2025年8月2日土曜日

第5回 行政法上の法律関係

 権利主体相互間に生ずる法律上の関係を、法律関係という。このように定義づけたとき、「行政法関係」とは、行政法によって規律される法律関係のことである。行政法上の法律関係ともいう。ここで再び、公法と私法との区別が問題となる。まず、公法と私法との区別を前提にして、議論を進める(なお、両者の区別は相対的であるというのが一般的である)。

 行政上の法律関係という場合、公法関係と私法関係とが存在することが基礎となっている。私法関係が私人相互間の関係におけるものと同一の規律による支配を受ける関係であり、これが一般的であるとするならば、公法関係は特殊なものである。そして、公法関係は権力関係と管理関係とからなる。

 (1)公権論

 国や地方公共団体と私人との間に権利が存在する(憲法における基本的人権は、まさにこの類のものである)。この権利を公権という場合もあるが、普通、公権は私法上の権利(私権)と異なるものという意味において用いられる。

 代表的な見解によれば、公権とは「公法関係において、直接自己のために一定の利益を主張しうべき法律上の力をいう」〈田中二郎『新版行政法上巻』〔全訂第二版〕(1976年、弘文堂)24頁〉。私人が自らの利益として主張しうる点において、「法が単に国又は個人の作為・不作為を規定していることの結果として生ずる反射的利益」とは区別される〈田中・前掲書84頁〉。国家的な公権として、警察権、課税権、統制権などがあげられ、個人的な公権として、参政権、受益権、自由権、平等権があげられる。以上は基本的人権と類似する分類であり、受益権は行政訴訟を提起する権利、生活保護請求権などを含む。

 公権は、公益上の見地から与えられるものとされる。そのため、公権が有する特色として、相対性(絶対不可侵性を有しない)、放棄不能性(不行使は自由であるが、放棄することはできない)、専属性(他人に移転したり、その権利を差し押さえたりすることは許されない)があげられる。

 しかし、この公権論は、現在、それほど強力に主張されている訳ではない。第一に、公法・私法二分論の妥当性に対する疑問があげられる。第二に、公権に独自性を認めがたい。例えば、相対性は、土地所有権などの私権にも見られる。専属性というのであれば、親権や夫婦間の権利にも認められなければならない(認められないとしたら訳のわからないことになる)。第三に、その内容が豊かでないことがあげられる。手続法上の権利(申請、聴聞、文書閲覧などに関する)なども、現在においては認められる傾向にあるし、認められなければならない。

 (2)権力関係と管理関係

 公法関係は権力関係と管理関係とからなることは前述した。ここで両者について説明する。

 権力関係(支配関係ともいう)は、国または公共団体が、法律上、優越的な意思の主体となって相手方たる私人に対するものであり、本来的な公法関係とも称される。行政行為などに見られる。「公権力の行使」とは、行政庁が私人に対して、法律に基づいて一方的に計画し、命令し、給付し、一定の法律関係を形成し、指導し、強制する活動の総称である。個別的な行政法規に、根拠規定を必要とする。行為規範を欠く場合、あるいは行為規範に違反する公権力の行使は、違法であって、効力を生じないのが原則である。

 或る行政作用が公権力の行使にあたるか否かの判定は、公権力の行使については、実体法上「法の規則」が強く要請される(行政行為論の中心的課題)、公権力の行使は、手続法上「行政手続」の要請に応ずるものであることを要する、公権力の行使は、「抗告争訟」(抗告訴訟、行政不服申立てなど)の対象となる、という三点と関連する。

 管理関係は、伝来的な公法関係とも称され、国または公共団体が公的事業または公的財産の管理主体として私人に対する場合を指す。この場合、私法関係に類似するが、公共の福祉との関係上、私法関係と異なる法的規律に服する。行政作用法において、民商法に見られない特例が多く設けられる他、行政救済法において、行政事件訴訟法第4条・第39条以下に定められる当事者訴訟が用意されている(もっとも、あまり活用されていない)。

 一応は上記のように説明できるが、先にも触れたように、権力関係だから民法の適用が排除されるという訳でもなく、管理関係だから民法の適用が排除されないという訳でもない。

 (3)特別権力関係論

 租税関係など、国民一般が国や地方公共団体の権力に服する関係が存在する。これが一般権力関係である。これを前提とするならば、特別権力関係とは、特別の公法上の原因(法律の規定または本人の同意)によって成立する、公権力と国民との特別の法律関係をいう。特別権力関係の理論は、公務員の勤務関係、国公立大学の在学関係、在監関係など、性質の異なる法律関係を、或る国民が公権力に服従するという関係として捉えている(それがそもそも問題である)。

 特別権力関係の中身として、公権力は包括的支配権(例、命令権、懲戒権)を有するから、個々の場合には法律の根拠がなくとも私人を包括的に支配できる(ここから、法治主義の排除ということが導かれる)、公権力は、私人に対し、一般国民として有する人権を制限できる、この関係の内部における公権力の行為は原則として裁判所の審査に服さない、と主張された。

 しかし、日本国憲法の下で、「特別権力関係」論はそのままで維持されえない。日本国憲法の下、実務上は修正された特別権力関係理論が維持されているが、最高裁判例は、行政事件訴訟の限界という観点から、特別権力関係を体系的かつ包括的に措定していない。むしろ、一般的外部関係に対する意味での個別的内部関係ないし部分社会的関係の存在を肯定しているにすぎないように見える(もっとも、特別権力関係を完全に否定しているとも言えない)。こうしてみると、「特殊自律的内部関係」は、公法私法の区別と無関係に、学校や宗教団体などの内部における自治自律的関係ないし専門的技術的関係から、一般社会の外部的関係と区別されて取り扱われるものであることになろう。

 ●公務員の人権

 国家公務員の政治活動の自由は、国家公務員法第102条および人事院規則14-7により制限されている。また、公務員・国営企業職員は、労働基本権が制限される(国家公務員法第98条第2項、地方公務員法第37条、国営企業労働関係法第17条など)。具体的には、警察職員・消防職員・自衛隊員・海上保安庁・監獄に勤務する者には、労働基本権全て(団結権・団体交渉権・争議権)が否定される。非現業の一般公務員には、団体交渉権と争議権が否定される。郵便などの現業の公務員には、争議権が否定される。

 初期の判例は、「公共の福祉」および「全体の奉仕者」を理由として、簡単にこれらの制限を合憲としていた(特別権力関係論の影響であろう)。最大判昭和41年10月26日刑集20巻8号901頁(全逓東京中郵事件)は、公務員の労働基本権を尊重する立場を採った。この流れは、最大判昭和44年4月2日刑集23巻5号305頁(都教組事件)にも受け継がれた(合憲限定解釈を用いた)が、最大判昭和48年4月25日刑集27巻4号547頁(全農林警職法事件)によって再度転換された。この判決は、一律かつ全面的な制限を合憲とした。また、公務員の政治活動の自由に対する制限については、最大判昭和49年11月6日刑集28巻9号393頁(猿払事件)がある。

 しかし、公務員の人権は、法律や条例により、勤務条件(俸給など)が詳細に規定されている。労働基本権の制約についても、法律の規定に基づいているのであり、特別権力関係によって説明する必要はないと思われる(特別権力関係理論の影響を否定しえないとしても)。

 もっとも、最大判昭和29年9月15日民集8巻9号1606頁、および最二小判昭和32年5月10日民集11巻5号699頁※は、公務員の勤務関係が特別権力関係であることを肯定する。その上で、このような関係の下で懲戒処分や専従休暇不承認処分を、司法権審査が及ぶものとした。その条件として、裁量者による処分が事実無根かあるいは著しい濫用と認められるとき、法的統制の実効性を保障する必要があるとき、としている。

 前掲最大判昭和29年9月15日および最二小判昭和32年5月10日は、公務員の懲戒処分と裁量審査との関係におけるリーディングケースでもある。最三小判昭和52年12月20日民集31巻7号1101頁(Ⅰ―80。私が解説を担当している)も参照されたい。

 ●在監関係

 在監関係についても、憲法第18条および第31条により在監者にも基本的人権が保障される以上、特別権力関係がそのまま妥当すると考えるべきではない。しかし、在監者に基本的人権が全て保障されるという考え方は、常識にも反するし、懲役などの目的などとも矛盾する。在監者の基本的人権を制限する目的は、拘禁と戒護(逃亡・証拠隠滅・暴行や殺傷の禁止・規律維持など)そして受刑者の矯正教化ということを達成するためにあるから、その範囲における必要最小限度の制限が必要である。

 この点に関して、最大判昭和45年9月16日民集24巻10号1410頁は、喫煙の禁止を定めた監獄法施行規則第96条の法律上の根拠が問題となった事案に対し、監獄法施行規則第96条を憲法違反でないとしたが、このような制限は法律で定めるべきであるという批判が強い。

 「よど号」ハイジャック記事抹消事件最高裁判決(最大判昭和58年6月22日民集37巻5号793頁)は、監獄内における規律・秩序が放置できない程度に害される「相当の具体的蓋然性」が予見される限りにおいてのみ、監獄長による新聞記事抹消処分が許されるとの基準を示したが、その判断について監獄長の裁量判断を尊重している点には問題もある。その他、監獄法第50条・同法施行規則第130条による「信書の検閲」は憲法第21条に違反しないとする判決もある(最一小判平成6年10月27日判時1513号91頁)。

 ●地方議会の内部規律

 自律的な法規範をもつ社会ないし団体において当該規範の実現を内部規律の問題として自治的措置に任せるのを良とし、裁判によって判断するのを適当としない事柄が存在する。最大判昭和35年10月19日民集14巻12号2633頁(Ⅱ―152)は、こうした見地から、地方議会議員に対する出席停止という懲罰議決は司法審査の対象外とした。なお、除名の場合は、議員身分の喪失(ある意味で一般社会との外部的関係である)に関する重大事項として司法審査が及ぶとする。

 ●大学と学生との関係  国公立・私立を問わず、学校は学生の教育という特殊な目的を有する。よって学校は一般市民社会と異なる部分社会である。そのため、その目的の達成に必要な限度内において(法令がなくとも)学校側に包括的支配権が認められ、教育的裁量が認められることについて異論はない。また、私立学校の利用関係は私法上の契約関係であることは、争いのないところであろう。国公立大学については、特別権力関係と解するのが通説である。これは、国立または公立大学が営造物(公共施設)であることからみれば、例外であることになる。最大判昭和29年7月30日民集8巻7号1501頁、最小三判昭和52年3月15日民集31巻2号234頁(Ⅱ―145)は、単なる単位認定が司法審査の対象外であり、一般市民秩序と直接の関係を認められる特段の事情があるときのみ、司法審査が及ぶとする(懲戒処分についても同様)。


 ▲第7版における履歴:2020年4月30日掲載。

 ▲第6版における履歴:2015年11月11日掲載。2017年10月26日修正。 2017年12月20日修正。

2025年8月1日金曜日

第3回 憲法と行政法

  1.憲法を具体化するものとしての行政法という理念

 行政法の成文法源とされるものは、憲法、条約、法律、命令、条例、地方公共団体の長の規則である。このうち、憲法は国家の基本的な法であり、かつ、最高法規であるため、行政法の法源としても最高の地位を占めるものである。そればかりでなく、少なくとも立憲主義の理念に即して考えるならば、「行政および行政法は本質的にその時代の憲法によって決定される」のであり、行政法は憲法を具体化するものでなければならないのである。

 引用は、Hartmut Maurer / Christian Waldhoff, Allgemeines Verwaltungsrecht, 19. Auflage, 2017, §2 Rn.1からのもので、私が訳した(下線部は、原文における斜体字による強調箇所である)。行政法が憲法を具体化するものでなければならないということは、ドイツ連邦行政裁判所長官であったヴェルナー(Fritz Werner)の論文「具体化された憲法としての行政法」(Verwaltungsrecht als konkretisiertes Verfassungsrecht, DVBl. 1959, 527)によって述べられ、ドイツでは一般的に承認されている。


 2.国民主権の原理

 日本国憲法は、前文および第1条において国民主権原理を明示する。これを具現化するために、例えば権力分立主義が採用されるのである。また、国民主権原理を実現するためには、主権者たる国民の全体に、国の情報、端的に言えば政府が保有する情報が共有され、少なくとも常に入手が可能な状態になっていなければならないはずである。

 後の回において詳しく述べたいが、日本の憲法学や行政法学における情報公開請求権に関する議論は、国民原理主義の具体化という側面においてあまりに不十分である。櫻井敬子・橋本博之『現代行政法』〔第2版〕(2006年、有斐閣)14頁の記述も、情報提供に留まっている。理念であるとしたらあまりに不十分であろう。その点において、山崎正『住民自治と行政改革』(2000年、勁草書房)56頁注(4)および132頁の記述は示唆に富む。拙稿「大分県における情報公開(1)―大分地方裁判所平成12年4月3日判決の評釈を中心に―」大分大学教育福祉科学部研究紀要第22巻第2号(2000年)427頁を参照。なお、櫻井敬子・橋本博之『行政法』〔第6版〕(2019年、弘文堂)230頁を参照。

 国民主権原理については、既に憲法学の講義などにおいて扱われているはずである。以下、憲法の復習を兼ねるという意味合いを込め、重複することを承知の上で説明を行う。

 国民主権と民主主義とは、一般的に同義の言葉として扱われる。しかし、国民主権は法律学的な概念であり、主権の所在を示すものであるのに対し、民主主義は、政治の在り方についての政治思想的な概念である。但し、国民主権は、民主主義の中に含まれると解することもできる橋本公亘『日本国憲法』〔改訂版〕(有斐閣、1988年)85頁を参照

 民主主義は、個人の尊厳を最高の価値とする。そのため、国家における「支配者と被支配者との自同性(Identität)」が要求されることになる。これが実現されなければ、国民主権の意味がないということになる。

 国民、主権のいずれも、一般的に理解しうる語であり、日本国憲法においても用いられる。しかし、実際には、条文により意味を異にする。この点に注意しなければならない。国民主権という場合の主権は、国の最高の意思、国の政治の在り方を最終的に決定する権力、換言すれば最高決定権を意味する。日本国憲法は、このような最高決定権を国民が行使するということを宣言しているのである。

 ※櫻井敬子・橋本博之『現代行政法』〔第2版〕15頁は「憲法のいう国民主権は、第一義的には、国政の運営が国民の名において行われることを意味」すると述べているが、これは説明としても弱く、理念に関する説明として十分なものとは言えない。

 最高決定権は、憲法の制定や改正に関して、その力を最大限に発揮すべきものとされている、と考えることができる。国民主権は、元々、憲法制定権力が国民に帰属することを意味する。憲法制定権力の発動により実定憲法が制定されると、合法性の原理となり、制度化された上で、権力性と正当性とに分解することとなる。ここで、国民主権の権力性とは、国の政治の在り方を最終的に決定する権力を国民自身が行使する、ということを意味する。また、国民主権の正当性とは、国家の権力行使を正当づける究極的な権威が国民に存する、ということを意味する。

 ここまで、国民主権原理について解説を行ってきたが、日本国憲法の前文において述べられているように、第15条第1項、第79条第2項、第95条および第96条の場合を除き、常に国民が直接的に国政に関する権限を行使することが予定されているのではなく、「正当に選挙された国会における代表者を通じて行動」することが前提とされている。すなわち、直接民主制ではなく、間接民主制(議会民主制)が基本原則となっているのである。

 もっとも、憲法の諸規定の解釈、そして歴史などをみれば明らかであるように、元々、国民主権原理は君主主権への対抗概念であると同時に、近代立憲国家においては市民階級の利益を維持するための機能を有していた。国民とは言うが、基本的に有産階級に限定されていたのである。その後、労働者階級の台頭などにより、文字通り国民全体(とくに貧困者層)の生存権を確保することが国家の命題となり、当初は治安対策の一環として社会保障などを充実させるなど、労働問題に取り組まざるをえなくなると、同質の市民のみを代表する議会による対処などが困難になり、行政権の拡大につながることになる。或る意味において、国民主権原理と現実との乖離はこの時点から始まったとも言える。

 また、日本の場合、イギリスやフランスなどと異なり、元々市民階級が存在せずあるいは士農工商のうちの商人階級が市民階級に相当すると考えることもできるが、おそらくは違うものであろう、明治維新も武士階級による王政復古であったため、市民あるいは商人の政治力は強化されなかった。イギリスやフランスなどにおいては議会の権限が強かったが、大日本帝国憲法は、天皇の権限を非常に強大なものとしており、その下で、議会に比して行政権の範囲は当初から広かった。そもそも、大日本帝国憲法が権力分立主義を採用すると言っても、三権は結局のところ天皇に帰属していた。議会の立法権は制約されていたし、天皇は別に立法権を有していた。しかも、帝国議会成立以前から超然内閣制(内閣制度そのものが憲法上の制度でなかったことに注意!)が存在し、当初から議会が官僚制に対抗しうるほどの力を持っていたかどうかは疑わしい。日本国憲法制定以後も、官僚制の実力はほとんど影響を受けず、むしろ拡大している。日本においては、元々、国民主権原理と現実との乖離が激しくなる要因が存在していたのである。これが社会の発展、そして国民主権原理の普及とともに強く自覚されるようになったと考えられるであろう。

 日本国憲法および地方自治法においては、元々、国政よりも地方自治の側面において直接民主制的な要素が多く盛り込まれている(地方自治法第12条、第13条および第74条以下を参照)。地方公共団体の長などに対する解職請求(リコール、国民罷免)、条例改廃請求権(イニシアティヴ、国民発案)、そして、原子力発電所設置や市町村合併などの重要問題において行われる住民投票制度(レファレンダム、国民表決)が行われるのは、単に直接民主制の現われというだけでなく、国民主権原理の具現化としての意味をも有する。

 但し、現在の法制度において、国民投票や住民投票は、憲法改正を除き、投票の結果が立法者を拘束することが予定されていない。これは、イニシアティヴについても妥当する。理由としては、憲法自体が議会制民主主義を原則としており、直接民主制はむしろ例外的に位置づけられることがあげられる(例外と記すと誤りになるのかもしれないが)。


 3.権力分立主義

 論理的な帰結というよりは歴史的・経験的な事実による帰納的現象に属することとも思われるが、国民主権原理を生かすためには、第一に権力分立主義が採用されていなければならない。この権力分立主義も既に憲法学の講義などにおいて扱われているはずであるが、ここで述べておくこととする。

 日本国憲法には、権力分立を直接的に宣言する条文がない。しかし、第41条において「国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である」とされ、第65条において「行政権は、内閣に属する」とされ、さらに第76条第1項において「すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する」とされていることから、日本国憲法が権力分立主義を採用することは明らかである。すなわち、日本国憲法は、国家の統治権の作用を、立法、行政、司法に分割し、それらを相互に独立する別個の機関にそれぞれ担当させているのである。なお、権力分立主義は多分に歴史的な概念であることには、注意が必要である。

 日本国憲法の規定には示されていないが、権力分立主義は、国や時代、そして論者によって多少の違いがあるものの、元々、国家権力の諸作用を主に機能面から複数の国家機関に分配し、それぞれに担当させることによって均衡を保つという考え方である。出現形態が国によって異なるため、内容も異なるのであるが、一般的に認められる特質として4つが指摘される。

 (1)自由主義:何故、単一不可分であるはずの国家権力を、三つの異なる国家機関に分割して担当させるのか。それは、一つに集中させると、権力の濫用を生じさせるからである。権力が集中すれば、国民の権利や自由はたやすく蹂躪される。このことは、歴史が証明してくれる。

 (2)消極主義:権力を分割するだけでは不十分であるが、実際の問題として、三権は、時として相互に摩擦することがある。この摩擦を、権力分立主義は意図的に生じさせる、あるいは利用する。このことによって、一つの権力が暴走することを防ごうとするのである。

 (3)懐疑主義:アメリカ合衆国の独立宣言の主たる起草者にして第3代大統領であったジェファーソン(Thomas Jefferson. 1743-1826)は、自由な政府が国民の猜疑によって生まれるという趣旨のことを述べている。そこには、政府に対する国民の信頼という考え方はない。こうした、権力に対する悲観主義が、権力分立主義の根底にあることは否定できない。言わば、政府性悪説である(とすると、国民性善説であるのか。これは不明である)。

 (4)政治的中立主義:権力分立主義は、一般的に民主主義の前提と考えられている。しかし、実際には、立憲君主制という形態が存在することから明らかであるように、権力分立主義は君主制とも結合する。イギリスはこの典型であるし、現在でもヨーロッパに残る王国(オランダ、スウェーデン、ノルウェー、ベルギー、ルクセンブルク、スペインなど)も、立憲君主制を採り、権力分立主義を採用するのである。逆に、君主主義を採らない国家(共和制)であっても、権力分立制を採用しない国家もある(ナチス期のドイツ、旧ソ連など)。結局、権力分立主義は、君主制を採るか民主制を採るかという単純なものではなく、人権保障を中核に据えるか否かの問題と関係し、人権保障を担保するための一手段であるといいうるのである。

 しかし、前述のように、19世紀後半から、第4階級とも言われる労働者階級の発展に伴い、それまで市民階級の利益を実現するための機関であった立法府が変質せざるをえなくなったことから、権力分立主義の変容がみられることとなる。階級対立を防ぐため、または解決するための機能は、従来の警察や国防のみでは到底カヴァーできるものではなく、それ以外の新しいものを必要とした。それまでの形式的平等から実質的平等への変化が期待されたのである。しかし、議会には、こうしたものを生み出すことができなくなった。20世紀、とくに第一次世界大戦後、上記の機能はさらに拡大し、積極国家・社会国家が要請されるようになった(これに対し、従来の近代立憲主義国家は、ドイツの社会主義者ラサール(Ferdinand Lassale. 1825-64)によって「夜警国家」と揶揄されたし、消極国家とも言われた)。そうすると、ますます議会は機能しなくなる。そこで、行政権の活動が必然的に多くなった。こうして、多くの国家において行政権の比重の拡大という現象が見られてきた。いわゆる行政国家現象であり、権力分立主義の変容とは、第一に行政国家への変化である。

 但し、既に述べたように、日本の場合は元々行政国家的な色彩が強く、本文に示した説明はそのままでは妥当しない。

 権力分立主義そのものは、ファシズム、ナチズム、共産主義などからの挑戦を受けつつも、維持されてきた。しかし、国家レヴェルであれ地方レヴェルであれ、立法権を担う議会の空洞化が、一般的に見られるようになったのである。

 行政権は、元来、法の執行機関と位置づけられていた。しかし、議会が機能不全に陥るならば、実際に政策を立てうるのは行政権である。何故なら、国家活動の範囲が大きくなることにつれて、特殊な専門的知識が多く要求されるし、迅速な、しかも組織的な活動を要求するが、このような事柄を議会に、さらには議員に要求しても、不可能とは言えないまでも困難であるからである。このことから、国の基本政策を形成し、決定するための実質的な権限を、行政権が行使するようになったのである。これは、官僚制の発展にもつながり、オンブズマン制度の成立原因にもなる。

 但し、スウェーデンの場合は憲法などによる特殊な事情があり、行政国家現象がオンブズマン制度を生んだ訳ではない。さしあたり、私のサイト「川崎高津公法研究室」に掲載している「川崎市市民オンブズマン条例についての考察」の第二章「オンブズマン制度についての一般的考察」(http://kraft.cside3.jp/ombuds2.htm)を参照されたい。

 第二の変化は、政党国家現象とも呼ばれる。政党の成立原因は、国家によって異なるが、第一の変化において述べた階級対立が、後の政党に発展する場面は多い。元々の権力分立主義は、政党の存在を予定しておらず、むしろ敵対的な態度を見せたほどである。しかし、現実の政治制度に鑑みれば、良かれ悪しかれ政党を無視することはできない。そして、政府・与党と野党との対抗関係が、重要になる。政党は、立法権にも行政権にも関与するのである。

 第三の変化は、司法国家現象とも呼ばれ、人権保障の発展と関連がある。国家活動の範囲が拡大されれば、それだけ人権侵害の可能性が広がる。そして、多くの法案が、行政権によって作成され、立法権によって可決されるから、それだけ統制の必要性も大きくなる。行政法学に取り組むにあたり、最も注意を強く向けなければならない部分である。

 司法国家現象は、アメリカ合衆国の判例法として登場した違憲審査権の普及による司法権の拡大として捉えられる。アメリカの場合、違憲審査権は現在に至るまで憲法に規定されておらず、1803年のマーヴェリー対マディソン(Marbury v. Madison)事件判決、とくにマーシャル(John Marshall)首席裁判官の法廷意見により、判例法として確立された。しかし、アメリカ合衆国の実質的な憲法の一部をなしているのみならず、20世紀に入り、違憲審査権は幾つかの類型の下に発展し、少なからぬ国で確立されている。日本国憲法も、第81条により、最高裁判所を頂点とする裁判所が違憲審査権を行使することとされている。

 しかし、実際のところ、日本において違憲審査権はそれほど行使されておらず、憲法違反の疑いがある法律などについても、合憲の判断が下されている。日本の司法権は、行政権および立法権に対して、積極的に統制を加えることが少ないのである。多くの判決にうかがわれるように、これまでは行政権の第一次的判断権を尊重するという態度が見受けられ、それは過剰でないのかという疑念すら生じさせるものであった。これは、権力分立主義の誤解もしくは曲解に、または時代の変化への不対応に由来するものと思われる。そして、その原因の一つは、従来の行政法学や憲法学が生み出したものであるとも言いうるであろう。

 なお、権力分立主義は、元々、立法、司法、行政のそれぞれを担う国家機関相互の抑制・均衡を目指すものとして理解されていたが、最近では、例えば行政権内部における抑制・均衡の関係をも目指すものとする理解が生じている〈その例として、櫻井・橋本・『現代行政法』〔第2版〕20頁〉。これは、従来から内部監査などの形式で行われているが、行政監査といい、会計検査院による検査といい、その機能の有効性については議論がある。2001年には行政機関が行う政策の評価に関する法律が制定され、政策評価の指針や評価基準の策定、さらに第三者機関の設置などが行われている。

2025年7月14日月曜日

自治研かながわ月報の2025年4月号(No. 213。通算277号)のPDFデータが公開されました。

 4月下旬に公刊された「自治権かながわ月報」2005年4月号(No. 213。通算277号)に、私の「横浜市教育委員会裁判傍聴動員事件に関する住民監査請求について」が掲載されていることは、既にお知らせしております。

 公益財団法人神奈川県地方自治研究センターのサイトをみたら、同号のPDFデータが公開されていました。

 御一読をいただければ幸いです。

2025年7月10日木曜日

第2回 行政法とはいかなる法か

 1.公法と私法との区別

 それでは、行政法とは何か。

 行政法を「行政に関する法」、より詳しく言うならば「行政の組織・作用・統制に関する法である」と定義することも可能である。あれこれと難しいことを考えるのでなければ、定義としてはこれで充分であろう(それでも「難しい言葉」が入っているが)。

 しかし、例えば県庁において事務用品・備品を購入する際に、(会計法などによる規制は別として)民事法、とくに民法による規律が妥当すべきである。道路や学校校舎などの建設についても、やはり民事法の請負契約が基本的に妥当すべきである。このような場合にまで、行政法という必要はない。

 そこで、日本の行政法学は、伝統的に、公法と私法の二分論を採用し、行政法を公法に位置づけた上で、行政法は「行政の組織及び作用並びにその統制に関する国内公法」であると定義してきた〈田中二郎『新版行政法上巻』〔全訂第二版〕(1976年、弘文堂)24頁〉

 まず、行政法は、国内における法であり、条約などの国際法とは区別される。そして「行政の組織及び作用並びにその統制に関する」とされるのは、同じ国内公法である憲法と区別するためである。憲法は、国家を中心にし(従って、立法および司法を含む)、国家の組織および国家の作用に関する根本的な事柄を定めているのである。そして、行政法が公法とされるのは、民法や商法などの私法とは異なる、特殊な、そして固有の法であることを主張するためである。

 もっとも、公法と私法との区別については、何を基準にするかによって見解が分かれ、両者の区別は相対的である。公益・私益を区別の基準とする説(利益説)もあるが、これだけでは区別できない。また、少なくとも一方の当事者が国または(地方)公共団体である法律関係を規律する法が公法であり、私人間の法的関係を規律する法が私法であるとする説(主体説)がある。これは、説明としてはわかりやすいが、国または(地方)公共団体が私人間の法的関係と同じ性質の法的関係を私人と結ぶときには私法であるとしなければならないし、かえって区別の規準が曖昧になるおそれがある。

 そこで、日本の行政法学は、ドイツの行政法学の影響を強く受けて、国家と私人との権力関係を規定する法が公法であり、(私人間の)対等な関係を規定する法が私法であるとする説(権力説)を採用する。

 しかし、実際に、何が公法であり、私法であるかを判断することは難しいし、実益があるかも問題である。公法は基本的に権力関係を規律する法であり、私法は対等関係を規律する法であるというのであるが、実際には、権力関係において私法の規定が適用される場面が存在する。具体的な例をみることとしよう。

 

 2.民法第177条は、行政法関係に適用されるのか

 民法第177条は、不動産の物権変動における対抗要件としての登記に関する規定である。ここでは、基本的に対等の当事者同士が或る不動産の所有権について争っている場合に、自己の所有権を主張し、それを裏付けるようなものとして登記が必要であるとされている。それでは、行政による権力的行為については、やはり登記という対抗要件が必要になるのであろうか。

 (1)最三小判昭和31年4月24日民集10巻4号417頁

 事案:原告が訴外A社から土地を購入し、代金を支払った上に、土地を自己の所有物とする財産税の申告をU税務署長に行ったが、所有権移転登記手続を済ませていなかった。A社が租税を滞納していたことがきっかけで、Y1(税務署長)はこの土地をA社名義のものとして差し押さえ、登記名義も変更した上で、Y2を競落人とする公売処分を執行した。そして土地の登記名義もY2になった。Xは、Y1に対しては一連の処分の無効確認を求め、Y2に対しては所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴えを提起した。一審判決(富山地判昭和28年5月30日行集4巻5号1136頁)はXの請求を棄却したが、控訴審判決(名古屋高金沢支判昭和28年12月25日行集4巻12号3127頁)はXの控訴を容れて請求を認容したため、Y1およびY2が上告した。最高裁判所第三小法廷は、以下のように述べて破棄差戻しの判断を示した。

 判旨:「国税滞納処分においては、国は、その有する租税債権につき、自ら執行機関として、強制執行の方法により、その満足を得ようとするものであつて、納者の財産を差し押えた国の地位は、あたかも、民事訴訟法上の強制執行における差押債権者の地位に類するものであり、租税債権がたまたま公法上のものであることは、この関係において、国が一般私法上の債権者より不利益の取扱を受ける理由となるものではない。それ故、滞納処分による差押の関係においても、民法177条の適用があるものと解するのが相当である」。その上で、「国が登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者に当るかどうかが問題となるが、ここに、第三者が登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有しない場合とは、当該第三者に、不動産登記法4条、5条により登記の欠缺を主張することの許されない事由がある場合、その他これに類するような、登記の欠缺を主張することが信義に反すると認められる事由がある場合に限るものと解すべきである」(強調は引用者による。以下、毎回における判例からの引用について同じ)。

 なお、この判決には小林俊三裁判官の反対意見が付されている。同裁判官は「国といえども、ひと度租税債権者として納税人と私法の支配する関係に入つた以上、その特殊の性質から出て来る事項を除いては、法律の解釈適用についてすべて他の当事者と同等の地位に立つべきものである」と述べている。

 民法第177条の適用という点からすれば、民法において先取特権が規定されており、国税徴収法第19条ないし第21条、同第23条、同第26条などにおいて先取特権や質権などとの調整に関する規定が存在すること、地方税法第14条の13、同第14条の14、同第14条の17などにも国税徴収法と同種の規定が存在することから考えてみても、前掲最判昭和31年4月24日の論旨は妥当である。

 (2)最一小判昭和35年3月31日民集14巻4号663頁(Ⅰ-11)

 事案:前掲最三小判昭和31年4月24日により差し戻された事件である。差戻控訴審判決(名古屋高判昭和32年6月8日民集14巻4号708頁)はXの控訴を棄却したので、Xが上告した。最高裁判所第一小法廷はXの上告を認容し、差戻控訴審判決を破棄した。

 判旨:「本件のような場合国が上告人の本件土地所有権の取得に対し登記の欠缺を主張するについて正当の利益を有する第三者に該当しないという為めには財産税の徴収に際し前控訴審判決の認定したような経緯、詳言すれば、上告人は前示差押登記前である昭和21年2月15日魚津税務署長に対し本件土地を自己の所有として申告し、同署長は該申告を受理して、上告人から財産税を徴税したという事実だけでは足りず、更に上告人において本件土地が所轄税務署長から上告人の所有として取り扱わるべきことを強く期待することがもっともと思われるような特段な事情がなければならない」。本件において認定された事実などを勘案すれば、所轄税務署長が本件土地をXの所有物として取り扱うべきであることをXが「強く期待することが、もっともと思われる事情があったものと認めるを相当と考え」られるのであり、Y1はXの「本件土地の所有権取得に対し登記の欠缺を主張するについて正当の利益を有する第三者に該当しないものと認むべき」である。

 (3)最大判昭和28年2月18日民集7巻2号157頁

 事案:Xは訴外Aから農地を購入していたが、所有権移転登記手続を済ませていなかった。農地改革の折、別府市B地区農地委員会は、農地の所有者は登記名義人であり、かつ不在地主のAであるとする認定を行い、買収計画を定めた。Xは、別府市B地区農地委員会に対する異議申立て、および大分県農地委員会への訴願を行ったが、Xの請求は棄却された。そこで、Xは、大分県農地委員会の裁決の取消しを求めて訴えを提起した。一審判決(大分地方裁判所、判決日不明、民集7巻2号176頁参照)および控訴審判決(福岡高判昭和25年10月9日民集7巻2号179頁参照)はXの請求を認容したので、大分県農地委員会が上告した。

 判旨:最高裁判所大法廷は、農地買収処分が権力的な手段による強制的な買い上げであり、民法上の売買とは本質を異にするから、自作農創設特別措置法による農地買収処分に民法第177条の適用は認められないという旨を述べ、上告を棄却した。これに対しては、真野裁判官の補足意見、霜山裁判官の少数意見、および井上裁判官・岩松裁判官の少数意見がある。

 〈なお、最二小判昭和41年12月23日民集20巻10号2186頁などは前掲最大判昭和28年2月18日と反対の趣旨を述べている。〉

 ここで、公法と私法との区別が念頭に置かれていたのか否かについて疑問が生じるが、少なくとも、最高裁判所の判例においては、権力関係であるから公法の分野の事件であり、私法は適用されない、というような思考方法を採っていないことは明らかである。結局は、事案の性質、法律の趣旨などに照らし合わせて考えなければならないであろう。

 

 3.消滅時効(会計法第30条と民法第167条第1項など)

 (1)最三小判昭和50年2月25日民集29巻2号143頁

 事案:訴外Aは陸上自衛隊員として某駐屯地に勤務していたが、昭和40年の某日、駐屯地内の武器隊車両整備工場において、訴外Bが運転していた大型自動車に轢かれ、即死した。Aの両親であるXらは、国家公務員災害補償法第15条による補償金として76万円を受領していたが、自動車損害賠償責任保険法による強制保険金と比較して補償額が低いことなどから、同法第3条に基づく損害賠償請求訴訟を提起した。一審判決(東京地判昭和46年10月30日民集29巻2号160頁)はXらの請求を棄却したため、XらはY(国)の安全配慮義務違反による債務不履行責任の主張を追加して控訴したが、控訴審判決(東京高判昭和48年1月31日訟務月報19巻3号37頁)は控訴を棄却した。Xらが上告し、最高裁判所第三小法廷は控訴審判決を破棄し、東京高等裁判所に事件を差し戻した。

 判旨:「会計法30条が金銭の給付を目的とする国の権利及び国に対する権利につき5年の消滅時効期間を定めたのは、国の権利義務を早期に決済する必要があるなど主として行政上の便宜を考慮したことに基づくものであるから、同条の5年の消滅時効期間の定めは、右のような行政上の便宜を考慮する必要がある金銭債権であつて他に時効期間につき特別の規定のないものについて適用されるものと解すべきである。そして、国が、公務員に対する安全配慮義務を懈怠し違法に公務員の生命、健康等を侵害して損害を受けた公務員に対し損害賠償の義務を負う事態は、その発生が偶発的であつて多発するものとはいえないから、右義務につき前記のような行政上の便宜を考慮する必要はなく、また、国が義務者であつても、被害者に損害を賠償すべき関係は、公平の理念に基づき被害者に生じた損害の公正な填補を目的とする点において、私人相互間における損害賠償の関係とその目的性質を異にするものではないから、国に対する右損害賠償請求権の消滅時効期間は、会計法30条所定の5年と解すべきではなく、民法167条1項により10年と解すべきである。」

 (2)最二小判平成17年11月21日民集59巻9号2611頁

 事案:平成11年の某日、Yの次男Aは自動車を運転していたが、松戸市内で赤信号を見落として某交差点に進入した結果、横断中のBに衝突して転倒させ、重傷を負わせるという事故を起こした。Bは松戸市立病院に搬送され、入院治療を受けた。Bの診療費等の負担に関してX(松戸市)に交付された入院証書の連帯保証人の欄には、Yの実印による印影が示されていた。Yは、診療費等の負担についてXとの間で連帯保証契約を結んでいないと主張し、また、仮に連帯保証契約を結んでいたとしても、本件の訴状がYに送達されたのが平成15年8月30日であるから、それより3年以上前に発生した診療費請求権は時効消滅するとして、消滅時効の援用を主張した。これに対し、Xは、松戸市立病院が地方自治法第244条第1項にいう公の施設に該当することなどから、消滅時効期間は同法第236条第1項に規定される5年と解すべきであると主張した。一審判決(千葉地松戸支部平成16年8月19日民集59巻9号2614頁)はXの主張を認めたが、控訴審判決(東京高判平成17年1月19日民集59巻9号2620頁)は、前掲最一小判昭和59年12月13日を参照しつつ「公立病院の施設自体は,中核をなす診療行為に付随する利用関係にすぎないのであって,公立病院と病院利用者との間の法律関係は,基本的には私立病院と利用者の間の法律関係と異なるところはないから,その使用料は私法上の債権と解すべきである」として、Xの請求の大部分を棄却する判決を下した(3年の消滅時効にかからない部分のみ請求を認容した)。Xが上告したが、最高裁判所第二小法廷は上告を棄却した。

 判旨:「公立病院において行われる診療は、私立病院において行われる診療と本質的な差異はなく、その診療に関する法律関係は本質上私法関係」であり、「公立病院の診療に関する債権の消滅時効期間は、地方自治法236条1項所定の5年ではなく、民法170条1号により3年と解すべきである」。

 注意:平成29年法律第44号により、民法第170条から第174条までは削除されている。したがって、あくまでも事案の性質がいかなるものかという点について注意すべきである。

 

 4.公営住宅の利用関係

 (1)最一小判昭和59年12月13日民集38巻12号1411頁

 事案:被告Yは昭和30年代から某都営住宅に居住していた。公営住宅法第21条の2、同施行令第6条の2など、および東京都営住宅条例第19条の3(いずれも当時)によれば、都営住宅を引き続き3年以上使用しており、かつ、一定の月額収入を超える者は割増賃料を支払う義務を負っており、Yはこれに該当していたが、割増賃料を一切支払わなかった。また、Yは、東京都の許可を得ることなく増築を行った。東京都は、これらが住宅の明渡事由に該当するとして、使用許可を取り消し(実際には撤回である)、割増賃料相当額の支払、増築した建物の収去、および土地の明渡を求めて出訴した。

 一審判決(東京地判昭和54年5月30日下民集30巻5~8号275頁)は、東京都の請求のうち、割増賃料相当分の支払に関する請求のみを認容した。東京都が控訴し(請求の一部を変更している)、控訴審判決(東京高判昭和57年6月28日高民集35巻2号159頁)は東京都の敗訴部分を取消し、Yに土地の明渡を命じた。Yが上告したが、最高裁判所第一小法廷は、Yの上告を棄却した。

 判旨:まず、最高裁判所第一小法廷は、公営住宅法および東京都営住宅条例の規定の趣旨から「公営住宅の使用関係には、公の営造物の利用関係として公法的な一面があることは否定しえない」としつつも、「入居者が右使用許可を受けて事業主体と入居者との間に公営住宅の使用関係が設定されたのちにおいては、前示のような法及び条例による規制はあつても、事業主体と入居者との間の法律関係は、基本的には私人間の家屋賃貸借関係と異なるところはなく、(中略)公営住宅の使用関係については、公営住宅法及びこれに基づく条例が特別法として民法及び借家法に優先して適用されるが、法及び条例に特別の定めがない限り、原則として一般法である民法及び借家法の適用があり、その契約関係を規律するについては、信頼関係の法理の適用があるものと解すべきである」と述べる(強調は引用者による)。その上で、Yによる増築に関して前記東京高判が信頼関係の法理が適用されないとした点を誤りとしつつも、増築の規模が大きかったなどの理由により、結論として前掲東京高判を支持した。

 (2)最一小判平成2年10月18日民集44巻7号1021頁

 事案:訴外Aは、昭和20年代に某都営住宅に入居し、原告の東京都に賃料を払っていたが、某日に死亡した。その日以降、Aの孫であるY1は、Aから代襲相続によってこの都営住宅の使用権を相続したとして、占有を続けていた。また、Y1の甥であるY2は、Y1から承諾を受けたとしてこの都営住宅に同居していた。東京都は、Y1が東京都営住宅条例第14条の2(現在は削除されている)に規定される使用権の承継の許可を得ていないとして、建物の明渡を請求した。

 一審判決(東京地判昭和63年12月22日民集44巻7号1026頁)は東京都の請求を認めたのでY1およびY2が控訴したが、控訴審判決(東京高判平成元年9月18日民集44巻7号1033頁)は控訴を棄却した。

 判旨:最高裁判所第一小法廷は、次のように述べて、Y1およびY2の上告を棄却した。

 「公営住宅法は、住宅に困窮する低額所得者に対して低廉な家賃で住宅を賃貸することにより、国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的とするものであって(1条)、そのために、公営住宅の入居者を一定の条件を具備するものに限定し(17条)、政令の定める選考基準に従い、条例で定めるところにより、公正な方法で選考して、入居者を決定しなければならないものとした上(18条)、さらに入居者の収入が政令で定める基準を超えることになった場合には、その入居年数に応じて、入居者については、当該公営住宅を明け渡すように努めなければならない旨(21条の2第1項)、事業主体の長については、当該公営住宅の明渡しを請求することができる旨(21条の3第1項)を規定しているのである」から、「入居者が死亡した場合には、その相続人が公営住宅を使用する権利を当然に承継すると解する余地はないというべきである」。

 ▲既に、公法は国家と私人との権力関係を規定する法であると記したが、実は、公法は管理関係というものをも規律する(この場合は伝来的公法関係とも称される)。権力的な関係ではないが、契約締結の自由などが存在しない、または著しい制約を受けているという点において私法とは異なる関係のことで、主に国民の生存権の確保などを目的とするものである。

 

 5.契約の当事者の一方が行政法規に違反している場合の、私法上の効力の有無

 公法と私法との関係ということでは、「行政法規に違反する行為は、私法上、効力を有するのか?」という問題も重要である。よく引き合いに出される例として白タクの話がある。或る駅でタクシーを待っていたら、無許可のタクシー(白タク)がやってきて、それに乗ったところ、通常のタクシーより高い料金を支払わされた、とする。ここで、権利濫用(民法第1条第3項)や公序良俗(同第90条)などを問わないとすると、白タクに乗車して目的地まで行ってもらうという契約は有効なのであろうか。

 ここで、判例による考え方を示しておくと、公共の安全や秩序の維持を目的とする警察取締法規に違反した行為の場合は、私法上の効力は否定されない。これに対し、契約や取引の自由を規制することを目的とする統制法規に違反した行為の場合は、私法上の効力は否定される。

 (1)最二小判昭和35年3月18日民集14巻4号483頁

 X社は、A社(食品衛生法による許可を受けている)の代表取締役であるY(食品衛生法による許可を受けていない)に対して精肉を売り渡した。しかし、Yは内金を支払ってはいたが、代金のうちの残りの部分を払っていなかった。Xは、その残りの部分と遅延損害金の支払いを求めた。これに対し、Yは、自らが食品衛生法による許可を受けていないこと、取引の当事者はXとAであってYではないことなどを理由として、売買契約が無効であると主張したが、最高裁判所第二小法廷は、食品衛生法を警察取締法規と理解した上で、この法律による許可を受けていない当事者との取引は、私法上の効力を否定されないと判示した。

 (2)最二小判昭和30年9月30日民集9巻10号1498頁

 Xは煮干し鰯の売買について、当時の臨時物資需給調整法などによる資格を得ていなかった。XはYに煮干し鰯千貫を売り渡し、引渡しも済ませたが、Yが代金を支払わなかったので、Xが訴えを提起した。最高裁判所第二小法廷は、臨時物資需給調整法などを経済統制法規と理解した上で、この法律に定められた登録などを行っていない無資格者の取引は、私法上の契約としても無効である、と述べた。

 しかし、最近では、警察取締法規と統制法規との区別を絶対視しないという傾向がある。すなわち、警察取締法規に違反する行為が常に私法上有効であるとは限らないし、経済統制法規に違反する行為が常に私法上無効であるとも限らない。

 

 6.公法の規定により認められる(または禁止されていない)行為が私法に違反する場合の、私法上の効力の有無

 上記とは逆に、公法の規定において認められる、または禁止されていない行為が私法に違反する場合に、私法上の効力の有無が問題となる。例えば、建築基準法第63条に基づき、準防火地域において耐火構造の外壁による建築物が建てられたが、その建築物が民法第234条に違反する(境界線から外壁まで50cmも離れていなかった)という場合、その効力はどのようになるのであろうか。この問題については、次の二つの考え方が成り立ちうる。

  ①建築基準法第63条は民法第234条に対する特別法であるから、相隣者の同意などがなくとも、建築基準法第63条に規定される要件を満たせば、民法上も建築は許される。民法第234条が木造建築物しかなかった頃に制定されたこと、建築基準法第63条は一定の要件の下で許容する規定の形であり、規制の形をとっていないこと、建築基準法に接境建築を禁止する規定が存在しないことなどが、理由としてあげられている。

  ②建築基準法第63条は民法第234条に対する特別法ではない。従って、建築基準法第63条と民法第234条とは性質が全く異なる。建築基準法は行政法規であり、主に建築主事による建築確認の基準という意味を有するのに対し、民法は私人間の権利関係を調整するための基準という意味を持つ。そのため、前者によって許される建物であっても、後者に違反してはならない。民法第234条の目的は、隣地建物の建築や修繕の便宜、延焼の防止、日照や通風や採光などの環境利益の確保である。また、①の考え方をとると、結局、建物の建築や修繕に際して早い者勝ちということになる。

  この問題については、次の判決が参考になる。

  ●最三小判平成元年9月19日民集43巻8号955頁

 事案:Yは、大阪市内の商業地域に土地を有していた。この地域は準防火地域(都市計画法第8条第1項第5号)であったため、Yは自己の所有地上において、外壁が耐火構造となっている建造物の建築に着手した。これに対し、隣地を所有するXは、Yの建造物が境界線から50センチメートル以上の距離を置いておらず、民法第234条に違反するとして、建物の一部収去および損害賠償などを求めて出訴した。これに対し、Yは上記①の見解を採って抗弁した。

 一審判決(大阪地判昭和57年8月30日判時1071号95頁)は、Yが「建築基準法65条との関係においては、本件(一)建物の外壁を隣地境界線に接して建築することができる」としつつ〈現行の建築基準法においては第63条である〉、「民法234条1項と建築基準法65条との関係についてみると、建築基準法65条は防火という公共的観点から定められたものでありながら、同時に私人間の生活関係の規律に密着するものであり、一方、民法234条1項の規定は、接境建築の建物によって、隣地の採光、通風、隣地上の建物の築造、修繕の便宜、その他利用上の障害を与えないという相隣土地所有権者相互の土地利用関係を調整するために定められたものである。そうだとすれば、建築基準法により防火地域又は準防火地域として指定を受けた市街地内にある建築物で、その外壁が耐火構造のものについて、それだけで直ちに民法234条1項の適用が排除されるものではなく、土地の高度、効率的利用のため、民法234条1項が保護する前記相隣者間の生活利益を犠牲にしても、なお接境建築を許すだけの合理的理由、例えば相隣者間の合意とか、民法236条の慣習等がある場合に限ってはじめて、建築基準法六五条が民法234条1項に優先適用されるものと解するのが相当である」と述べ、本件については「接境建築を許すだけの合理的理由」がないと判断した。

 Yは控訴したが、控訴審判決(大阪高判昭和58年9月6日民集43巻8号982頁)は控訴を棄却した。そのため、Yが上告した。

 判旨:最高裁判所第三小法廷(多数意見)は、次のように述べて上告を認容し、Xの請求を棄却した(上記①の見解を採ったこととなる)。

 「建築基準法65条は、防火地域又は準防火地域内にある外壁が耐火構造の建築物について、その外壁を隣地境界線に接して設けることができる旨規定しているが、これは、同条所定の建築物に限り、その建築については民法234条1項の規定の適用が排除される旨を定めたものと解するのが相当である。けだし、建築基準法六五条は、耐火構造の外壁を設けることが防火上望ましいという見地や、防火地域又は準防火地域における土地の合理的ないし効率的な利用を図るという見地に基づき、相隣関係を規律する趣旨で、右各地域内にある建物で外壁が耐火構造のものについては、その外壁を隣地境界線に接して設けることができることを規定したものと解すべきであって、このことは、次の点からしても明らかである。すなわち、第一に、同条の文言上、それ自体として、同法6条1項に基づく確認申請の審査に際しよるべき基準を定めたものと理解することはできないこと、第二に、建築基準法及びその他の法令において、右確認申請の審査基準として、防火地域又は準防火地域における建築物の外壁と隣地境界線との間の距離につき直接規制している原則的な規定はない(建築基準法において、隣地境界線と建築物の外壁との間の距離につき直接規制しているものとしては、第一種住居専用地域内における外壁の後退距離の限定を定めている54条の規定があるにとどまる。)から、建築基準法六五条を、何らかの建築確認申請の審査基準を緩和する趣旨の例外規定と理解することはできないことからすると、同条は、建物を建築するには、境界線から50センチメートル以上の距離を置くべきものとしている民法234条1項の特則を定めたものと解して初めて、その規定の意味を見いだしうるからである。」

 これに対し、伊藤正己裁判官は「建築基準法は、建築物の敷地、構造、設備及び用途について公益の観点から最低の基準を定めているのであり(同法1条)、公法上の見地から規制を加えているのであって、法律全体としてみれば、私人間の権利を調整しているわけではない」と述べ、多数意見に反対した。

 

 7.公法と私法の区別についての小括

 以上のように、公法と私法という分類には、公法の適用範囲とされる事案について私法の適用があるのかという問題があり、適用される場面が少なからず存在するということになると、行政法は公法であるという主張の妥当性が疑わしくなってくる。そのため、最近では、公法と私法との分類を否定する見解が勢力を増しており、とくに、戦後生まれの世代による学説の多くが、こうした説を採るように思われる(定着したという評価も多く見られる)。少なくとも、かつてのように公法・私法二分論が強調されることは少なくなっている。

 例えば、公法上の不当利得というような観念は、無用のものである、公権論についても同様である、というような説明がなされている。行政事件訴訟法には、公法上の当事者訴訟という訴訟類型が規定されているが、制度的・手続的に民事訴訟と大差なく、利用件数も少ない。私も、公法・私法二分論には疑問を抱いているが、それでは行政法の特質とは何かという問題に、公法・私法二分論批判説が十分に答えているとも思えない。

 たしかに、公法・私法二分論によって全てを割り切ることはできない。行政法学においても、従来からの行政行為論などとともに、行政契約論、その他、私法的行為に関する議論がなされざるをえなくなっている。

 しかし、行政法において、民法や商法などと異なる部分が存在することは、否定のしようがないところであろう。少なくとも、行政法は、民法などの私法と異なることが多い。例えば、自動車の運転免許証の交付を、私法における契約などと同じように考えることはできない。対等な当事者間における関係は、運転免許証の交付という場面においては見られない。むしろ、自動車の運転は、本来ならば国民の権利・自由に属する行為とも考えられるが、安全・秩序の維持という観点から、法律によって一般的に禁止し、一定の要件を充たす場合に、その禁止を行政が運転免許証の付与によって解除するのであり、この点において行政側が国民に優越する位置に立っているのである(行政法学における許可)。このように、行政法は、それなりに民法などとは異なる法なのである、と言うことはできる。

 

 8.行政法の基本類型

 この回の最後に、行政法の基本類型をみておく。これは行政法学の体系上のものであり、多くの行政法学の教科書がこれに従っているものである。

 (1)行政組織法(機構法)

 法律制度の枠組自体を規律する法が組織法(機構法)である。例として、国家行政組織法、裁判所法をあげることができる。また、憲法も、国家の基本組織を定めるという意味において、これに含まれる。地方自治法も、組織法の一つである。

 行政組織とは、行政主体が行政を行うために設置した組織である。行政組織法は、国・公共団体などの行政主体の組織(単位たる行政機関の設置・廃止・構成)・権限、機関相互間の関係に関する規律、国・公共団体などの行政主体相互間の規律(行政主体相互間の事務の分担)を内容とする。また、厳密に言うならば行政組織に関する法とは言い難い部分もあるが、公務員に関する法も、行政組織法の一部である。

 なお、行政法学においては、行政活動を行うものと行政活動の相手方との法的関係を中心に据える。その場合の行政活動を行う側が行政主体である(行政体と表現する論者もある)。国、地方公共団体の他、行政事務を行う公法人(日本銀行など)、法律などに基づいて組合員のために特定の事業を行う公法人(土地改良区、土地区画整理組合など)も行政主体である。但し、行政主体であるか否かの判断が困難な場合もある。民生委員や行政相談委員は、公の活動を行うが行政主体でない。逆に、日本放送協会は、放送法などを通じて国の監督権を受ける(予算も国会の決議の対象となる)が公の活動を行うとは言えない。

 (2)行政作用法

 一般的に、社会において行われる個々の行為を規律する法が行為法(作用法)である。行政作用法は、国・公共団体などの行政主体と私人との間の、公法上の法律関係に関する規律を内容とし、行政が私人に対していかなる行為をなしうるか・なすべきか・なさざるべきかを規律する。

 行政作用法は、総論と各論とに分けられる。一般的に言われる行政法総論は、行政作用法総論を中心とする(論者によって、また、大学のカリキュラムによって範囲に違いがあり、行政法総論に行政救済法や行政組織法総論が入ることもある)。この講義ノートは、行政作用法のうち、総論を扱う。

 行政作用法総論は、各行政分野において用いられる作用または手段の共通性に着目し、これらを取り上げて研究をなそうとする分野である。行政裁量、行政行為、行政立法などを扱う。これに対し、行政作用法各論は、各行政分野(警察行政、財務行政、社会保障行政など)毎に行政作用を扱い、研究の対象とするものである。一般には行政法各論と言われる(実際には行政組織法各論というべき部分も入ってくる)。現在では独立した分野として扱われる租税法や教育法なども、元来は行政作用法各論として扱われていた。

 (3)行政救済法

 行政活動は、憲法・法律・条例に従って適切に行われなければならない。しかし、常に適法かつ正当に行われるとは限らない。違法または不当な行政活動によって国民の権利・自由が侵害されたり、侵害されるおそれが存在することもある。そこで、このような行政活動から国民の権利・利益を救済し、行政活動を統制するために作られるのが行政救済法である。行政救済法は、主に行政活動の事後的な統制に関する法である(国家賠償法、行政不服審査法、行政事件訴訟法など)。

 (4)行政手続法

 行政活動の事前的な統制に関する法である。行政行為がなされる段階を基準とすれば、事前的な段階における行政手続と事後的な段階における行政手続とが考えられるが、一般的には事前的な段階における行政手続を指し、行政手続法もその段階を規律するものと理解される。従来、行政法の基本類型の中に行政手続法は含められていなかったが、行政手続法は純粋な行政作用法と言い難いし、行政救済法とも異なる。そのため、ここでは、行政手続法を一つの基本類型としておく。

 

 ▲第7版における履歴:2020年4月15日掲載。

 ▲第6版における履歴:2015年9月22日掲載。

              2017年10月26日修正。

              2017年12月20日修正。

2025年5月30日金曜日

アーカイヴ:サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題・第61編の付録

制度的保障論に関する簡単な図です。



 (初出:2004年12月22日)

アーカイヴ:サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題・第61編

 まず、本題に入る前に、第60編で取り上げた院内町の場外舟券売り場設置計画について、続報がありましたので 、紹介しておきます。読売新聞朝刊大分版に9月19日付で掲載された「院内町の『場外舟券売り場断念』 大阪の事業者が町に報告」という記事(http://kyushu.yomiuri.co.jp/nsurf/nsurf44/nsu4409/nsu440919d.htm)によると、9月17日、院内町での場外舟券売場設置計画を進めていた事業者(大阪市に本社を置く「トイ・アセットコーポレーション」。不動産・金融コンサルタント業)がこの計画を断念したことが判明しました。理由は明らかにされていませんが、院内町と、東京都にある全国モーターボート競走会連合会に、文書による報告が届いたとのことです。院内町は、建設初期費用(およそ10億円)の負担ができなかったからではないかとみているようです。9月10日には、院内町に、正式な覚書のことについて連絡があったとのことでした。

 

 私がこのホームページ(2004年の4月上旬までは「大分発法制・行財政研究」という名称でした)を立ち上げて間もない2000年夏から継続してきたこの不定期連載も、いよいよ、この第61編で完結となります。当初は数回で終わるだろうと思っていましたが、約4年間、61編まで到達しました。いつの間にか、このホームページのメイン的な地位を占めるようになり、サテライト日田問題のためにホームページを立ち上げたという誤解まで生じたのですが、今、川崎で、そして高島平で振り返ってみても、この問題に関わることができたことには大きな意味を感じています。そして、この問題を通じて、日田市を中心として多くの方々と出会い、意見を交換する機会などを得ることができました。今、皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。

 7月7日に掲載した第60編から5ヶ月以上が経っています。この時は、サテライト日田問題についてあまり述べていませんので、2月26日に掲載した第59編からであれば10ヶ月近くが経とうとしてます。とくに他意はなく、私自身が勤務地を変更し、新たな環境への順応に時間がかかったこと、この不定期連載に取り組む余裕がなかったことが原因です。おそらく、最も長い空白期間になってしまいましたが、今回は、いわば「あとがき」として、私の目で見たサテライト日田問題について振り返ってみたいと考えています。

 (よく考えて見ると、大分大学でこの問題に関わり続けたのは私だけでした。)

 もっとも、これは私自身にとって大きな問題でもあります。2004年3月まで大分大学教育福祉科学部に勤務し、大分県の県庁所在地である大分市に住んでいた私にとって、サテライト日田問題を振り返ることは、2000年夏以降の私自身の生活全体を回顧する、あるいは反省することにつながります。勿論、2000年夏から2003年11月まで、私はサテライト日田問題だけに取り組んでいた訳ではありません。市町村合併の問題にも取り組みましたし、地方税財政制度の研究をも進めてきました。いまだに完成していないのですが、アルベルト・ヘンゼルの財政調整法理論を中心としたドイツ財政法の研究も続けています。これらが、どこかでサテライト日田問題につながっているような気がしているのです(これは、あくまでも私の感覚的なものであり、論理的に説明しうることではありません)。

 サテライト日田問題は、日本の地方自治制度に重要な問題点をいくつも提示しています。その最も大きなものを一言で表すならば、日本国憲法によって保障されているはずの地方自治の現状です。もう少し長めに記せば、地方自治体が有するはずの地域に関する自己決定権、「まちづくり権」の有無であり、地方自治体の独立性の程度でした。三位一体改革が曲がりなりにも進められようとしている中で、この問題は、日本全体に波紋を呼び、地方自治、住民の地位について改めて大きな問いかけをなしたのです。

 本来であれば、地方自治の理念からして、地域のことは、地域の公共団体(統括団体)である地方自治体、そして何よりもその地方自治体に居住する住民によって決定されるべきであるはずです。ところが、日本国憲法の下でも、地方自治体や住民の自己決定権は、全く否定されることこそなかったものの、実際には、財政、その他の手段などにより、かなり制約されておりました。高度経済成長期には、それでもよかったのかもしれません。しかし、日本社会が成熟の度を増すに従い、弊害が目立つようになりました。その早い現われが公害問題です。そして、バブル期には通称リゾート法などにより、国が補助金などの誘導策によって実質的に地方自治体の自己決定権(および能力)を喪失させ、地域住民の意思にそぐわないような(そして、どこもかしこもゴルフ場などという、まるで金太郎飴のような没個性的でもある)大規模な開発が行われました。宮崎市にあるシーガイアが典型的な例です。この巨大施設がある一ツ葉地区の悲劇は、決して忘れられてはなりません。バブルの崩壊によってリゾート計画が軒並み破綻すると(当然のことですが)、今度は景気対策ということで、国の指図に従ってこれまた大規模な、そして住民の意思やニーズから乖離した大規模公共事業が展開されていきます。こうして、地方財政は悪化の一途をたどり、地方自治体は当事者能力を失って無責任になる、というような結果に陥りました。

 地域の住民が、自らの力で暮らしやすい街(地域)をつくる。この当然のことが、中央集権的な日本においてなかなかできなかったのです。サテライト日田問題も、まさにその類の問題でした。

 勿論、住民がただ黙っていた訳ではありません。しかし、地域のニーズに合わせた事業を行おうとしても、法律などの壁がありました。地域の自己決定が生かされないような法制度になっていたのです。地方自治法そのものにもこうした色彩の規定がありましたし、個別の法律をあげればきりがないでしょう。

 自転車競技法もそうです。地域に公営競技が必要であるのか否かについて、住民の役割は何も規定されていません。この法律には、国、都道府県および市町村(指定された)が登場しますが、競輪事業を営まない市町村は最初から対象の外に置かれていますし、事業を営むか否かにかかわらず、市町村の住民が登場する幕は全く存在しないのです。私は、この不定期連載において、公営競技そのものに反対している訳ではないことを何度も強調しています。公営競技は、歴史的にみても、地方自治、地方財政などに対する一定の役割を果たしてきました。このことは率直に認めなければなりません。しかし、川崎市に生まれ育ち、起点に競輪場と競馬場、途中の駅の近くに東京競馬場、終点に競輪場があるというJR東日本の某路線の沿線を利用している私は、競輪や競馬などを一度もやったことがないものの(このことで或る先生から叱られましたが)、人の心理や街の環境などにどのような影響を与えるかを知っています。そして、住民よりも事業者の利益を優先している現行の法体系に何らかの問題がないのかと考え続けていました。

 憲法第92条以下によって、地方自治体(地方公共団体)には自治権が保障されています。しかし、それは、憲法によって直ちに具体化するものとは言い難いものであり、法律や政令など、国の法によって範囲が定められます。これを具体化というのですが、見方を変えれば、具体化とは、抽象的には広汎であるはずの権限などが狭められるということでもあります。そして、範囲をどのように定めるかについては、日本国憲法自体が国の法律によることを明示しています。

 地方自治については、憲法学にいう制度的保障説が通説の地位を占めています。制度的保障説は、ドイツの公法学者シュミット(Carl Schmitt)が『憲法論(Verfassungslehre)』という研究書において提唱したもので、これに該当するものとして(論者によって違いがありますが)私有財産制度や大学の自治、政教分離、婚姻などがあります。シュミット自身は、ヴァイマール憲法第127条を例として、まさに地方自治制度が制度的保障であることを述べています。この説の内容を簡単に示すと、さしあたり、上に記したことになるのですが、これでは乱暴かもしれませんのでもう少し丁寧に記しておきます。

 憲法の規定の中には、国民の基本的人権(基本権)を保障するのではなく、その基本的人権(基本権)に関わる制度の存在を保障するものがあります。憲法第29条は国民の財産権を保障していますが、それだけでは不十分ですから、私有財産制度をも保障すると考えるのです(私有財産制度が否定されるところで財産権の保障を主張してもほとんど意味がないでしょう)。この、制度の存在を憲法が保障するという 考え方を制度的保障説というのです。

 しかし、よく考えて見ると、制度の存在を保障するということは、それほど明確な説明になっていません。例えば私有財産制度の存在を保障すると言っても、制度の中身が何であるのかはわかりません。むしろ、国が法律によって明確にしなければならないのです。そして、制度を保障する意味は、基本的人権(基本権)の保障につながります。そこで、制度的保障説は、制度を保障することの意義として、憲法に定められた基本的人権(基本権)の中心的な部分を立法権による侵害から守るというところにある、と述べます(立法権という部分に注意して下さい)。そして、制度の存在自体を前提として、具体的な中身を法律によって形成する権限(と記してよいでしょうか)を導き出します。

 ここで再び財産権および私有財産制度を取り上げますと、抽象的に財産権といっても中身が明らかになりませんので、財産権が保障されるための私有財産制度を考えます。日本の場合は、一般的に民法で具体化を行っており、この他、商法、労働法、経済法など諸分野の法律による具体化を行っています。この結果、物権については民法などの法律によって定められたもの以外には認められないということが起こります( 民法に規定されておらず、慣習法として、判例法によって認められた譲渡担保などは例外的な存在です)。 抽象的に考えれば、物権にも様々なものが存在しうるでしょう。しかし、法律によって具体化されるとともに、我々が行使しうる物権には制約が加えられているのです。

 制度的保障論は、基本的人権(基本権)に中心的な部分と周辺的な部分とがあると考えます。制度についても同様です。従って、基本的人権(基本権)、制度そのものを否定することはできません(憲法によって保障されているからです)。そして、基本的人権(基本権)、制度の中心的な部分については、立法権による侵害(規制)をなすことができません。これに対し、周辺的な部分については、立法権による侵害(規制)が正当化されることになります。もっとも、このように主張しうるとしても、何が中心的な部分であり、あるいは周辺的部分であるのかについては、結局、中心的部分をどのように考えるかに係ってきます。

 (簡単な図を作ってみましたので、△をクリックして参照して下さい。)

 地方自治が制度的に保障されるということは、とりもなおさず、上記のような問題点を抱えることを意味します。そもそも、地方自治の中心的な部分とはいかなるものなのでしょうか。憲法第92条にいう「地方自治の本旨」が該当すると考えることもできます。しかし、これも決して明確な言葉ではありません。一般的には団体自治と住民自治を意味すると説かれていますが、両者とも、具体的な中身が法律によって決められるのですから、答えとしては不十分です。そして、中心と周辺との境界が曖昧にされていたため、日本国憲法における地方自治の規定は、或る意味において、むしろ中央集権体制の強化に資する結果をもたらしたとも言えます。

 このことを、私は別の形で指摘しています。僭越ながら、日本租税理論学会編『相続税制の再検討(租税理論研究叢書13)』(2003年、法律文化社)に掲載された私の論文「ヘンゼルの地方財政調整法制度論」から引用させていただきます(同書177頁。なお、これは、2002年11月16日、中央大学駿河台記念館にて行われた同学会第14回大会における個別報告が基となっています)。

 「日本国憲法は第九二条ないし第九五条において地方自治に関する規定を置くが、これらの規定には、地方公共団体(都道府県および市町村)の税財政制度の基本的枠組みに関する内容は含まれていない。むしろ、日本国憲法は、ドイツ連邦共和国基本法第一〇四a条以下(とくに、第一〇五条ないし第一〇七条)などと異なり、地方公共団体の税財政制度については具体像を示さず、沈黙していると評価してもよい。

 もとより、憲法第九二条により『地方自治の本旨』が謳われ、第九四条により『地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有』するのであるから、地方公共団体が独自の税財政制度をもつことは許容される。しかし、第九二条および第九四条から明らかであるように、地方公共団体の税財政制度の基本的枠組みは『法律でこれを定める』のである。したがって、地方税財政制度が中央集権的なものとなるか地方分権的なものになるかは、日本国憲法の上では必ずしも明らかでなく、地方自治法、地方財政法、地方税法、地方交付税法などに委ねられざるをえない。その際、制度的保障論が援用されることも考えられるのであるが、地方税財政制度のいかなる部分が核心的であるのか、必ずしも明らかではない。そればかりでなく、制度的保障論そのものが中央集権的観点に立つものでもある。結局のところ、地方税財政制度の設計は、最終的に中央政府の決定事項となる。日本国憲法の場合、その要素が非常に強いと思われる。」( 注などは省略)

 長く引用しました。このことは、公営競技などについても妥当すると考えられます。公営競技は地方財政法の一分野でもあるからです。そればかりでなく、地方、さらに住民がどれだけ主体性を持ちうるかという問題にもつながるからです。最終的には、あらゆる法制度が中央政府の手によって形成されるのですが、そこに地方、そして住民の立場がどのように生かされるべきなのか。サテライト日田問題を通じて、自転車競技法が抱える、地方分権の理念に矛盾する性格が露見しました。場外車券売場の設置に際して、地域住民の意向は無視される。それが法律によって正当化される、というより、法律は地域住民なり市町村なりの意向に全く配慮をしない。そして、地域の声を集約しようとする条例を制定すると、それが法律に矛盾するものとして問題になる。しかし、憲法に照らすと、法律にも問題があることがわかる。サテライト日田問題を法律の点からみると、こんなことになります。

 日田市公営競技の場外券売場設置等による生活環境等の保全に関する条例(以下、日田市条例と記します)と自転車競技法との関連について、このホームページにも掲載している「サテライト日田をめぐる自治体間対立と条例」に記したことについて、掲示板「ひろば」に、大分大学での同僚から批判を受けました。これには正直に言って呆れたとしか言いようがなく、地方自治に関して憲法学者がいかに貢献をしていないかがわかったほどでした(最近の議論を概観すればわかりますが、例えば地方分権改革や市町村合併を日本国憲法と照らし合わせて論じている憲法学者は非常に少ないのです。多くは行政法学者によってなされています)。私は、法律と条例との関係を規定する地方自治法第14条に照らせば、日田市の条例には問題があると思っています。どう読んでも、自転車競技法の趣旨と合わないからです。自転車競技法には、そもそも、場外車券売場の設置場所となる市町村、およびその住民の意見を反映させる手続を定めた条文がありません。立法資料に目を通しておりませんので詳しいことはわかりませんが、第1条に地方財政の改善などが謳われていることからして、市町村、住民の意見聴取などは当初から考えられていなかったものと思われます。私は、当初から憲法レベルと法律レベルの議論を分けて論じているのです。これは、実定法学に携わる者の常識に属することだと思われます。

 私がこの問題にかかわりはじめた2000年6月下旬は、まさにこの日田市条例が日田市議会で可決され、制定された時期でした。制定即公布即施行という条例でした。大分合同新聞社からこの件についてコメントを求められた時、直感で、これは行政法学的に大きな事件だと感じました(事実はその通りに進みました)。そこで、条例をファックスで送っていただき、コメントをしたのでした。あの時の意見については、当の日田市役所で反発を受けたということを、2001年3月2日、日田市役所での取材の際に知りました。私が別府市を支持していると考えられた方もおられたようです。しかし、2000年秋、私が新聞などでこの問題を追うに従って、別府市の態度に疑問を抱き始めました。それは小さくなるどころか大きくなる一方でした。市報べっぷ2000年11月号の記事を知った時には、「こんなことを市報の記事として書くものなのか?」、「この時期にこの特集をやるというのはどういうことなのか?」などという疑問が湧きました。この他にも、誠実さに欠けるとしか言いようのない態度には、単なる一大分県民として憤りを感じたほどでした。同じような感想を、私は別府市民の方からもうかがっています。そして、2000年12月9日、あの別府市でのデモが行われました。情報を得ていたので、私は見に行きました。少なくとも日本において、これほど珍しいデモもないでしょう。何しろ、市長を先頭に、日田市議会、市内の商工会議所など17の団体が、別府市の北浜から別府駅東口までの道路を往復したのです。今悔やんでいるのは、カメラと録音機を持っていかなかったことです。しかし、あの熱気は、私が大分県に住んでいた7年間で最高のものでした。私にも、その時の日田市の意思が痛いほどに伝わってきたのです。今も、時折ですがあの日のことを思い出します。

 2001年2月には、別府市議会臨時会における関連議案の否決という衝撃的な事実が起きました。前日の委員会審議では可決されていたのに、本会議では逆の結果になったのです。これも、日本の議会運営ではあまり生じないことです。これがいわば転換点になります。その後、別府市では、サテライト日田設置関連議案が提出されなくなりました。同じ頃には、日田市が経済産業大臣を相手取った行政事件訴訟(設置許可処分無効確認訴訟など)と別府市を相手取った市報記事訂正請求訴訟が日田市議会で可決され、実際に提訴されます。

 今振り返ってみると、サテライト日田問題は、この頃が最も熱気に溢れていたように思われます。とにかく、2001年1月と2月には、この問題に関する報道が多かったのでした。また、私自身も、当時日田市のホームページに設置されていた掲示板に登場しては書き込みなどをしていました。別府市議会には多くの日田市民が傍聴に訪れ、議案の審議などを見つめていました。これが無言の圧力になったのかもしれません。

 その後、訴訟が始まってから、私は、なるべく時間を見つけて大分地方裁判所へ出かけました。今だから書けるのですが、日田市対別府市訴訟のことで日田市役所、さらに梅木哲弁護士の事務所を訪れるため、大分医科大学(現在の大分大学医学部)の講義を休講にしたことがあります(これは、打ち合わせのためです)。日田市対別府市訴訟については、何回か傍聴できなかったことがありますが(全てこの連載で記しています)、日田市対経済産業大臣訴訟は、大分地方裁判所、そして福岡高等裁判所で行われた口頭弁論の全てを傍聴しています(これも今だから書けるのですが、福岡高等裁判所での口頭弁論は月曜日に行われたため、大分医科大学医学部医学科の「法学」と大分大学教育福祉科学部の「日本国憲法」を休講にしています)。

 日田市対別府市訴訟においては、地方公共団体に名誉権が認められるか否かが最大の争点になりました。この判決は2002年11月19日に出され、日田市が勝訴しました。判決は、2004年になってから判例タイムズ1139号154頁に掲載されましたが、今のところ、この判決に対する評釈は、私が知る限りにおいてですが、私の「地方公共団体の名誉権と市報掲載記事」(大分大学大学院福祉社会科学研究科紀要第1号(2004年)21頁~30頁)のみです。

 これに対し、日田市対経済産業大臣訴訟は、日田市対別府市訴訟と全く同じ裁判官(三氏)で行われたのですが、この連載においても示したように、実際には日田市の原告適格の有無が最大の争点になりました。原告適格は訴訟の要件の問題ですから、本来であれば、これが最大の争点になること自体が妙なのですが、行政事件訴訟の現状からしてやむをえなかったのです。判決は2003年1月28日に出されました(余談ですが、熊本県立大学総合管理学部の集中講義「財政法」のお話をいただいたのがこの頃です)。見事に敗訴、しかも却下判決でした (やはり判例タイムズ1139号の83頁に、この判決が掲載されています)。この判決についても、私は「場外車券売場設置許可無効確認請求事件」という評釈を書きました。判決言い渡しの後、日田市役所の方々などと話したのですが、「こんなものなのか?」というような声を聞きました。私も落胆していました。その後、大分県庁にある記者クラブでの会見の席に行きたいと申し出たところ、了解を得て行きましたが、私まで記者会見の席に出されるとは思っていませんでした。遠慮したのですが、どうしてもというので座らせていただきました。興奮していたので、まともに意見を話せたかどうか疑われるような状態でした。

 日田市は直ちに控訴しました。そして、2003年6月23日と11月10日、いずれも雨の日に福岡高等裁判所での口頭弁論が行われました。4月に別府市長選挙が行われ、市長が交代したことで、サテライト日田問題は解決の方向に向かう可能性が高まったのですが、11月10日、日田市は訴えを取り下げることを明らかにしました。その日の午前中、別府市は、溝江建設に設置断念(正式には車券販売の断念)の通告を済ませ、経済産業省には確約書の撤回を申し入れたという説明がなされました。こうして、日田市にとってのサテライト日田問題は終わりを告げたのでした。

 訴訟の取り下げによってこの問題そのものは終わりました。しかし、もう少し一般化して考えると、この問題について解決されていない部分があります。日田市対経済産業大臣訴訟は、結局、原告適格問題で終始しました。そのため、本案審理に入っていないのです。いわば途中で打ち切られた形になったので、未解決の事柄が残されています。

 1.地方自治体の出訴資格

 そもそも、地方自治体は行政事件訴訟法に定められている抗告訴訟(取消訴訟や無効等確認訴訟)を提起することができるのか。2004年6月に行政事件訴訟法の改正法律が公布され、2005年4月1日に施行されますが、この点については議論されなかったようで、改正にも生かされていません。従って、この問題はそのままの形で残されています。

 2.地方自治体の原告適格

 実は、「地方自治体の」という言葉は不要かもしれません。住民が同じような訴訟を提起した場合には、やはり原告適格の問題が出てくるからです。行政事件訴訟法の改正法律により、第9条に第2項が追加されました。これは、新潟空港訴訟最高裁判決(最二小判平成元年2月17日民集43巻2号56頁)やもんじゅ訴訟最高裁判決(最三小判平成4年9月22日民集46巻6号571頁)などの趣旨が生かされたものと解説されています。しかし、日田市対経済産業大臣訴訟においては、新潟空港訴訟最高裁判決やもんじゅ訴訟最高裁判決で示された基準の適用あるいは解釈をめぐって、日田市側と経済産業大臣側が争いました。所詮は法律の解釈だから見解が分かれるものであるとも言いうるのですが、基本的に、原告適格である以上は原告に多少とも有利な解釈がなされ、なるべく本案審理に移行するようでなければならないでしょう。

 そして、サテライト日田訴訟がもたらした原告適格の問題は、これまでの原告適格に関する学説の盲点を突くものです。行政事件訴訟法は、原告が私人であることを基本線としています。そのために、私人が訴訟において主張する利益が、法律によって私人の法的な権利あるいは利益として保護されるものであれば原告適格が認められ、公益という性格に過ぎなければ原告適格が否定されます。しかし、地方自治体の場合は、私人であれば法的な権利あるいは利益ではなく公益であるという場合であっても、それがまさに地方自治体の法的な権利あるいは利益であるとも考えられるのです。最三小判平成14年7月9日民集56巻6号1134頁のように、地方自治体が原告として提起した建築工事続行禁止請求の民事訴訟が裁判所法第3条第1項にいう「法律上の争訟」に該当しないとして却下されるという例があることからすれば、地方自治体が訴訟を提起すること自体が難しいのかもしれません。いずれにせよ、地方自治体と訴訟との関係については、さらに検討を加える必要があります。

 3.地方自治体の「まちづくり権」

 おそらく、「まちづくり権」という言葉が用いられるようになったのは、サテライト日田訴訟が最初でしょう。寺井弁護士によるのか、木佐教授によるのか、私にもわからないのですが、いずれにせよ、最近では一般化しつつあります。しかし、実は、この「まちづくり権」という権利は、具体的な中身がまだ十分に詰められていないのです。

 「まちづくり権」は、大分地方裁判所の段階における原告側の準備書面(第1)において登場します。ここにおいても未熟な議論が展開されていますが、整理すると、憲法上の根拠として第92条および第94条があげられるようです。そして、地方自治体のまちづくり計画に際して地方自治法第1条の2第1項および第2条第4項(こちらは計画策定義務を定める)があげられています。直接的には、地方自治体の計画策定権を意味するようなのですが、前提として地方自治権があげられ、既に失効している地方分権推進法第2条なども援用されています。

 原告側は、何度も準備書面中で「まちづくり権」を述べていますし、寺井弁護士も、そのものずばりの『まちづくり権』という著書において「まちづくり権」の主張を展開しています。しかし、「まちづくり権」を具体的な法的権利とするには、多方面からの分析が必要になるでしょう。地方自治法第1条の2や第2条などは、地方自治体の権限に関する基本的な事項を規定するに留まりますし、地方自治体の法的権利として権限を定めたものと解釈することは難しいと思われます。

 そもそも、「まちづくり権」は、どの地方自治体に認められるのでしょうか。都道府県および市町村に認められるのか、基本的には市町村に限られるのか。都道府県にも認められるとするならば、都道府県の「まちづくり権」と市町村の「まちづくり権」との抵触が起こりえます。その時、都道府県の権利のほうが優越するとなれば、逆に地方自治法に違反しかねません。両者が対等であるとするならば、結局は裁判所、または国の行政機関において調整せざるをえないということになります。

 また、市町村の「まちづくり権」がぶつかり合うということも考えられます。例えば、サテライト日田問題で「まちづくり権」を使うとすれば、別府市にとっては競輪事業を十分に展開することが「まちづくり権」の一環であり、日田市にとっては自らの区域内に公営競技関連施設を作らせないことが「まちづくり権」の一環です。法律によって公営競技関連施設を設置することが認められており、しかも区域に制限がないことからすれば、別府市が日田市に別府競輪場の場外車券売場を設置することも、「まちづくり権」の正当な行使ということになります。これが不当であるというのであれば、法律によって何らかの制限を加えなければなりませんが、それではいかなる制限を加えることができるのでしょうか。例えば、大分市が青少年向けの施設を日田市に作ることは認められないのでしょうか。

 4.自転車競技法の構造

 サテライト日田問題においては、自転車競技法の構造自体が争われました。憲法第31条などとの関係において、適正な行政手続を定めたものとはいえず、(第4条などの特定の条文が)違憲ではないのか、という疑いが寄せられたのです。関係すべき市町村あるいは住民の意思を全く反映させないという点において、この法律には問題が多いのですが、経済産業省は、既に、自転車競技法の第4条などを改正する意思がないことを明確にしています。現に、サテライト新橋訴訟など、原告住民の法的利益を保護する旨の規定が自転車競技法に存在しないと判断された判決がいくつか出ています。そうすると、今後も公営競技の場外券売場設置許可に関する訴訟は続き、原告適格がないとして却下あるいは棄却され続けるのではないでしょうか。

 自転車競技法は、主に地方財政の改善と産業振興を目的としています。このこと自体が誤っているとは思えません。しかし、それらとともに、地域という視点を常に念頭に置かなければならないでしょう。その意味において、自転車競技法、競馬法などの公営競技関連法律については、地方分権の観点からの見直しが求められるのではないでしょうか。


 このホームページにおいて、私は、サテライト日田問題を報告しています。全てを取り上げられた訳ではないのですが、半分以上はあげられたでしょうか。そして、今、私の自宅には、この訴訟に関連する資料を収めたファイルが数冊あります。判決文のコピーは当然として、原告側および被告側の準備書面、答弁書、鑑定意見など、様々な資料を得ました。本来ならば全てを紹介すべきなのでしょうが、鑑定意見などについては著作権などの問題があります。スキャナで読み取り、PDFファイルか何かにして公開するという手もあるのですが、準備書面の要点などは既にこの連載で紹介しておりますし、私の意見などについても、執筆の時点において十分に示したつもりです。今後、この不定期連載の内容が単行本などになることはないものと思われますが(「なればいいなあ」とは思っています)、仮に単行本として出版されるようなことがあるならば、準備書面、答弁書、鑑定意見などもできる限り収録したいと考えています(その際には、鑑定意見を書かれた先生方の御承諾を得たいと考えていますので、よろしくお願いします)。

 私がこの不定期連載を続けてきたのは、大分県に住む行政法学者として、大分県内に地方自治の根本に関わる大問題が存在するということを、情報として発信したかったからです。元々が飽きっぽい性格なので、よくぞ続けてこられたと思っていますが、それは、おそらく、日田市を中心とする熱心な方々と、或る部分で思いを共通にしていたからでしょう。私にとっても、このホームページにとっても、サテライト日田問題は重要なものでした。何度か記していますが、この問題に、偶然であったとはいえ出会ったことにより、私自身の行政法学者としての立場を見直すことができました。今後も、この体験が私の研究生活に何らかの影響を与えることであろうと思われます。

 そして、うれしかったのは、この不定期連載が私の予想を超える反響を得たことでした(何しろ、サテライト日田問題のためにホームページを開いた学者と、大分合同新聞に書かれたくらいです)。学習院大学の高木光教授のホームページでも取り上げられていますし(但し、アドレスが大分時代のままになっています)、Yahoo!の掲示板などでも取り上げられたようです。一般の掲示板ということで私は警戒していましたし、強烈な悪口の一つや二つは覚悟していましたが、好評だったようです。少しだけ私もみたのですが、この連載のアドレスが記されていて「この件については森先生のこれを読め」というようなことが書かれていたのです。これには驚きました。「本当にいいのか?」と、大分大学の研究室で考え込んだくらいです。この他、行政実務家のホームページに取り上げられたり、私が書いたこの問題の関連論文などが引用または紹介されたりしていました。青森県六戸町の町長さんから、場外車券売場関係の記事を送っていただいた時には、驚愕と感激で言葉が出なかったほどです。

 実は、この不定期連載については、当初から、理解しやすい文章で構成するつもりでいました(別にこの連載に限ったことではないのですが)。専門家以外の方にはわからないようなものにしたくなかったのです。事柄の性質上、専門的な事柄を取り上げ、検討せざるをえないのですが、その場合でも、関心がある方であればどなたにでも理解していただけるような文章にするつもりでした。解説、説明などが多くなっているのはそのためです。どこまで実現しているかはわかりませんが、私の大学院時代の恩師でもある新井隆一先生(早稲田大学名誉教授)から受けた御指導を、この連載に存分に生かそうと考えていたのです。そして、行政法学者としての私の見方をふんだんに盛り込んでいますが、それだけでなく、一大分県民、一大分市民としての私の立場を前面に押し出しました。記事を作成している時(大部分は、自宅としていた大分市大字宮崎の賃貸マンションの4階の一室で書いたものです)には、行政法学者としての立場を一度捨てて、一大分県民、一大分市民の立場で記すように心がけていました。勿論、行政法学者としての立場を出す必要がある場合もあります。

 もしかしたら、また何かの機会にサテライト日田問題を取り上げ、論文などを書くこともあるかと思います。そして、この問題に関する解説や評釈なども書かれることでしょう。しかし、現在の時点において、この長期不定期連載を終わらせることが、大分県を離れた私にとっての一つの区切りになります。この事件は、私にとって、行政法学者としての立場と大分県民としての立場とが交錯するようなものになりました。 これは、既に記したように、意図的に行いました。

 今回、第61編をもって、4年以上にわたった不定期連載を終わります。 私にとっても、このホームページにとっても、サテライト日田問題は重要なものでした。そのため、全ての編の掲載を続けます。

 何度か記していますが、この問題に、偶然であったとはいえ出会ったことにより、私自身の行政法学者としての立場を見直すことができました。今後も、この体験が私の研究生活に何らかの影響を与えることであろうと思われます。

 最後に、この問題で顕彰されるべきは、誰よりも日田市民の皆様方です。遠い所からになりますが、これからも、私は日田市の行政事情などを観察し、応援し続けていきたいと考えています。そして、日田市には、この問題での経験を通じて、住民自治の理念を最大限に生かした行政活動を展開していただき、常に最先端を切り開いていくような地方自治体に成長して欲しいと願っています。 サテライト日田問題は、日田市、そして日田市民にとって、むしろ、これからの良き日田市を作り上げ、発展するためのスタートラインに過ぎないのです。このことを最大限に協調して、連載を終えます。応援して下さった方々に 、この場を借りて感謝を申し上げます。


(初出:2004年12月22日)

2025年5月29日木曜日

アーカイヴ:サテライト日田(別府競輪場の場外車券売場)建設問題・第60編

 第59編以来、実に4箇月以上の時間が経過しました。当初は、この第60編の内容を、私がサテライト日田問題に関わるようになってから現在までの総括とした上で、3月中に掲載するつもりでおりました。しかし、既に大東文化大学法学部への移籍が決まり、引越しなどの準備に追われ、4月に入ってからは新しい環境に慣れる必要性もあり、なかなか手を付けることができないまま、7月になりました。また、ここで改めて総括をする必要があるのか、という思いもありました。最初から関わっていた訳ではありませんし、日田市での市民集会などに呼ばれたことも参加したこともありません(連載記事をお読みいただいた方ならおわかりのことでしょう。全て、新聞記事の引用などで済ませています)。理論的にも、まちづくり権なるものを現行の地方自治法などから導き出せるのかという疑問がありました。地方分権改革の基本的な思考からして、まして、市町村合併が強力に推進される中で、本当に、市町村が一法人としての権利を保障されているのかという問題が生じてきます。

 また、昨年、私自身は、仕事の関係などで市町村合併に関わらざるをえなくなっていました。大分県に住んでいる限り、市町村合併は切実な問題です。今は川崎市に住んでいますが、神奈川県でも相模原市などにおいて合併に関する問題が発生していますし、首都圏では都県合併構想が大々的に喧伝されています。その中で、住民の立場はどのようになるのか、などの様々な課題が登場しています。市町村合併は、地方自治を考える際に避けて通ることができないのです。

 市町村合併に関する私の意見については、今年(2004年)の3月に出版された、日本財政法学会編『地方税財源確保の法制度』(財政法叢書20、龍星出版)に収められている「討論―地方税財源確保の法制度」、および『改革と自治のゆくえ(月刊地方自治職員研修臨時増刊号75)』(2004年3月号増刊)に収められている「自治・分権から眺めた市町村合併」を御覧下さい。

 第59編を掲載してから現在までの間、3月には花伝社から、日田市対経済産業大臣訴訟における日田市側弁護団長、寺井一弘氏の著書『まちづくり権』が出版されました。私が入手したのは、東京に帰ってからのことです。

 他方、私は、昨年(2003年)の夏、熊本県立大学総合管理学部における集中講義を終えてから、月刊地方自治職員研修2003年10月号に掲載された「リーダーたちの群像~平松守彦・前大分県知事」の原稿とともに、日田市対別府市訴訟の判決に対する評釈を中心とした「地方公共団体の名誉権と市報掲載記事―大分地方裁判所平成14年11月19日判決の評釈を中心に―」の原稿を作成しました。後者は大分大学大学院福祉社会科学研究科の紀要第1号(創刊号)のためのものでしたが、発行が遅れ、私が大分を離れた3月下旬の段階においてまだ刊行されていなかったのです。2004年3月に刊行されたとのことですが、私の手元に届いたのは4月に入ってからのことでした。既に、このホームページにも掲載しておりますので、参照していただければ幸いです。

 日田での問題が終わったとは言え、他の地域においては、公営競技の場外券売場設置計画が進められています。住民の反対運動が展開されている所もありますし、そうではない所もあります。大分県でも、大分市にボートピア(場外舟券売場)設置計画がありました(今はどうなっているのか、全くわかりません)。そして、2004年7月7日、読売新聞大分版に、院内町におけるボートピア設置計画に関する記事が掲載されました。東京では読売新聞大分版の記事を読めませんので、ホームページ掲載記事に頼るしかありません。

 「院内にボートピア計画~町と事業者、3地区住民に説明」という記事によると、院内町の二日市地区に設置される計画であるということで、話は昨年の1月に始まったようです。二日市地区に、農業用の溜池があります。およそ8000平方メートルほどの広さだということですが、20年ほど前から「施設の老朽化が進み、使われていない」とのことです。そこで、水利権を持つこの地区の住民が、この溜池の活用策を求めたということです。それがボートピア設置計画に結びついたのです。

 今年の3月、二日市地区、野尻地区、副地区の住民を対象に説明会が行われました。その時点においては3地区とも同意したとのことです。既に地質調査や測量などが行われているようですが、7月に入り、5日の夜から3地区における基本計画の説明会が行われます。記事から判断すると7日までのようです。また、3地区では対策協議会の設置もなされるようです。

 報道が示す基本計画の概要ですが、設置事業者は大阪市に本社を置く不動産・金融コンサルタント業の会社です。どこの競艇場の場外舟券売場にするのかという点はまだ決定されていないのですが、施設そのものについては、24000平方メートルの区域を開発し、建物の分をおよそ2500平方メートルとし、500台分の駐車場を設けるということです。この記事には、院内町長のコメントとして「合併を前に、検討を進める最後の機会。慎重に進めたい」というコメントが掲載されています。

 大分を離れておりますので、サテライト日田問題の後始末の状況については、全くと言ってよいほど情報が入ってきません。別府市と溝江建設との間でどのような解決がなされたのか、あるいはなされようとしているのか。損害賠償がなされないということもないはずです。仮に、日田市が負担を求められるとするならば、再び大きな問題となるでしょう。

 2000年6月下旬、偶然といえばその通りですが、大分合同新聞社からの電話を研究室で受けたことによって、サテライト日田問題に取り組むこととなりました。それから4年が経過しています。ここまで長く関わってきたことが不思議に思われるほどですが、私自身の立場を見直すきっかけにもなりましたし、多くの方々と出会い、意見の交換などをすることもできました。大分県を離れた今、改めて、この問題の大きさを感じています。


(初出:2004年7月7日)

第5回 行政法上の法律関係

 権利主体相互間に生ずる法律上の関係を、法律関係という。このように定義づけたとき、「行政法関係」とは、行政法によって規律される法律関係のことである。行政法上の法律関係ともいう。ここで再び、公法と私法との区別が問題となる。まず、公法と私法との区別を前提にして、議論を進める(なお、両...