および金沢良雄『水法』との合本)のみである。また、最近公刊された行政法の体系書で交通法を取り上げているものとして、友岡智仁『要説経済行政法』(2015年、弘文堂)がある。

 (5) 「日本交通学会とは」(http://www.ja-tl.jp/about.html)による。

 (6) 「日本交通学会設立趣意書」(http://www.ja-tl.jp/files/shuisyo.pdf)による。

 

 2.「移動の権利」および「交通権」の意味

 交通政策基本法および交通基本法案を検証する際に、「移動の権利」または「交通権」の検討を欠かすことはできない。第一次交通基本法案には、第2条第1項として「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営むために必要な移動を保障される権利を有する」、同第2項として「何人も、公共の福祉に反しない限り、移動の自由を有する」という条文が盛り込まれていたし、「民主党政策集index2009」は「総合交通ビジョンの実現」および「交通基本法の制定」が掲げられ、後者については「『交通基本法』を制定し、国民の『移動の権利』を保障し、新時代にふさわしい総合交通体系を確立します」と宣言されていたからである(7)

 日本において「移動の権利」または「交通権」の語がいつ登場したのかは詳らかでないが、1982年にフランスの国内交通基本法(Loi d’orientation des transports intérieur)が公布されたことが端緒であると思われる。1984年、日本で最初に「交通権」を掲げて争われた事件であるといわれる和歌山線格差運賃返還請求事件が、和歌山地方裁判所の法廷において争われることとなった。安部誠司氏によると、この事件が直接のきっかけとなり、翌年に「交通権を考える会」が設立され、さらに1986年には同会を発展させる形で「日本交通権学会」が発足した(8)

 それでは、「移動の権利」または「交通権」とはいかなるものであろうか。

 日本国憲法には「移動の権利」および「交通権」に関する明文の規定がないので、これらは、まず、「新しい人権」として幸福追求権(憲法第13条)に根拠を求めざるをえない。幸福追求権は、憲法学の通説である人格的利益説によれば「個人の人格的生存に不可欠な利益を内容とする権利の総体」と理解されるため(9)、「移動の権利」および「交通権」がこれに該当するか否かが問われざるをえない。但し、幸福追求権は、第13条の構造上、個人的法益に限定されることとなる。従って、権利の内容が個人的法益を超える場合には、第13条のみを根拠とすることはできない(10)。「移動の権利」および「交通権」は、人の移動に関する自由権と捉えるならば第22条第1項に根拠を求められ、場合にもよるが「個人の人格的生存に不可欠な利益を内容とする権利」と言いうる。しかし、「移動の権利」および「交通権」が単なる自由権に留まるものではなく、国や地方公共団体に対して何らかの積極的な施策を求める社会権としての性質を有するのであれば、第25条も併せて根拠とせざるをえない。問題は、両者が法的権利であるとするならば具体的にいかなる内容のものであるか、ということである。

 まずは、初期の代表例として、和歌山線格差運賃返還請求事件(和歌山地判平成3年2月27日判時1388107頁)を見ておく(11)。同事件は、旧国鉄和歌山線(現在はJR西日本の路線)の沿線住民である原告らが、同線が地方交通線に指定され、幹線よりも割高な運賃に設定されたことを不服とし、国有鉄道運賃法が定めていた全国一律賃率制が妥当であるとして、割増運賃分に相当する差額について日本国有鉄道清算事業団に対して不当利得返還請求訴訟を提起したものである。

 原告らは、再抗弁において「国民は、自らの生活をよりよく向上させ、ひいては住みよい国土を建設する手段としての全国的交通網を国家に対して要求する権利を持つものと解される。これは、移動の自由(憲法22条1項)幸福追求権(13条)生存権(25条1項)の集合であり、交通権と称することができる」とし、「国民が国に対し全国的・統一的鉄道網を要求する権利を有することは、鉄道国有法1条及び鉄道敷設法1条に具体化されている」と主張した。

 これに対し、和歌山地方裁判所は原告らの請求を棄却し、判決理由において次のように述べた。

 「憲法の右法条のうち、13条は、憲法の基本的人権に関する総則的規定と解されるところ、その性質はいわゆる自由権に属し、原告らの主張するごとき、国家に対し積極的作為を請求する具体的権利をそこから導くことは困難であるし、仮に、同条がいわゆる社会権的性格を併有するとしても、その内容は極めて抽象的であり、憲法の他の規定または法律を介することなしに、右のような具体的権利を導くことはやはりできないものというべきである。同様に、22条1項も、いわゆる自由権の一として、国家が国民の移転に対して容喙することを拒みうることをその内容とするものにとどまり、原告らの主張するごとき交通権の根拠とはなしがたい。さらに、25条1項の生存権の規定については、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営み得るよう国政を運用すべきことを国家の責務として宣言したにとどまり、個々の国民に対し具体的権利を付与したものではないと解される(最高裁判所昭和23年9月29日大法廷判決刑集2巻101235頁)。したがって、原告らの主張する交通権は、これを原告らの本件請求の根拠となるような具体的権利として考える限り、憲法上根拠づけることはできないものというほかない。/なお付言するに、仮に原告らの主張するごとき交通権を、国家の負う政治的責務の域を超えて、原告らの本件請求の根拠となるような具体的権利として認めるならば、これをすべての国民について等しく認めるべきことは憲法14条から当然のことであるから、たまたま鉄道沿線に居住し、既にその便益を容易に享受できる者だけでなく、いかなる山間あるいは離島等の僻地に居住する者についても、同等の交通手段を、同等の運賃で直ちに提供すべき法律上の具体的義務が国家に課せられることとならざるを得ないが、このような論が非現実的で採りえないことは明らかである。」(/は原文における改行箇所)

 続いて、最三小判平成4年3月3日訟務月報38巻7号1222頁を紹介する。この判決は、道路運送法第98条第2項および同第24条の3(いずれも当時)が、軽車両等運送事業を営む者が軽自動車によるタクシー事業を行うことを禁止することの是非が争われた事件に関するものである(12)

 上告人は、交通権学会編『交通権』(日本経済評論社、1986年)(13)を参照しつつ、和歌山線格差運賃返還請求事件の原告らよりも詳しく「交通権」や「移動の権利」を説明する。すなわち、「交通権とは、全ての国民が自己の意思に従い、自由に移動し、財貨を移動させるための適切な手段を平等に保証ママされる権利であ」り、「憲法22条、同25条、同13条等の憲法上の人権を統合した権利と理解されており、移動の権利は、適切な交通手段の保証によって始めて成立するものである」という。もっとも、「交通権」と「移動の権利」との異同または関係は明らかでないが、上告人は、「交通権は、移動する事に自由という自由権的基本権としての性格を有するとともに、経済活動に資する権利として、生存権的基本権の性格を併せ有するもの」と性格付け、「交通権は、移動の権利として憲法上の基本的人権にまで高められた権利であるから、交通貧困層に対しても平等に適切な交通手段の利用が保証ママされなければならない」と主張した(14)

 これに対し、最高裁判所第三小法廷は、「憲法二二条一項にいわゆる職業選択の自由も、公共の福祉の要請がある限り制限され得るものであるところ、道路運送法(平成元年法律第八三号による改正前のもの)九八条二項、二四条の三の規定が、軽自動車を使用して貨物を運送する軽車両等運送事業を経営する者において有償で旅客を運送することを禁止しているのは、道路運送事業の適正な運営を確保し、道路運送に関する秩序を確立するために必要かつ合理的な制限というべきであって、右規定が憲法二二条一項に違反するものでないことは、最高裁昭和35年(あ)第2854号同3812月4日大法廷判決(刑集17122434頁)の趣旨に徴して明らかである」と判示したが、「交通権」については何も述べていない。道路運送法の当該規定が憲法第22条第1項に違反しないと判断する上で、「交通権」に言及する必要性がないと考えられたためであろう。

 「移動の権利」および「交通権」は、この後にも主張され続けているが、裁判例において主張されることはほとんどないようである。例えば、北総鉄道訴訟第一審判決(東京地判平成25年3月26日判時220979頁)において、原告らは、北総鉄道および千葉ニュータウン鉄道が京成電鉄との間で設定した各鉄道線路使用条件が北総鉄道のみに不利益であり、その結果として北総鉄道の旅客運賃のうち近距離の部分が高額に過ぎるとして、各鉄道線路使用条件設定認可処分や旅客運賃変更認可処分の取消などを求めたが、その際には鉄道事業法が鉄道利用者の利益を個別具体的に保護する旨を主張し、「鉄道事業法16条5項1号及び同法23条1項1号に基づく北総鉄道及び京成電鉄の旅客運賃上限等の変更命令又は同法23条1項4号に基づく北総線路使用条件の変更命令がされないことにより、多額の金銭的負担と移動の自由に対する制限を被るところ、これらの損害は重大であり、金銭によって償うことができないものである」と述べている(15)

 さて、裁判所においては法的権利として認められなかった「移動の権利」および「交通権」であるが、これら(とくに後者)の提唱は続く。第二次交通基本法案の制定のために国土交通省に設置された交通基本法検討会の会合においても、交通権憲章作成委員会によりまとめられ、前文および11箇条からなる「交通権憲章」(1998年版)に依拠したものと思われる「移動の権利」および「交通権」の主張が何度も登場するが、やはり具体的な内容は明らかにされていない(16)

 ここで同憲章を参照すると、前文において、「交通権」は「『国民の交通する権利』であり、日本国憲法の第22条(居住・移転および職業選択の自由)、第25条(生存権)、第13条(幸福追求権)など関連する人権を集合した新しい人権である」と定義される(17)。その上で、「平等性の原則」(第1条)、「安全性の確保」(第2条)、「利便性の確保」(第3条)、「文化性の確保」(第4条)、「環境保全の尊重」(第5条)、「整合性の尊重」(第6条)、「交通基本法の制定」(第11条)などが宣言されている。「交通権憲章」を見る限り、「交通権」の内容は第2条ないし第6条に定められるところであろう。

 岡崎勝彦氏は、同憲章の「『国民の交通する権利』は、『国民が自己の意思に従って自由に移動し、財貨を移動させるための適切な移動手段の保障を享受する権利』と定義され」ると述べ、「交通条件の保障を含む」と説明する(18)。その上で、享有主体を国民とするが、名宛人については「最終的には国(地方公共団体)の責任に帰せられるべきであろう」と述べるのみである(19)

 「交通権」を主張する上でより重要であるのは、その内容である。岡崎氏は、「交通権」の自由権的側面(内容)として憲法第22条第1項により保障される居住・移転の自由をあげ、ここから「居住移転の自由を実質的に保障するための積極的な権利の保障手段の確保のために、『移動手段』を保障内容とする交通権を現代的居住移転の自由として第22条に含ましめる」と展開する(20)。もっとも、第22条はあくまでも自由権を定めるものであり、「我が交通権は、国家権力の発動を求めることによって、積極的に権利の実現を図る『社会権的性格』の権利として把握することもまた可能である」とするには、自由権の規定のみでは無理であることも述べられている(21)

 続いて、岡崎氏は、憲法第13条との関連について「個人の幸福追求が一定の交通条件の下でのみ可能であるとするならば、一定水準の『移動手段』を保障し、形成することは幸福追求権の目標であり、内容でもある」から、同条により「根拠づけられる交通権も生活交通の破壊に対する防禦権としての性格をもつことになる」と述べる(22)。前述した幸福追求権の性質を踏まえた議論ではあるが、公権力の主体である国や地方公共団体(以下、国家権力と記すことがある)からの防禦権ということであれば、憲法第22条第1項による保障もまた含まれうるのであり、第13条と第22条第1項との関係を整理しなければならないであろう。また、「生活交通」を「破壊」する主体は国家権力に限られず、公共交通機関運営会社であることも想定されるが、後者である場合にいかなる防禦権を行使しうるかについては論じられていない。公共交通機関運営会社が民間企業である場合には、憲法の筆者人間効力が問題とされるのであり、第18条などを例外として憲法の人権規定は私人間の法律関係に直接適用されるのではなく、民法第90条などの私法の一般条項を媒介として間接的に適用するしかないが、民間企業にも財産権(憲法第29条第1項)や営業の自由(同第22条第1項を参照)が保障されるという点といかに整合性を保とうとするのであろうか。

 また、岡崎氏は、憲法第25条を引き合いに出し、「交通権」は「公共交通における適切な移動手段の保護が『健康で文化的な最低限度の生活』の要素であるということに着目した社会権的基本権」であり、「『交通弱者』に対する交通権保護を目的とする社会権的基本権でも」あって「その内容は、交通権に対する利用可能性とシビルミニマムの確保を含む普遍的なサービスの提供である」と述べる(23)。同語反復の憾みを免れないが、「何びとによる公共交通の破壊に対しても、公権力による規制により、予防・阻止または回復がなされるよう請求ができなければならない」(24)というのが、「社会権的基本権」としての具体的な内容であろうか。そうであれば、権利主体として認められる範囲も問われる。

 残念ながら、法律学者の目から見るならば、「移動する権利」および「交通権」のどちらも、その意味するところは不明瞭であり、少なくとも現段階においては法律学における権利に値しないと評価せざるをえない。しかも、その状態は和歌山線格差運賃返還請求事件以来、現在に至るまで続いており、進化(深化)がほとんど見られない(25)。仮に法的権利としての性格を認めるとしても、憲法学にいう抽象的権利に留まるのであり、内容の具体化は法律に委ねられざるをえないから、国会の広範な立法裁量が認められることとなり、法的権利としては非常に弱いものと言わざるをえない。

 これは、私のみが主張していることではない。20101115日に開かれた第1回交通基本法案検討小委員会に提出された「『移動権の保障』についてパブリックコメントでいただいたご意見」においては、「移動権の保障の趣旨に反対」する意見が紹介されているが、その中には「そもそも『交通基本法』の立法の趣旨が明確で」なく、「鉄道事業法やバリアフリー法、地域交通活性化法など既存の事業法制ではなく、『移動権の保障』を明記した『交通基本法』でなければ保護されない法益について、未だ明確ではないと考え」られるので、「『移動権』の具体的な内容や『移動権の保障』を規定する必要性などについて、明らかにしていただきたい」という意見や、「交通基本法で保障する『移動権』とはどのようなものなのか? また、最低限度の生活のために保障される『移動権』とはどのようなものなのか? という基本的なところが一向に見えてこない」という意見が見られ、その他の意見を見ても、「移動に関する権利」や「交通権」の意味が不明確なことに由来する様々な疑問が寄せられた(26)

 そもそも、法律学において、権利とはいかなるものであるか。

 法律学においては、権利と義務とをセットにして考える。より精確に記すならば、権利が存在するならば、それに対応する義務が存在すると考える。例えば、A(売主)とB(買主)が売買契約を締結したとする。Aは、Bに対して代金を請求する権利を有し、他方で目的物(品物)を引き渡す義務を負う。逆にBは、Aに対して目的物(品物)を引き渡すように請求する権利を有し、代金を支払う義務を負う。Aが義務を履行しない場合には、Bが裁判所に権利の救済を訴え、訴訟の結果、裁判所が勝訴判決を下すことにより、法的救済を得る。その判決の内容がAによって実現されない場合には、執行官により実現されることとなる。

 これをより一般化するならば、「『権利』とは実定法規範によって個人に一定の個別的・具体的な内容の利益が認められ、それによって個人が相手方(その利益の実現の義務を負う者)にその実現を要求する力を与えられたときに成立」し、「その実現が妨げられた場合には、裁判によりその実現が保障される」ものであると表現することができる(27)。もっとも、利益の個別性・具体性は権利の性質により様々なものでありうるが、少なくとも法的権利というためには「権利主体、権利条項の名宛人、権利の性格および内容等が相当程度具体的に確定しうるものでなければならない」のである(28)

 以上を前提として、「移動の権利」および「交通権」を検討する。そもそも、両者の関係が不明瞭であるが、ここでは便宜上、両者を同義のものとして考えることとする。

 「移動の権利」は、当然のこととして「移動の自由」を内包する。この自由は憲法において明文化されていないが(29)、自由権として承認されうる。その理由として、次の二点があげられる。

 ①権利の主体が我々国民であり、「権利条項の名宛人」が国家権力(などの公権力の主体。以下、国家権力と記す)であることが明確である。

 ②権利の性格、およびその内容(裏返せば義務の内容)が明確である。すなわち、国家権力が我々の移動を侵害することは許されない、ということである。国家権力は、我々の移動を妨害しないという不作為義務を負う。国民は、国家権力に「妨害するな」と請求することができる(従って、権利制が認められる)。仮に国家権力が不作為義務を遵守しないのであれば、裁判所に提訴し、勝訴判決を得ることによって最終的に権利の内容を実現することができる。

 これに対し、「移動の権利」の「移動の自由」以外の部分については、不明確な点が多く、法的権利ということはできない。前述のように、仮に法的権利としての性格を認めるとしても、抽象的権利に留まると言わざるをえない。その理由をあげておく。

 ①権利の主体が国民であるとして、具体的にどの範囲まで認められるのかが明確でない。

 ②名宛人は誰なのかが明確でない。国家権力であるのか、公共交通機関運営会社であるのか。または、いずれでもあるのか。

 ③名宛人が誰かによって「移動する権利」の内容は変わる可能性があるが、具体的な内容、すなわち、誰に対して何を請求できるか、という事柄が全く明らかにされていない。

 仮に民間企業たる公共交通機関運営会社を名宛人とするならば、例えば赤字の鉄道路線を廃止しないように請求するという権利なのか。または、利便性が失われないように減量ダイヤ改正を行わないことを要求する権利なのか。前述のように、公共交通機関運営会社にも財産権や営業の自由という経済的自由権が保障されるのであるから、赤字の鉄道路線について、経営基盤を崩してまで国民(沿線住民等)の請求を受け入れる義務を負わせると解することに合理性はあるのか。おそらく、公共交通機関運営会社にこのような義務を負わせるためには、法律による行政の原理に基づき、法律による根拠を必要とするが、その法律が違憲と判断される可能性も否定できない。

 国家権力を名宛人とするならば、不明確性はいっそう顕著となる。例えば、C社が経営する鉄道路線について、赤字経営を理由としてC社が国土交通大臣に廃止届を提出しようとするならば、住民DはC社が廃止届を提出することを認めないように国土交通大臣に請求することができるのか、または国もしくは地方公共団体)に対し、C社へ補助金を支出するように請求することができるのか。仮にこれらを肯定すると、次は住民間における意見の相違などを無視することになりかねない。鉄道路線の廃止には反対であるが、国または地方公共団体による補助金の支出に反対する住民Eが住民訴訟を提起した場合には、Dは何をしうるのであろうか。

 ここで、法的権利の根拠の一つを憲法第25条に求めることについて述べておく。同条にいう生存権を中心とする社会権の性質には二つの側面があり、国家権力に作為を請求する権利としての性質と、不作為を請求する権利としての性質が認められる。問題となるのは前者であり、少なくとも作為の内容について立法者を拘束しうる程度の具体性を必要とする。

 かつて、憲法第25条は立法府に対して政治的指針や道徳的綱領を示すに過ぎないものであり、法的拘束力を持たないとするプログラム規定説が説かれたことがある。最高裁判所の判例は現在もこの説によるものと考えられるが(最大判昭和42年5月24日民集21巻5号1043頁などを参照)、学説においては抽象的権利説が通説であると考えられる。この説によると、憲法第25条により、国民は生存権を保障される。その意味においては法的権利である。但し、その中身は抽象的であり、同条を直接の根拠として裁判において主張することができない。同条は「国に立法・予算を通じて生存権を実現すべき法的義務を課していることになる」ものの(30)、立法裁量(場合によっては行政裁量)の範囲が広大であるため、権利としての性質は弱い。そもそも、先に示した法律学における権利の定義からすれば、抽象的権利は法的権利と言えないものとなりかねない。

 他方、有力説として具体的権利説がある。この説によれば、憲法第25条は、国、とくに立法府に対して積極的な作為を命ずる規定である。従って、生存権を侵害されている国民は、立法府の不作為に対する違憲確認訴訟を提起することができることとなる。但し、この説は、同条から直ちに何らかの給付に関する具体的な請求権が生ずるとは言えないとする立場と、同条を直接の根拠として具体的な給付請求を可能ならしめようとする立場に分かれる(31)。後者の立場については「社会権規定から論理必然的に権利の具体的内容が導かれるわけでなく、権利の具体化にかかる諸要因を考慮に入れなければなら」ないという指摘が妥当するであろう(32)。そして、この指摘は「移動の権利」および「交通権」を肯定する見解に対しても妥当する。

 以上のような問題を抱える「移動の権利」および「交通権」が、第二次交通基本法案以降、法律の条項として取り入れられなかったのは、当然のことと言いうる。やや不明確な点もあるが、第一次交通基本法案と同様、第二次交通基本法案にも「移動の権利」を定めようとしていたようである。しかし、20101224日の第4回交通基本法案検討小委員会において、時期尚早として見送られることとなった。問題点としてあげられたのは、「移動の権利」の具体的な内容を法律において定義する必要があるが「個々人の移動に関するニーズは、移動目的、個人の属性、地域の特性等の観点から千差万別であり、現時点においては、権利の内容についての国民のコンセンサスが得られているとは言えない状況にある」こと、「移動の権利」を保障するのが行政主体であるとするならば「個々人にそれぞれの権利内容を給付するためには、それを裏打ちするだけの財源が必要とな」ること、「具体的請求権としてはさておき、プログラム規定或いは抽象的な権利とした場合にも、各地において争訟の発生や交通の現場での混乱がもたらされるおそれがある」ことなどである(33)

 (7) 「民主党政策集index200941頁。国土交通省「交通基本法の制定と関連施策の充実に向けて中間整理(平成22年3月)」2頁も参照。

 (8) 安部誠治「交通権学会の15年」交通権学会編『交通権憲章—21世紀の豊かな交通への提言』(1999年、日本経済評論社)ⅲ頁、片岡曻「『交通権憲章』の実現を目指して」ⅱ頁。

 (9) 芦部信喜(高橋和之補訂)『憲法』〔第六版〕(2015年、岩波書店)120頁。

 (10) 芹沢斉・市川正人・阪口正二郎編『新基本法コンメンタール憲法』(2011年、日本評論社)108頁[押久保倫夫担当]。

 (11) 以下、判例集からの引用については、該当頁の注記などを省略する。

 (12) 那覇地方裁判所昭和62年(ワ)第641号平成元年2月22日判決、および福岡高等裁判所平成元年(ネ)第26号平成2年4月26日判決は、いずれも判例集未登載である。このため、事案の詳細は不明である。

 (13) 判決文においては「日本評論社」と誤記されている。なお、同書を参照することはできなかった。

 (14) ここで「交通貧困層」は「適切な公共サービスを条件にかなった費用で利用出来ないため、移動の自由を制限されているグループをいう」と定義されている。

 (15) 結局、原告らの原告適格は認められたものの、請求は棄却された。控訴審判決(東京高判平成26年2月19日訟務月報6061367頁)、上告審決定(最三小決平成27年4月21日判例集未登載。LEX/DB25506316)も参照。

 (16) 例として、20091113日の第1回交通基本法検討会に提出された土居靖範「わが国の交通基本法制定にあたって」(http://www.mlit.go.jp/common/000052180.pdf)、2010年3月1日の第7回交通基本法検討会に提出された特定非営利活動法人全国移動サービスネットワーク「交通基本法検討会に向けての提言」(http://www.mlit.go.jp/common/000109036.pdf)、20101129日の第2回交通基本法案検討小委員会における資料2-1-4「わが国における交通基本法と『交通権』の位置づけについて」(http://www.mlit.go.jp/common/000130170.pdf)を参照。

 (17) 交通権学会編・前掲書2頁による。

 (18) 岡崎勝彦「交通権憲章と憲法」交通権学会編・前掲書10頁。

 (19) 岡崎・前掲書11頁。

 (20) 岡崎・前掲書11頁。

 (21) 岡崎・前掲書11頁。

 (22) 岡崎・前掲書12頁。原文のルビは省略した。

 (23) 岡崎・前掲書12頁。

 (24) 岡崎・前掲書12頁。

 (25) 2012年4月22日の第10回交通基本法検討会において、東日本旅客鉄道株式会社が「民間事業者は、競争市場の中で、それぞれが経済合理性の観点から、路線の存廃をはじめ、運賃・ダイヤの設定、バリアフリー施設を含めた設備整備などの判断を行っています。『移動権の保障』の具体的内容は明確ではありませんが、その一方で、事業者の経営の自主性の確立についてはどのように配慮されるのか、明確にすべきと考えます。あわせて、各交通機関の間における公平な競争環境の維持・確立が図られるようお願いいたします」と述べていることも参考になる〔第10回交通基本法検討会の説明資料11http://www.mlit.go.jp/common/000113173.pdf)による〕

 (26) 第1回交通基本法案検討小委員会の説明資料1-7-1http://www.mlit.go.jp/common/000128776. pdf)による。

 (27) 佐藤功『ポケット注釈・憲法(上)』〔新版〕(1983年、有斐閣)28頁。野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利『憲法Ⅰ』〔第5版〕(2012年、有斐閣)158頁、211頁も参照。

 (28) 長尾一紘『日本国憲法』〔第3版〕(1997年、世界思想社)61頁。芹沢・市川・阪口編・前掲書105頁[押久保]も、権利内容が特定できることの必要性を指摘する。

 (29) 憲法第22条第1項は「居住、移転及び職業選択の自由」を保障する。この場合の「移転」は、元々「住所または居所を変更する自由」である〔宮澤俊義(芦部信喜補訂)『全訂日本国憲法』(1978年、日本評論社)253頁。戸松秀典『憲法』(2015年、弘文堂)177頁も参照〕。しかし、「移転」をこのように狭く解釈する必然性もないので、旅行も「移転」に含めるのが、現在では妥当である〔芹沢・市川・阪口編・前掲書204頁[棟居快行担当]も参照〕。

 (30) 芦部(高橋補訂)・前掲書269頁(傍点は原文)。

 (31) 芹沢・市川・阪口編・前掲書218頁[尾形健担当]、およびそこに掲げられた文献を参照。

 (32) 戸松・前掲書341頁。

 (33) 第4回交通基本法案検討小委員会「交通基本法案の立案における基本的な論点について(案)」(http://www.mlit.go.jp/common/000132576.pdf)7頁。

 〇

 3.国会における交通基本法案および交通政策基本法の審査・審議過程

 三次にわたる交通基本法案の提出者の役割を担った民主党は、「民主党政策集index2009」において「総合交通ビジョンの実現」として「①自動車中心の街づくり政策を転換し、路線バスや軌道系交通(鉄道、路面電車、次世代型路面電車システム(LRT)等)を充実②道路を整備する費用をバス事業者等に補助し、サービスが向上するインセンティブを与えることにより移動困難者の利便性を確保③路線バスや軌道系交通機関などのマス・トランスポーテーションを見直し、環境負荷の低減につながるモード(交通機関)の整備」をあげ、交通基本法を制定する理由として「国の交通基本計画により総合的な交通インフラを効率的に整備し、重複による公共事業のムダづかいを減らす」ことや「環境負荷の少ない持続可能な社会を構築する」ことなどをあげていた(34)。一方、民主党が政権に就いて間もない20091113日の第1回交通基本法検討会においては、第二次交通基本法案の策定にあたって、「『コンクリートから人へ』への政策転換の中で、公共交通を維持・再生し、人々の移動を確保するとともに、人口減少、少子・高齢化の進展、地球温暖化対策等の諸課題にも対応するため、交通政策全般にかかわる課題、将来の交通体系のあるべき姿、交通にかかる基本的な法制のあり方等について検討を行う」こととされていた(35)。時間の経過とともに姿勢の変化が見られるようにも思えるが、その後、交通基本法検討会においては大学教員、市町村、社会福祉法人、公共交通機関運営会社からの意見聴取が重ねられ、2010年3月の「交通基本法の制定と関連施策の充実に向けて中間整理」(以下、「中間整理」)においては、車社会がの進展が「交通の格差社会」の進展や地球温暖化の深刻化につながるとして、第二次交通基本法案の趣旨および目的を「私たちの暮らすまちを、自転車、バス、路面電車、鉄道などが充実した『歩いて暮らせるまち』に」転換すること、そのために地域公共交通を維持・再生し、活性化することとするに至った(36)

 しかし、「中間整理」に対する自動車業界からの反発は大きいものであった。日本自動車工業会委員長の大山龍寛氏は地方での自動車の必要性の高さや主要な移動手段としての地位、道路整備の充実の必要性などを主張した(37)。また、全日本自動車産業労働組合総連合会会長の西原浩一郎氏は、自動車(自家用車)から公共交通機関への転換ではなく両者の共存ないし役割分担こそが必要であること、「今後も特に地方においては、くるまは重要な交通手段としての役割を担う」ことから自動車関連租税の簡素化および軽減を求めた(38)

 その後、交通基本法案検討小委員会においていかなる調整が行われたのか、詳らかでない部分もあるが、「中間整理」に書かれていた、自家用車から公共交通機関の利用への転換や地域公共交通の維持・再生ないし活性化という趣旨および目的は薄められていく(39)。そして、第二次交通基本法案の第5条第1項は交通手段の適切な役割分担と連携を定めるに至った。この規定は第三次交通基本法案の第5条第1項としてそのまま残り、さらに交通政策基本法の第5条第1項としてそのまま取り入れられ、交通政策基本法の基本理念の一つともなる。

 第二次交通基本法案は第181回国会で審議未了により廃案になり、第183回国会に第三次交通基本法案が提出される。これは第二次交通基本法案に若干の修正を施したものであり、基本的な内容に変化はない。しかし、第183回国会および第184回国会(2013年)で審査は行われず、第185回国会でようやく付議された。一方、交通政策基本法案は、2013111日の閣議決定を経て(40)185回国会に内閣から提出されたが、第三次交通基本法案を土台にしつつ、与党側の政策に合わせるための修正を施したものである。いずれも、201311月8日、衆議院国土交通委員会(第4号)において提案理由の説明が行われ、同月12日(第5号)において双方を一括した上での参考人質疑が行われた後に第三次交通基本法案は撤回される。事情の詳細は明らかでないが、自由民主党・公明党連立政権も交通基本法案の重要性を認識していたものと思われ、最初から案を作成し直すのではなく、第三次交通基本法案を利用することなどについて与野党間での調整が行われ、実質的な一本化がなされたものと考えられる(41)。実際に、同月13日(第6号)、三日月大三議員は「政権再交代の後も、ある意味ではいろいろな感情や考えの違いを乗り越えて法律を提出いただいているということにつきましては、(中略)政府が提出をしてこられました交通政策基本法案、中身を検討したところ、私どもが考えていた法案と100%同じではありませんけれども、ほぼ同趣旨の内容である」と述べている(42)。また、辻元清美議員は「交通政策基本法という、最も社会にとって大事な一つの基盤である交通についての憲法のような大きな法律、これは一日も早く成立をさせたいと私自身も思っておりましたし、今回、民主党、社民党も提出しておりましたが、政府が交通政策基本法ということで、今まで私たちが求めてきた法案、さらに補充もしていただいて御提出いただき、賛成の立場」に立つ旨を述べている(43)。結局、衆議院国土交通委員会においては、穀田恵二議員(日本共産党)が提案した修正案(44)は否決され、交通政策基本法案が賛成多数で可決された(自由民主党、民主党・無所属クラブ、日本維新の会、公明党およびみんなの党の共同提案による附帯決議も同様)。交通政策基本法案は1115日の衆議院本会議においても賛成多数で可決された(45)

 参議院では、まず、1121日の国土交通委員会(第7号)において提案理由の説明が行われ、同月26日(第8号)に参考人質疑が行われた後、吉田忠智議員(社会民主党・護憲連合)が「移動の権利」を法律案に盛り込むべきであった旨を質したのに対し、西脇隆俊政府参考人(国土交通省総合政策局長)は、交通政策基本計画の策定の際に交通政策審議会や社会資本整備審議会の意見を聴くとともにパブリック・コメントを活用したい旨を答えている(46)。同委員会では辰已孝太郎議員(日本共産党が)が反対討論を行ったものの、賛成多数で可決された(自由民主党、民主党・新緑風会、公明党、日本維新の会および社会民主党・護憲連合の共同提案による附帯決議も同様)。交通政策基本法案は、1127日の参議院本会議(第10号)において賛成217、反対12で可決し、成立した(47)

 (34) 「民主党政策集index200941頁。

 (35)  第1回交通基本法検討会「交通基本法検討会について」(http://www.mlit.go.jp/common/000052178.pdf

 (36) 国土交通省「交通基本法の制定と関連施策の充実に向けて中間整理(平成22年3月)」2頁。

 (37) 13回交通基本法検討会(2010年6月7日)に提出された日本自動車工業会「くるま社会のあり方交通基本法とこれからの自動車交通」(http://www.mlit.go.jp/common/000115925.pdf)。

 (38) 13回交通基本法検討会(2010年6月7日)に提出された西原浩一郎「交通基本法制定に向けた自動車総連としての考え方について」(http://www.mlit.go.jp/common/000115927.pdf)。

 (39) 第4回交通基本法案検討小委員会「交通基本法案の立案における基本的な論点について(案)」(http://www.mlit.go.jp/common/000132576.pdf)を参照。

 (40) 国土交通省「交通政策基本法について」(http://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/transport_policy/ sosei_transport_policy_tk1_000010.html)。

 (41) 「第185回国会衆議院国土交通委員会議録第6号」1頁も参照。

 (42) 「第185回国会衆議院国土交通委員会議録第6号」1頁。三日月議員は、第三次交通基本法案の提出者の一人であり、交通基本法検討会には国土交通政務官として出席した。

 (43) 「第185回国会衆議院国土交通委員会議録第6号」4頁。また、辻元議員は、第一次交通基本法案が「ボトムアップの法案」で「現場で働く労働者の方々からまず声が上がった」とも述べている(同頁)。なお、同議員は、交通基本法検討会には国土交通副大臣として出席していた。

 (44) 「第185回国会衆議院国土交通委員会議録第6号」(平成251113日)20頁。この修正案には、第一次交通基本法案第2条と全く同じ文言の第2条を盛り込む趣旨が含まれている。

 (45) 「第185回衆議院会議録第10号」(官報号外、20131115日)3頁。

 (46) 「第185回参議院国土交通委員会会議録第8号」(20131126日)29頁。

 (47) 「第185回参議院会議録第10号」(官報号外、20131127日)19頁。

 

 4.第三次交通基本法案と交通政策基本法の異同

 三日月議員も指摘したように、第三次交通基本法案と交通政策基本法案は、基本的な部分で趣旨を同じくするとも言いうるが、無視できない差異があり(48)、後者は前者が多少なりとも変質したものであると考えるべきであろう。逐条的な研究は別の機会に行うこととして、以下、簡単に検討する。

 〔1〕第三次交通基本法案第2条は「国民等の交通に対する基本的な需要の充足」という見出しの下、「交通は、国民の自立した日常生活及び社会生活の確保、活発な地域間交流及び国際交流並びに物資の円滑な流通を実現する機能を有するものであり、国民生活の安定向上及び国民経済の健全な発展を図るために欠くことのできないものであることに鑑み、将来にわたって、その機能が十分に発揮されることにより、国民の健康で文化的な最低限度の生活を営むために必要な移動その他国民等(国民その他の者をいう。以下同じ。)が日常生活及び社会生活を営むに当たり必要な移動、物資の円滑な流通その他の国民等の交通に対する基本的な需要が適切に充足されなければならない。」とされていた。ここには「移動の権利」の痕跡が残されている。これに対し、交通政策基本法第2条は、見出しを「交通に関する施策の推進に当たっての基本的認識」と改めた上で、下線部を「国民その他の者(以下「国民等」という。)の交通に対する基本的な需要が適切に充足されることが重要であるという基本的認識の下に行われなければならない。」と変更している。附帯決議が言うように、高齢者、障害者、妊産婦等のものが「日常生活及び社会生活を営むに当たり必要な移動」に「最大限配慮すること」が求められることになるであろう(49)

 〔2〕第三次交通基本法案第3条は、「交通に関する施策の推進は、交通が、国民の日常生活又は社会生活の基盤であること、国民の社会経済活動への積極的な参加に際して重要な役割を担っていること及び経済活動の基盤であることに鑑み、我が国における近年の急速な少子高齢化の進展、エネルギーに関する国内外の情勢の変化、情報通信の高度化その他の社会経済情勢の変化に対応しつつ、交通が、豊かな国民生活の実現に寄与するとともに、我が国の産業、観光等の国際競争力の強化及び地域経済の活性化その他地域の活力の向上に寄与するものとなるよう、その機能の確保及び向上が図られることを旨として行われなければならない。」としていた。交通政策基本法第3条第1項は下線部を削除した形で定められている。これは現在の連立政権のエネルギー政策等による変更とみられる。

 〔3〕第三次交通基本法案第7条は、「大規模災害発生時における交通の確保」という見出しの下、「交通に関する施策の推進は、大規模な災害が発生した場合にも必要な交通が確保されるようにすることを旨として、行われなければならない。」としていた。これに対し、交通政策基本法第3条第2項は、「交通の機能の確保及び向上を図るに当たっては、大規模な災害が発生した場合においても交通の機能が維持されるとともに、当該災害からの避難のための移動が円滑に行われることの重要性に鑑み、できる限り、当該災害による交通の機能の低下の抑制及びその迅速な回復に資するとともに、当該災害の発生時における避難のための移動に的確に対応し得るものとなるように配慮しなければならない。」と定める。いずれも東日本大震災の経験に由来する規定と考えられるが、交通政策基本法第3条第2項のほうが詳細なものとなっている。

 この規定と関連づけて読まなければならないのが、交通政策基本法第22条である。同条は、「大規模な災害が発生した場合における交通の機能の低下の抑制及びその迅速な回復等に必要な施策」という見出しの下、「国は、大規模な災害が発生した場合における交通の機能の低下の抑制及びその迅速な回復を図るとともに、当該災害からの避難のための移動を円滑に行うことができるようにするため、交通施設の地震に対する安全性の向上、相互に代替性のある交通手段の確保、交通の機能の速やかな復旧を図るための関係者相互間の連携の確保、災害時において一時に多数の者の避難のための移動が生じ得ることを踏まえた交通手段の整備その他必要な施策を講ずるものとする。」と定める。後半部分は、同じ第185回国会で成立した「強くしなやかな国民生活の実現を図るための防災・減災等に資する国土強靱化基本法」(平成251211日法律第95号)の影響がうかがえる(50)。なお、第三次交通基本法案第29条は「災害発生時における交通の支障の防止等」を定めるものとなっていたが、交通政策基本法第22条のほうが規定対象を広くとっている。

 〔4〕第三次交通基本法案第12条は、「国民の責務」という見出しの下、「国民は、基本理念についての理解を深め、その実現に向けて自ら取り組むことができる活動に主体的に取り組むよう努めるとともに、国又は地方公共団体が実施する交通に関する施策に協力するよう努めるものとする。」としていた。これに対し、交通政策基本法第11条は、「国民等の役割」という見出しに変更し、下線部を「努めることによって、基本理念の実現に積極的な役割を果たすものとする。」と改めた。国、地方公共団体、交通関連事業者および交通施設管理者については「責務」とするのに対し(第8条ないし第10条)、「国民等」について「役割」としたことの意味は、必ずしも明らかではない。

 〔5〕第三次交通基本法案第16条、交通政策基本法第15条は、いずれも交通政策基本計画に関する規定であるが、交通政策基本法第15条第5項(意見等公募手続の規定)および第6項(交通政策審議会および社会資本整備審議会の意見を聴取することを義務づける規定)に相当する規定は第三次交通基本法案第16条に置かれていない。

 〔6〕第三次交通基本法案第20条は「交通関連事業従事者の育成及び確保等」を定めていた。これに対応するのが交通政策基本法第21条であると思われるが、見出しが「運輸事業その他交通に関する事業の健全な発展」に改められた上で、国が「運輸事業事業基盤の強化、人材の育成その他必要な施策を講ずるもの」とされている。

 〔7〕第三次交通基本法案第21条は「国際競争力の強化及び地域の活力の向上に必要な施策」を定めていたが、交通政策基本法は「国際競争力の強化に必要な施策」に関する規定を第19条に、「地域の活力の向上に必要な施策」を第20条に定め、趣旨を明確化している。いずれも、自由民主党・公明党連立政権が最重要課題の一つとする経済再生、「三本の矢」のうちの「民間投資を喚起する成長戦略」に関連づけられるものと考えてよいであろう。また、第20条については「地方創生」政策とも結びつけられうるものと思われる。他方で、第三次交通基本法案第21条には「既存の交通施設の有効活用等を図りつつ」という条件が示されているが、交通政策基本法第19条、同第20条のいずれにもこの文言はない。「建主改従」「改主建従」ではないが、第三次交通基本法案第21条には公共事業に対する一定の歯止めとしての効果が意図されていたとするならば、交通政策基本法第19条および第20条にはその歯止めが盛り込まれていない、と解することも可能である。

 〔8〕第三次交通基本法案第23条、交通政策基本法第24条のいずれも「総合的な交通体系の整備案」に関する規定であるが、交通政策基本法第24条第2項は「国は、交通に係る需要の動向、交通施設の老朽化の進展の状況その他の事情に配慮しつつ、前項に規定する連携の下に、交通手段の整備を重点的、効果的かつ効率的に推進するために必要な施策を講ずるものとする。」と定めるのに対し、第三次交通基本法案第23条第2項には「施設の老朽化の進展の状況」が記されていない。

 〔9〕交通政策基本法第29条は、「国は、情報通信技術その他の技術の活用が交通に関する施策の効果的な推進に寄与することに鑑み、交通に関する技術の研究開発及び普及の効果的な推進を図るため、これらの技術の研究開発の目標の明確化、国及び独立行政法人の試験研究機関、大学、民間その他の研究開発を行う者の間の連携の強化、基本理念の実現に資する技術を活用した交通手段の導入の促進その他必要な施策を講ずるものとする。」と定める。同じ趣旨の規定が第三次交通基本法案第27条であったが、下線部は記されていない。

 〔10〕交通政策基本法第28条は調査研究に関する規定であるが、第三次交通基本法案には相当する規定が存在しない。

 〔11〕第三次交通基本法案第28条は、「国際的な連携の確保及び国際協力の推進」の下、「国は、交通に関する施策を国際的協調の下で推進することの重要性に鑑み、交通に関し、国際的な規格の標準化その他の国際的な連携の確保並びに開発途上地域に対する技術協力及び人材の派遣、外国において災害が発生した場合の交通施設の復旧等の支援その他の国際協力を推進するため、必要な施策を講ずるものとする。」としていた。

 これに対し、交通政策基本法第30条は、やはり「国際的な連携の確保及び国際協力の推進」という見出しの下、「国は、交通に関する施策を国際的協調の下で推進することの重要性に鑑み、交通に関し、我が国に蓄積された技術及び知識が海外において活用されるように配慮しつつ、国際的な規格の標準化その他の国際的な連携の確保及び開発途上地域に対する技術協力その他の国際協力を推進するため、必要な施策を講ずるものとする。」と定める。この規定は同第19条と関連づけて解釈すべきものであり、提案者または政権の性格の相違がよく現れていると考えられる。自動車産業のみならず、例えば新幹線などの高速度鉄道の技術の輸出を念頭に置いた規定であると考えられる。また、リニアモーターカーを想定したものかもしれない。

 (48) 提案理由の相違については「第185回国会衆議院国土交通委員会議録第4号」(201311月8日)12頁を参照。

 (49) 「第185回国会衆議院国土交通委員会議録第6号」19頁、「第185回参議院国土交通委員会会議録第8号」31頁。

 (50)  国土交通省「交通政策基本法について」(http://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/transport_policy/sosei_transport_policy_tk1_000010.html)も参照。

  

 5.今後の課題

 交通政策基本法が制定され、国の交通全体に関する一般原則や基本理念が定められ、国および地方公共団体の責務が明らかにされることにより、国または地方公共団体による統一的な交通政策の形成の可能性がもたらされた。しかし、それはあくまでも可能性である。行政法学において、計画策定における行政庁(行政機関)の裁量は幅広く認められると解されるのが一般的であるため、交通政策基本法第11条に定められる「国民等の役割」が実際に何処まで発揮されうるかは、未知数である。

 他方、交通政策基本計画は、策定ないし公告によって私人の権利行使に対して制約を加えるもの(51)ではない。また、計画の内容を概観すると、他の行政機関(国)または地方公共団体を拘束するものとまでは言えず、国全体や地方公共団体などに対する指針を定めるに留まるものと理解すべきであろう。従って、交通政策基本計画には国民に対する法的拘束力はなく、事実行為に留まるため、仮に違法または不当な点があるとしても「処分」としての性格がなく、審査請求または取消訴訟を提起することはできない(行政不服審査法第1条、行政事件訴訟法第3条第2項を参照)。

 交通政策基本計画の策定に際しては、行政手続法第38条以下に定められる意見公募手続が行われ、国民の幅広い意見が反映される機会が設けられた。今後も、計画策定に際しては同じ手続がとられなければならない。従って、同計画の妥当性について意見を述べ、多少なりともその意見を反映させるには、現在のところ、意見公募手続以外に方法がない。

 一方、筆者は、本稿(本報告)において「移動の権利」および「交通権」に対して否定的な見解を述べた。これはあくまでも法律学的な意味における権利としての性格についてであり、一種の運動論的、またはスローガン的な意味合いまで否定した訳ではない。しかし、交通政策基本法が施行されてからは、今後の状況次第ではあるが、両者の法律学的な意味を深め、具体的な権利としての性格を与えることが、法律学者の役割として期待されることになるであろう。

 (51)  例、都市計画法第7条による市街化区域および市街化調整区域の設定。

 〇

  〔付記〕

 本稿は、2016年7月25日、公益財団法人地方自治総合研究所の「地域公共交通研究会」(主査:武藤博己法政大学教授)における報告「交通政策基本法と『交通権』〜法律学的観点からの序説的検討〜」の草稿に加筆修正を施したものである。また、筆者は同研究所の「地方自治関連立法動向研究会」のメンバーであり、元々、交通政策基本法(交通基本法案)を「地方自治関連立法動向研究会」における研究の題材の一つとして、微々たるものではありながら研究を進めていた。同研究所の関係各位、とくに、上記の両研究会のメンバーであり、当日の報告の機会を与えてくださった其田茂樹氏(同研究所研究員)に、この場を借りて感謝を申し上げる。


             (2017年9月11日掲載、2025年8月18日再掲載)

地方分権の観点から、市町村合併と地方税制との関連を見直す

 はじめに:これは、某雑誌からの依頼を受けて執筆したものの、掲載されなかった論文です。その理由は私自身にあるのですが、このまま埋もれさせてしまうのもどうかと思い、約15年半の歳月を経てここに公表します。   1.地方自治体の広域化という政策の是非を問い続ける必要性  2009年8...